懲役ダイアリー 2017年8月17日木曜日 『人生で一番嬉しかった思い出』
我輩は受刑者である。
受刑者は・・・
匂いに敏感である。
隔離された世界。社会のように色々な匂いが混じっていないクリーンな空気の刑務所。その中で過ごしていると、ほんの少しの匂いや香りに物凄く敏感になってしまう。
運動場で運動をしている時に、刑務所内のパン工場から漂ってくる焼きたてのパンの香り・・・。
食欲をそそる。そして受刑者が口々に、
「パン食べたい!クロワッサン食べたい!」
と言い出す。
ちょっとした汗臭さ。これも受刑者はすぐに反応する。そして口々に・・・
「あいつは臭い。ワキガだ!」
と陰口を叩く。
とにかく匂いには敏感になる刑務所。
私は一つだけ許せなかった匂いがあった。
刑務官や警備会社の方の制服から漂う、柔軟剤の香り。
これが臭くて臭くてたまらなかった。
刑務官や警備会社の方が部屋の前を通るたびに、通気口から柔軟剤の匂いが入ってくる。
本来ならいい香りのはずなのに・・・。
臭い・・・。
そう感じてしまう。
なんで刑務所の男しかいないところに柔軟剤のいい香りをさせてくるのか。誰にアピールしているのか。自己満足なのか。受刑者に対する嫌がらせなのか。色々と考えてしまっていた。柔軟剤の香りがするだけでイライラしてくる。社会なら全く気にも留めていなかったのに・・・。
懲役病の一つなのかもしれないと思うと・・・
なんだか切ない・・・。
お盆休みが明け、今日からまた販売士の職業訓練の講義が始まる。
今日の講義はプレゼンの練習を兼ね、受刑者の前でのテーマトークをするという内容。
テーマは・・・
『人生で一番嬉しかった思い出』
一番嬉しかったことってなんだろう・・・。不意に聞かれると、深く考えたことは今まで一度もなかったかもしれない。
自分の心と対話する。
真っ先に出てきた思い出は・・・
子供が生まれた瞬間だった。
私の妻は帝王切開で子供を産んだので出産には立ち会うことができなかったが、分娩室の近くで出産を待っていた時のソワソワ感、緊張感は肌感覚で記憶していた。
そして、子供が生まれた瞬間。分娩室から元気に泣く声が聞こえてきた。
その産声は今でも耳に残っていて、頭からも心からも決して離れることはない。
「元気な男の子ですよ!」
助産師さんがそう伝えてくれて心から喜んだ。
発表を終え、他の受刑者の話を聞いていると子供がいる受刑者の方は子供が生まれた時が一番嬉しかったと発表する人が多かった。
そして、自分が逮捕され刑務所に来てしまったことを悔やみ、出所したら子供に対して全力で向き合いたいと話す受刑者も多く見受けられた。
父親になるということ、誰にとっても人生で物凄い出来事なんだなと改めて感じた。
そして、産んでくれた妻に改めて感謝した。
受刑者も人間であり、父親である。罪を犯してしまったけれど心優しい人間も沢山いることがよくわかり、少しだけ他の受刑者に対する変なバイアスが取れた気がした。
全ては順調に進んでいる。人生の成功に向けて。