連続読み物「いつか教科書で見たあの名作」
いつか教科書で見たあの名作 その1 菱川師宣《見返り美人図》
戦がやみ、太平の世となった江戸時代。経済は発展の一途をたどり、暮らしにゆとりができた町人たちが文化の担い手になっていきました。
世界有数の消費都市に成長した江戸の町に、さっそうと登場したのがこちらの「見返り美人」。着るものにも関心を持つようになり、おしゃれ心に火がついた庶民たちの視線をくぎづけにしたと言われています。
目にも鮮やかな緋色の衣装を身にまとい、ふと足を止めて振り返ったその姿は、若い女性にとっては憧れのファッションリーダーであり、男性にとってはアイドル的な存在だったようです。
ヘアースタイルは「玉結び」。下げた髪の先端を輪にして結んでいます。髪には高価なべっこうの飾り物。この頃には、べっこう職人による技巧を凝らしたものがつくられるようになっていました。振袖は「花の丸模様」。光沢のある地に大輪の菊と桜の模様があしらわれています。どれもみな、当時流行したものばかりです。
そして帯は「吉弥結び」。片結びにして両端を垂らしたこのかたちは、人気の女形役者・上村吉弥が発信元とされています。
ファッションとしての帯結びが誕生したのもこの時代。従来の帯は、着物がはだけないようにしばるための単なる“紐”にしかすぎませんでした。それが徐々に幅の広い、長いものへと変化。織り方や柄にも凝った帯がつくられるようになり、新らしい帯結びの流行が次々に生まれようになりました。
菱川師宣は、浮世絵の祖と言われる絵師。一人立ちの美人画像で江戸っ子たちの心をとりこにしました。
たっぷりと余白がとられた画面の中央、下方の右から左へと女性が歩いていく途中、量感のある身体をひねったその振り向きざま、ひらりと動く着物の袖や裾のようすまでもがいきいきと描かれています。
当時の流行、空気感をたくみにとらえた師宣の当世美人は、平和な世の中の象徴だったといえるのかもしれません。時代はどんなに変わっても、観るものを魅了し続けています。
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