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畑のとーさん。思い出記録note

農家さんの端っこの畑をお借りして、家庭菜園をしています
先日、とーさんと植えたタマネギを収穫しました
あと畑に残るとーさんの仕事は、植えっぱなしのニラと、食べられなくなって、手入れされなくなっても、強く生きてるイチゴだけになりました

ここに書く理由は、忘れることが怖いからです
どんどん、楽しかったことから忘れていく気がして

今の畑で作業するきっかけは、とーさんによる、長ーい距離のお散歩。相棒は甲斐犬ワン。
毎日、雨の日も風の日も晴れた日も、早朝の川の土手を父とワンがずっと歩いていたら、同じくワンのお散歩してた農家さんとお知り合いになり、畑をお借りできることになったらしいです
散歩でそこまで話が進むコミュ力を見習いたかった、、

とーさんは畑が好きでした

じいちゃんから受け継いだ本を熱心に読み込んで、試行錯誤しながら畑作業をしていました

土を耕し、中和し、元肥を入れて
種を植え 間引きして 苗を植え 追肥して

手間をかけて、立派に育った作物を誰かにあげたり
一気にできるので、あらゆる方法で消費してみたり

ずっと、楽しんで畑に通っていました

ずっと元気でたくましくて、筋肉と畑による腕の日焼けを誇らしげにみせていたとーさん

病が発覚。

入院して、抗がん剤治療受けて、激痩せして退院。

それでも、畑の空気が吸いたいと、午前中には畑に行き、気がつけばこまめちゃん(小型の耕運機)を準備してブルブル動かす程
側から見れば元気。
病気のことも、心配させたくないのか心配されたくないのか、貸してくれてる農家さんにも話していませんでした

「ちょっと足が弱ってきてねぇ」
「腰が痛いねぇ」
それくらいの、軽めに健康の話を、ヘラっと笑ってしていました

あの時は、二月に入院し、三月に一時退院。四月に入院、退院。
そして五月に夏野菜を植えていました

「無理しないで」
と言うと、

「オレにじっとしてろって言うのか」

心配してかけた言葉も、少し切ないような静かな怒りがこもった声で一蹴されました

そう、とーさんは、何か作業がしたいひと。

畑作業は、肥料や土など、微生物や細菌に囲まれた環境。
厳密に言えば、あまりオススメ出来る作業ではなかったでしょう

しかし、主治医の先生は、
「いいんじゃないですかー カビに気を付けてくださいねー」
と、ゆるっと理解してくださいました

マスクして、こまめに休憩して、とーさんは畑作業に勤しみました

倒れたら心配なので、よく一緒に作業しました
その時間が、かけがえのない、楽しい時間でした

それぞれ苗植えや追肥等、黙々作業したり
協力して野菜用の支柱を立ててみたり

だいぶ、要領を得ない時は怒られましたが、手際の良い父の仕事を、間近で見ておいてよかったです
少しだけ、柵の紐を結ぶときに理不尽に遅いとか紐が長すぎるとか怒鳴られた時に、大人気なく、むくれて無口になってしまった私ですが。


とーさんと、畑でお昼ご飯にしたことがあります
なんで闘病中なのに畑で。と疑問に思われるでしょう 何も答えられません

畑で、とーさんと一緒に食べたコンビニ飯。ペットボトルのお茶。

「美味しいね」
「美味しいね」

作業に区切りがつかず、
「近くのコンビニで、お弁当買ってきて!」
と言われて、ひと走りおつかいに行き調達した、レジであたためてもらった海苔弁当。無難な緑茶のペットボトル。
現役時代、建築の仕事をずっとしてきたとーさんが、どこかから貰ってきたボロボロのパイプ椅子を並べて、ふたりで食べる。

いつからか、ペットボトルの蓋は、一回開けて、軽く閉めてから渡すのが習慣になっていました(蓋が固くて開けられないらしい)

目の前には、とーさんとふたりで植え替え作業をしたニラが育っていました

この時間が、ただ、大切に思えたのです

本当に美味しかった コンビニに感謝しました

とーさん

畑に戻れてよかったね
入院生活大変だったよね
頑張ったよね
頑張ってくれてありがとう
笑ってくれて
面会制限で会えなかったけど毎日電話してくれて
励ましてくれて
心配かけてごめんね

頭の中でぐるぐる考えたのに
実際言葉にできたか、伝わっていたかは、わかりません

お弁当を食べ終わって、お茶を飲んで
空を見ながら
「いい天気だね」
とか
「飛行機飛んでる」
とか話しました

一息ついて、再び畑作業に戻り、作業の区切りが良いところで終了

とーさんは、区切りが良くないところでは仕事を終わらせようとしないひと
自分が納得いくところまで、考えて、作業をするひと

畑でのとーさんは、いきいきしていました

生きて、活きて、いました




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