懲役ダイアリー 2017年7月5日水曜日『かいたい』
『水曜日』
って書くと・・・
そのまま
『のカンパネラ』
って綴りたくなるのは、本能的にコムアイちゃんを好きだから・・・。
コムアイかわいい・・・。
受刑者は夢に出てきた女性や、テレビや雑誌で見た女性のことをすぐに気に入ってしまう。私も含めて皆寂しいのだろう。
受刑者たちは
「かいたい」
と口にすることが多い。
例えばこうだ。
「お菓子をかいたい」「マックをかいたい」「ジュースかいたい」
このかいたいは受刑者たちはほぼ実現不可能な欲求。しかし実現可能な
「かいたい」
が受刑者には存在する。
それが・・・
「飼いたい」
何を飼うの?と思わず突っ込みを入れたくなってしまうのだが、ある生き物を見つけると受刑者たちは飼いたいと口々に言いだす。
運動のため隊列を組み、回廊を歩いていると、床に小さな茶色の物体が転がっている。顔を横に向けると脇見として刑務官から注意もしくは始末書を切られてしまうので、横目でその物体を追う。すると目に飛び込んできたのは・・・
ノコギリクワガタ
オスとメスだった。
生で見たのは子供の頃以来だと思う。小学校三年生の頃私はクワガタやカブトムシが大好きで、近所の森に捕まえに行っては飼育していた。
ただノコギリクワガタに関してはあまりいい思い出がない。母が友人からもらって来たノコギリクワガタを、コクワガタの飼育ケースの中に入れたのだが、これが最後。気がつくとコクワガタは殲滅していた。ノコギリクワガタが恐らくやったのだろう・・・。子供ながらにあのコクワガタの悲惨な光景を見た時は震えが止まらなかったのを今でもよく覚えている。
そして殲滅させたノコギリクワガタもその三日後には寿命なのか天へと召されてしまっていた。
そんなあまりいい思い出のないノコギリクワガタが回廊の床に転がっている。
受刑者の間で運動時間は当然その話題が出る。
「クワガタかっこいいね!部屋で飼いたいわ!飼いたい!!」
やたらみんなクワガタを飼いたがる。中には部屋に入ってきたてんとう虫を実際に飼っていた人もいたし、クワガタを飼って、部屋の検査で刑務官に見つかりそのまま調査になってしまった受刑者もいるらしい。
寂しいのはわかるが・・・規則を破ってまでクワガタを今飼う必要はないだろう。待っている人のために早く社会復帰できるよう反省し、更生に専念するのが私たちの務めなのに。
ラジオから流れる水曜日のカンパネラの曲を聴きながら・・・
窓を開け寂しさに打ち勝とうと決めて日記を綴っていた。
んっ?
部屋に・・・
クワガタ入ってきた・・・。
嘘だろ・・・。
すぐさまセルコール(刑務官に連絡するボタン)を押し
「クワガタが部屋に入ってきたんですけどどうしたらいいですか」
と聞いた。
「後で取り行くから待っとけ、それか部屋の小窓から逃げさせられるなら逃げさせろ。絶対に飼うなよ」
飼わないっすよ・・・。
刑務官は一向に来ない。
仕方がないので部屋の小窓にそっとクワガタを置いた。クワガタはゆっくり小窓の網の方へ進んで行ったので、クワガタが戻ってこないよう小窓をそっと閉めた。
数時間後・・・
小窓を開けるとそこにはクワガタの姿はなかった。
俺はかいたくはない。
全ては順調に進んでいる。人生の成功に向けて。
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