魔女の自粛と夜宴の夢~母からの電話~
ウチの母親はたくましき職業婦人であった。まだ役所などに一切の受付をしない全職員一斉の昼休みがあったころ
「働いている人は何時にきたらいいのよ!」と、窓口に怒鳴りこんで職員を戦慄させたという犯罪歴を持つ。
そのおかげで、役所の昼休みは交代で取得する制度ができたのだと、歴史を変えた最重要人物としてプロジェクトX的武勇伝を自ら語る。
公務員のブラック化はこのあたりから始まったのではないかと日本史の教科書には記されている。
専業主婦の多い時代になぜフルタイムで働き続けていたのかと疑問にも思うのだが、家事がさほど得意でないための口実ではないかという想像はできる。
そして70歳を過ぎても仕事を辞めなかった理由については
「おとうさんと一緒の時間を極限まで減らしたい。」
という、至極納得できる素晴らしく真っ当で常識的な回答だった。
そんな無敵の母も謎ウィルスの自粛中には時間を相当持て余していたようだ。外出できないことに苛立ち、腹いせに父にハラスメントを繰り返したにも関わらず、耳の遠い爺さんでは戦いにならないことに更に腹をたて、ストレス解消のために僕に電話をかけてくる。
お腹を痛めて産んだはずの子供だろうに、母はあまり僕に興味がなく、僕のことを家賃も払えず自堕落な生活をしている私立探偵くらいに捉えている。
そして「あら、生きてたの?」くらいの軽い感じで切り出しておきながら面倒事を持ち込む報酬ゼロの悪質なクライアントだ。
「お母さん自粛中でどっこも出歩けないんだもん。腰も痛いしなんとかしてよ。」
僕を粗末に扱うことに関して自粛するつもりはないようだ。
そんな母がときおり理解不能な言語を使用することがある。
「買い物行ってきて。あれとあれを買ってきて。」
翻訳すると以下の通りである。
【お金はあんたの財布から出して、あれとこれを買ってきて。】
そして本日のおつかいは「スダマサキノホシイ」
和訳:菅田将暉のCDをあんたのお金で買ってきて頂戴。
にしきのあきら~木村拓哉~ペ・ヨンジュンという王道を歩んできた婆さんは、現在はフォルダをすっかり入れ替え、過去はきれいさっぱり忘れるという羨ましいほどの清々しさで菅田将暉にはまり込んでいる。
久しぶりのCDショップに出向くと、仕方なしに件のCDを探した。
陣中見舞い、母の日、まあなんだっていいか、たまには親孝行しとくか。店員さんにプレゼント用の簡易包装をお願いする。
可愛くラッピングされたその小さな包みを母に手渡した。
あれ?この人も少し会わないうちに随分小さくなったなあ。
「ああ、お母さんさ、CDプレーヤー持ってないのよ。」
見上げた根性だク〇婆あ。
帰宅してamazonを検索した。 CDプレーヤー 激安
(187日)