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看板

 通勤途中の車窓から看護師の格好をした女性の微笑みが大きく映し出されている看板が見える。ここにイコンを見出さねばならない。
 イコンは永遠だ。例えこの女性が看護師でなくとも、看護師を辞めたとしてもイコンは残り続ける。イコンは現前のみを意味し、写真的だと言える。
 ならば、キリスト教絵画史は写真と共に始まったと言ってよいだろう。ヴェロニカの持つ聖顔やトリノの聖骸布はキリストの写しであり、キリストの現前のみを意味する。写しはそれがキリストの身体から取られたイコンだということにより、聖と俗のイメージの差は何かを提示する。聖なるイメージは描写の技法でなく個人から離れたイメージとなる場合にイコンとなる。
 さて、看護師の微笑みだ。その写真は、個人を離れ看護師という集合体の代表イメージとなる。イメージは死ぬことを許されていない。この看板も人類が滅びるその日まで看護師一般を表象し続けるのだろう。

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