とーさんと、呑む 思い出記録note
実家には、薄い抹茶色の陶器のコップがふたつあります
家族で、陶芸の里っぽいところに行った時に、自分たちへのお土産で、購入したもの。
一番お手頃な値段の、手びねりのコップ。
晩酌に、大活躍でした
夏は、焼酎の水割りを作り
冬は、焼酎のお湯割りを作る
元気な時は、ふたりで沢山飲みました
枝豆を醤油に漬けたものや
きゅうりにゴマ油を和えたもの
ちくわを焼いたもの
なんでもおつまみになりました
わたしが仕事についてからは、グチを沢山聞いてもらったような気がします
ある時には、とーさんがものすごく酔って、若い頃の恋バナや、仕事の自慢話、仲間との山登りの話を聞きました
とーさんも若い時、仕事で悩んで、連休を使って東京から日光まで徒歩で行ったこと
トラックのおじさんに乗せてもらったり、知らないお家に泊めてもらって、納屋かと思ってたけど母屋に泊まらせてもらうことになり、さらに一番風呂に入れてくれたとか
登山用の靴で旅に出たせいで歩くのが大変だったとか
当然、一杯では足りず、缶ビールをひと缶づつ
もの足りない時はもうひと缶、半分こ。
または焼酎の何かしら割り、追加。
わたしが別に暮らしてからは、時々実家に帰った時に一緒に飲んでいました
丁度、飲みすぎないで、とーさんの健康にいいのかも!と思っていたけど、
ふたりで酔っ払うまで飲んで(ふたりして笑い上戸になるところまで)、沢山おしゃべりしたこと、
今思えば、もっともっと、そういう時間を作ってもよかったんだな
病にかかり、アルコールを控えるようになりました
日本酒等、こうじ菌等をもとに作られるお酒はなるべく避けるようにと、食べ物の資料にありました。お医者さんは、350ミリの缶、ひと缶くらいならいいですよと教えてくれましたが、なんとなく、ノンアルコールの流れになりました
ノンアルコールの種類が豊富に出始めた時期で、色々飲んでみました
グリーンの缶に落ち着きました
デザインに馴染みがあったのかもしれません 味も、しっくりきたようで、ノンアルなのに、なんか酔ってる感じがするーと言っていました
毎日ではなく、畑作業で特に頑張ったと思った日とか、とーさんが
「飲もうっ」と言った日だけ開けるようになりました
日本酒を飲めなくなったこと
はっきりとは言わないけれど、残念そうでした。
夕ご飯の後に飲む薬から、2時間の間隔をあけて飲む、就寝前の薬があり、枕元で飲んでもらってました(こういう飲み方がいいのか分かりませんが、2時間待たずに布団で眠ってしますので、起こしてました)
水道水は煮沸しないといけないので、ペットボトルの水をコップに汲んで薬を飲むスタイルでした
コップに注いだ水を見て、
「これが酒だったらなぁ」
と、ニヤニヤして、おどけて水を受け取り、薬を流し込んでいました
そういえば、小さい頃、醤油一滴くらいを垂らした水道水と、日本酒を、それぞれのコップに注いで、「お酒はどっちだ!」と、クイズを出したことがあります
とーさんは、簡単に選んでいました
そりゃそうです 香りが全然違います
お酒、好きだったね
もし、此処にいなくなった、その先があるのなら。
とーさんより先にそちらに行った、とーさんの仲間と、とーさんのとーさんと、笑って飲めていたらいいね
一度、旅行先で、地酒飲み比べセットふたりで頼んで、飲んでみたことがありました。駅ビルのカウンターで、三種類。おつまみ付き。
雨だったから入った駅ビルだけど、雨だったから作れた思い出。
あんな風に、もっと、お酒を楽しめるうちに、色んな日本酒を、一緒に飲んでみたかったです