ネコとマタタビ ~酔ってないよ、蚊よけだよ~ 論文紹介

ネコとマタタビ ~酔ってないよ、蚊よけだよ~

論文名 The characteristic response of domestic cats to plant iridoids allows them to gain chemical defense against mosquitoes
家ネコの植物イリドイドに対する特徴的な反応は蚊から身を守る化学的防御を与える
著者名 Reiko Uenoyama, Tamako Miyazaki, Jane L. Hurst, Robert J. Beynon, Masaatsu Adach4, Takanobu Murooka, Ibuki Onoda, Yu Miyazawa, Rieko Katayama, Tetsuro Yamashita, Shuji Kaneko, Toshio Nishikawa, Masao Miyazaki
掲載誌 SCIENCE ADVANCES
掲載年 2021年
リンク https://advances.sciencemag.org/content/7/4/eabd9135

マタタビの葉によって引き起こされるネコの行動の意味を研究した2021年の論文です。
 「ネコにマタタビ」というのは、多くの人が、あーあれね、と想像することができるほど知られていることだと思いますが、そのときのネコが起こす行動に意味があるのか?と疑問を持つ人は少ないと思います。一般的には、マタタビはネコを酔っ払わせると考えられています(漫画「ネコにマタタビ」参照)。実際に、ネコが反応している様子をみると、確かに酔っ払っていると思ってしまうのも分かります。論文の補足データに、ネコがマタタビ葉や葉に含まれる化合物に反応する様子の動画がありますので、「ネコにマタタビ」を観たことがない方は視聴することをおすすめします。この論文では、このネコの反応が本当に酔っていると言えるのか、この行動には意味が無いのかという難題に取り組み、蚊に対する防衛行動であることを発見しています。当たり前だと思っていることに疑問を持つことは、実は非常に難しいことです。こうして論文として発表された結果だけでなく、その着眼点も素晴らしいと思います。
 論文では、最初にマタタビ反応を引き起こす物質の同定を行っています。論文の「背景」にあるように、すでにいくつかの化合物がマタタビ反応を引き起こす化合物として同定されていますが、これらの研究は50年以上も前に行われたもので、その方法から実験過程で分解された化合物が存在した可能性が考えられます。そこで、最新の技術を用いることで新たな、そしておそらくはこれまでに報告されているものよりもより主要な作用をもつ化合物を発見しています。
 実験では、研究用のネコ、つまり研究室で飼育されているネコが主に使われていますが、野良ネコや動物園のネコ科動物も使っています。これは、研究結果により一般性と普遍性を求めるためには必要だったと思います。動物園のアムールヒョウやジャガーが転げ回る姿は一見の価値があります(動画3)。
 この研究によって、「ネコにマタタビ」は防蚊のためであったことがわかりましたが、どうしてその行動が起こるのか、という点についてはまだ分かっていません。「考察」では、ネコの中にもマタタビに反応しないネコがいること、マタタビ反応は遺伝することが書かれており、マタタビ反応に関わる遺伝子の探索を今後の研究として挙げています。現在では、動物のゲノム情報を得ることは以前に比べて簡単になってきましたので、もしかすると近いうちにマタタビ反応関連遺伝子が分かるかもしれません。それがどのような機能を持った遺伝子でマタタビに含まれる化合物がどのように作用するのか、ぜひ明らかにして欲しいと思います。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。

この論文で分かったこと
・マタタビ葉に含まれるネペタラクトールはネコ科動物にマタタビ反応を誘発させる。
・ネコはネペタラクトールを嗅覚で感知することでβエンドルフィンの血漿中濃度が上昇し、多幸感をもたらすμオピオイド系が活性化される。
・ネペタラクトールには防蚊作用がある。
・マタタビ反応によって、マタタビ葉のネペタラクトールはネコの顔、頭、体などに塗り付けられ、防蚊剤として機能する。

[背景]

 学習された行動は、動物を複雑で変化する環境に柔軟に適応させますが、種特異的な行動の中には、経験や学習を必要とすることなく確実に行われるものもあります。動物にみられるこのタイプの決まった行動は、同種の分泌物中の化学シグナル(フェロモン)、または捕食者や被捕食者からの化学的刺激(カイロモン)によって誘発されることがよくあります。そのような状況では、確実に誘発される行動反応が生存にとって重要になります。さらに、植物の匂い物質の中には、動物に特徴的な反応を引き起こすものもあります。植物によって誘導される哺乳動物の行動のよく知られた例として、家ネコや、ライオンやボブキャット(オオヤマネコ)などの他のネコ類で観察されています。ネコ科の動物が、キャットニップやマタタビなどの特定の植物を嗅ぐと、その植物をなめる、噛む、顔や頭をその植物にこすりつける、地面を転げ回るといった典型的な行動反応を示します。このキャットニップまたはマタタビ反応は普通5-15分続き、その後無反応の期間が一時間以上続きます。ネコはまったく病態生理学的効果を持たない酩酊反応を示すため、これらの植物の乾燥した葉は世界中の家ネコのおもちゃとして商業的に使われています。
 マタタビやキャットニップに対するネコの行動反応についての最初の報告は、1704年に日本の植物学者により、 1759年にイギリスの植物学者により報告されました。マタタビに対する行動反応は日本文化にも取り込まれ、1859年に描かれた浮世絵には、ネズミがマタタビを武器にしてネコを酔わせるという、ネコとネズミの争いのおとぎ話が描かれています(漫画「ネコにマタタビ」参照)。マタタビは日本や中国の固有種ですが、中国から米国に輸入されてからは、マタタビがネコの行動に大きな影響を与えることが世界的に知られるようになりました。キャットニップやマタタビの生物活性イリドイド化合物(キャットニップ;ネペタラクトン、マタタビ;イソイリドミルメシン、イリドミルメシン、イソジヒドロネペタラクトン、ジヒドロネペタラクトン)は、同じ特徴的な反応を引き起こします(補足:イリドイドはモノテルペンの一種で、10個の炭素を含む天然化合物で植物精油などに含まれる。)。ネコはこれらの植物の二次代謝産物を主要な嗅覚系を通して感知しますが、ネペタラクトンを経口投与しても反応は誘発されません。行動反応の強さはネコの成熟とともに増加しますが、成体では反応に性差はみられません。しかしながら、肉食性のネコによる特定の植物に対するこの特徴的な行動反応は幅広く知られているにもかかわらず、その機能的効果はまだ分かっていません。
 本研究では、家ネコのマタタビ応答の神経生理学的機構と生物学的機能を明らかにすることを目的としました。刺激提示の正確な制御のための信頼でき再現性のある行動検査法を確立するために、最初にマタタビの葉から強力な生物活性化合物を精製し、これまでの研究では見逃されていたネペタラクトールを同定しました。化学的に合成したネペタラクトールを使って、ヒトにおける報酬効果および多幸感効果に関与するμ‐オピオイド受容体を介して、マタタビ反応が調節されることを示しました。ネペタラクトールは植物の葉からネコの顔や頭に移り、そこで防蚊剤として働くことから、300年以上前に初めて観察されたこの謎に満ちたネコの行動の生物学的意義が明らかになりました。

[結果]

ネペタラクトールはマタタビ反応を引き起こす強力な刺激物
 水蒸気蒸留、アルカリ熱処理、酸処理によってマタタビの乾燥葉からの生物活性物質を取り出すこれまでの研究では、生物活性物質が分解されている可能性があります。この問題を回避するために、マタタビ葉の有機溶媒抽出物をシリカゲルの順相カラムクロマトグラフィーによって疎水性と親水性の違いから6つに分けました(図1A)。1.2 gの葉に相当するこれらの回収物の生物活性を、分ける前の抽出物に反応した4匹のネコを使ってテストしました(図1B)。3番目と4番目の回収物はそれぞれ4匹と3匹のネコで擦り付けと転げ回りを引き起こしました。全てのネコで、3番目の回収物は4番目の回収物よりも長く反応を引き起こしましたが(図1C)、ガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリー解析から、これまでに知られている生物活性物質は4番目の回収物よりも3番目の回収物では明らかに少ないことが分かりました(図1D)。このことから、行動反応を引き起こす3番目の回収物には1つ以上の未知の物質がある可能性が考えられます。未知の物質を同定するために、複数回の高速液体クロマトグラフィーによって3番目の回収物に含まれる生物活性物質を精製しました(図1A、動画1)。
 最終的に精製された回収物をガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリーによって解析したところ、5つのピークがみられました(図1E)。(補足:ピークの波形やいつ現れたかによって物質を同定する。)そのうちののひとつ(図1E、ピーク3)はネペタラクトールの標準製品のピークとほとんど一致しました。ネペタラクトールはイリドイドモノテルペンの重要な生合成前駆体で、シス-トランス ネペタラクトンと非常に似た構造をしています(図1F)。最近の研究でも、マタタビ葉からネペタラクトールが同定されましたが、ネコに対するその生物活性は調べられていません。そのため、さらなる研究のためにシス-トランス ネペタラクトールを合成しました。合成したネペタラクトールは標準製品のピークと98%の相同性がありました。これらの結果から、ピーク3はネペタラクトールであると言えます。

スライド1

ネコ科と非ネコ科に対するネペタラクトールの生物活性
 本研究では、マタタビ葉の抽出物に反応した18匹と反応しなかった7匹の計25匹の研究用ネコを使いました。反応した18匹のうちの15匹のネコを使った行動調査では、全てのネコが50 μgのネペタラクトールを染み込ませたろ紙(ネペタラクトール紙)に反応し、顔の擦り付けと転げ回りを行いました。その後10分以内に、ほとんどのネコがろ紙に対して興味をなくし、植物から抽出していない物質に対する反応と非常によく似た行動を示しました(図2A、B、動画2)。フェロモンのような物質を口腔から鋤鼻器へ移動させる機能的な行動であるフレーメン反応に似た行動を示したネコはいませんでした。(補足:鋤鼻器は嗅覚器官でフェロモンの受容することもできる。)ネペタラクトール紙に対する行動反応の長さは同時に用意した溶媒だけを染み込ませたろ紙(コントロール紙)に対するものよりも長くなりました(図2C、P=0.0003)。ネペタラクトールの生物活性の一般性を調べるために、ネペタラクトール紙とコントロール紙を使い、30匹の野良ネコに対して同様の実験を行いました。30匹のうち17匹のネコが少なくとも一つの紙に顔を擦り付けました。17匹のネコのほとんどすべてがネペタラクトール紙に対して顔の擦り付けと転げ回りを行なった結果、ネペタラクトール紙に対する全体の反応時間は、研究用ネコと同じ様に、コントロール紙に対するものよりも十分長くなりました(図2D、E、動画2、P=0.0001)。残りの13匹のネコはどちらの紙にも反応しなかったことから、それらは元々反応しない、もしくは慣れていない試験の状況のため反応しなかった可能性が考えられます。
次に、これまで生物活性が知られているイリドイドに対する行動反応を、マタタビ葉の抽出物に反応した18匹のうち12匹の研究用ネコで比べました。マタタビのネペタラクトールとキャットニップのネペタラクトンは他のイリドイドよりも長く顔の擦り付けと転げ回りを引き起こしました(図2F、P=0.0002)。少なくとも1匹は、ネペタラクトール以外のイリドイドに対して特徴的な反応を示しませんでした。さらに、イソイリドミルメシン(1.42 μg/g湿重量)、イリドミルメシン(検出限界以下)、イソジヒドロネペタラクトン(<0.18 μg/g湿重量)、ジヒドロネペタラクトン(<0.18 μg/g湿重量)と比べて、ネペタラクトール(20.71 μg/g湿重量)がマタタビ葉には非常に多く含まれています。4番目の回収物よりも3番目の回収物のほうがより強い生物活性があったことと、18匹のテストしたネコ全てに対してネペタラクトールに生物活性があったことも考慮すると、ネペタラクトールは最も有力で主要な生物活性イリドイドと言えます。ネペタラクトールは信頼でき再現性のある行動検査法に最も適した刺激物であると結論しました。
 日本の動物園でテストした家畜化されていない飼育下のネコ科動物(アムールヒョウ1匹、ジャガー2匹、シベリアオオヤマネコ2匹)も、コントロール紙よりもネペタラクトール紙に対してより長く顔の擦り付けと転げ回りを示し、統計的な偏りは研究用ネコと有意な差はありませんでした(図2G、H、動画3)。
 ネペタラクトールに対する飼いイヌと研究用マウスの反応も調べました。調べた全ての動物はネペタラクトールに興味を示さず、マタタビ反応をみせませんでした(動画3)。イヌとマウスがネペタラクトールに対して反応を見せなかったことは、本研究で調べた25匹の研究用ネコのうち72%が反応したことと明らかな違いがありました(イヌ:P<0.0005、マウス:P<0.0005)。

スライド2

マタタビ反応中のネコのμ(ミュー)オピオイド系の活性化
 キャットニップに対するネコの行動反応の客観的な観察から、過度な快感として読み取ることができる肯定的な反応を経験している可能性が考えられます。そのため、ネペタラクトールの嗅覚受容は、ヒトでは報酬効果や陶酔感を制御することが知られているμオピオイド系を刺激していると仮説を立てました。(補足:μオピオイド系はμオピオイド受容体に鎮痛剤や麻薬であるオピオイド系薬物やβエンドルフィンなどが結合することで鎮痛作用や多幸感をもたらす。)最初に、1日目にマタタビ葉10枚に相当するネペタラクトール200 μgを、4日目にコントロール刺激を与え、それぞれの刺激前後5分の体内麻薬として知られるβエンドルフィンの血漿中濃度の変化を5匹のネコで調べました(図3A)。βエンドルフィンの血漿中濃度はネペタラクトールを与えた後に明らかに上昇しましたが、コントロール刺激の後では上昇しませんでした(図3B、P=0.034)。

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 μオピオイド系が直接ネペタラクトールに対する行動反応に関わっているかどうかを調べるために、1日目に生理食塩水を、2日目にμオピオイド受容体の拮抗薬であるナロキソンを注射した6匹のネコのネペタラクトールに対する行動反応を調べました(図3C)。1日目に生理食塩水を注射した後は、全てのネコがネペタラクトール紙に対する典型的な反応を示しましたが、次の日にナロキソンを注射した後は、特徴的な擦り付けと転げ回り反応の時間が有意に短くなりました(図3D、動画4、P=0.031)。一方で、対照群として2日ともに生理食塩水を注射した6匹のネコはネペタラクトールに対する反応時間の短縮はみられませんでした(図3E、P=1.00)。これはナロキソンによる反応時間の短縮とは有意な差がありました(P=0.04)。ナロキソンは生理食塩水と比べて歩行や毛繕いなどの他の活動の時間に影響を与えませんでした。このことから、ナロキソンの注射は観察中の運動活性化や運動機能に影響していないことが確認されました。μオピオイド系の阻害はネコの擦り付けと転げ回り反応を特異的に抑制しました。これらの結果から、μオピオイド系がネコ科の行動反応の誘導に関与していることが分かりました。

ネペタラクトールの防蚊活性
 ネペタラクトールに対するこのような特徴的な反応が一貫してみられることから、この反応がネコにとって重要な適応機能を持っている可能性が考えられます。キャットニップのネペタラクトンをヒトに使用した場合、防蚊活性があるという報告から、植物に対する特徴的な擦り付けと転げ回ることで、蚊や他の噛み付く昆虫に対する化学的防御のために、ネコはネペタラクトールやネペタラクトンを毛に塗り付けていると仮説を立てました。本研究では、ネペタラクトールが日本と中国で一般的な蚊であるヒトスジシマカの忌避剤であるかどうかを調べました。ヒトスジシマカが逃げ込めるビニル袋に溶媒を、アクリル箱にネペタラクトール100 μgに相当するマタタビ葉5枚、またはネペタラクトールを50 μg、200 μg、2 mgを置いたときに、ヒトスジシマカはマタタビ葉とネペタラクトールを避けました(図4A、B)。このことは、ネペタラクトールがヒトスジシマカに対して忌避剤として機能していることを示し、ネペタラクトンの防蚊活性の報告とも一致します。

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ネペタラクトールで刺激されたネコの擦り付け行動の機能
 次に、特徴的な擦り付けと転げ回り反応で、ネペタラクトールをネコの顔、頭、そして体に塗りつけることができているかを調べました。ネペタラクトール源に接触することの重要性を確認するために、7匹のネコをネペタラクトール紙とコントロール紙を壁や天井に設置した檻に入れました。この配置では、ネコは顔を紙に擦り付けることはできますが、転げ回ることで紙と接触することはできません。予想したように、全てのネコは壁に設置されていてもコントロール紙よりもネペタラクトール紙の方に顔と頭を擦り付けました(図5A、動画5、P=0.008)。紙がより接触することが難しい天井にある場合は、7匹のうち5匹のネコが後脚で立ち上がり、前脚を天井の網目にひっかけ、コントロール紙よりもネペタラクトール紙の方に顔と頭を擦り付けました(図5B、動画5、P=0.031)。しかし、床に紙が置かれたときに全てのネコで典型的な転げ回りが観察されたことと非常に対照的に、壁や天井に紙が設置されたときは地面を転げ回るネコはいませんでした。ネペタラクトールに接触する強い動機はより背の高い檻を使った実験で示されました。7匹のうち2匹のネコは、天井のネペタラクトール紙に辿り着くために116 cmの壁を登り、顔と頭をネペタラクトール紙に擦り付けました(図5C、動画6)。そのため、擦り付けはネペタラクトール源を特異的に目標にしています。

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 200 μgのネペタラクトールに対する擦り付けによって、毛に塗り付けられるはずですが、顔と頭の毛を拭いたエタノールを染み込ませたコットンに含まれるネペタラクトールの量は、ガスクロマトグラフィー/マススペクトロメトリーの検出限界である2.2 μg未満だったことから、コットン拭きで回収された量は元の量の1%にも満たないことが分かりました。より感度の高い試験として、ネペタラクトール紙と物理的な接触のあったネコの顔と頭を拭いた紙、または物理的な接触のないネコの顔と頭を拭いた紙と、刺激を与えていないネコの顔と頭を拭いた紙を使用してネコを調べました(図5D)。ネコは、ネペタラクトールに直接擦り付けたネコを拭いた紙のネペタラクトールを感知できますが、ネペタラクトールと物理的な接触のないネコや刺激を与えていないネコの顔と頭を拭いた紙には反応しないと予想しました。予想通りに、ネペタラクトール紙と物理的な接触のあったネコの顔と頭を拭いた紙に対してだけ擦り付けと転げ回りの反応を示しました(図5E)。そのため、顔の擦り付けによって、ネペタラクトールは毛に塗り付けられています。

マタタビ反応はネコに防蚊剤を与える
 毛に付いたネペタラクトールが、蚊に刺されることからネコを守ってくれるかどうかを調べるために、麻酔をされた6組のネコを檻の反対側に置きました。1匹の頭には500 μgのネペタラクトールを塗り、もう1匹の頭には溶媒だけを塗りました。ネペタラクトールを塗った頭に着地したヒトスジシマカの数は、平均で対照群の半分でした(図5F、P=0.033)。この結果から、有意な忌避作用が示されました。最後に、より自然な条件を調べるために、マタタビ葉に反応しているネコはヒトスジシマカを寄せ付けないために十分な量の物質を塗り付けているかどうかを、刺激されていないネコを対照群として同様の実験を行い調べました。マタタビ葉で刺激されていない対照群のネコと比較して、マタタビ葉に対して擦り付けをしたネコは明らかにヒトスジシマカに避けられていました(図5G、P=0.019)。一方で、マタタビ葉に擦り付けをしなかったネコでは、着地した蚊の数に対照群との有意差はありませんでした(図5H、P=0.87)。これらの結果から、マタタビ葉に対する擦り付けによって顔と頭の毛に塗り付けられたネペタラクトールは、ネコではヒトスジシマカの忌避剤として働くことが分かりました。これは、特徴的な擦り付けと転げ回り反応が、防蚊剤である植物の化学物質をネコに塗りつけるために機能していることを示す説得力のある証拠です。

[考察]

 本研究で、ネコに特徴的な擦り付けと転げ回り反応を引き起こすマタタビ葉の主要な生物活性物質がイリドイドであるネペタラクトールであることを明らかにしました(図6)。さらに、ネペタラクトールはアムールヒョウ、ジャガー、シベリアオオヤマネコにも同様の生物活性を持っていました。今までのところ調べられたネコ科動物のほとんどはキャットニップに対して反応を示しましたので(ネコ科41種のうち21種が調べられ17種が反応した)、ネペタラクトールに対するこの特徴的な反応はネコ科の多くの種に共通するものであるように思われます。合成したネペタラクトールを使用して、ヒトでは報酬効果や陶酔感を制御することが知られているμオピオイド系がネコのキャットニップとマタタビに対する反応に関連していることを明らかにしました。ネコの行動反応の適応利益について次のような発見しました。つまり、マタタビ葉に対する擦り付けと転げ回りによって、ネペタラクトールはネコの顔、頭、体に塗り付けられます。それによって、頭に着地するヒトスジシマカの数を減らし、蚊に刺されることからから守られることになります。これらの発見は、300年以上前に最初に大衆科学文化の中で、その生物学的な機能が最初に疑問を持たれた、このよく知られた特徴的な植物誘導性のネコ科の反応に新しい知見をもたらします。

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 ネコのμオピオイド系がネペタラクトールによってどのように活性化されるかはまだ完全には分かっていません。これまでの報告によると、ネペタラクトンが主要な物質であるキャットニップの精油は、ラットでは腹腔内注射をしたときにμオピオイド受容体に関連する鎮痛効果を持っています。ネコにネペタラクトールを経口投与しても明らかな生理的影響はありません。さらに、ネコはマタタビ反応を引き起こすためにネペタラクトール紙と鼻口接触をする必要はありません。このことから、ネペタラクトールとその他の生物活性イリドイドは嗅覚系を介した化学受容によってμオピオイド系を活性化し、反応を起こしていると考えられます。ネコでは、反応を引き起こすために鋤鼻系が関わっているようにはみえません。これまでの研究では、ラットのような哺乳類では嗅覚とオピオイド作動性経路の機能的つながりが報告されていることから、ネコは生物活性イリドイドを感知する嗅覚神経とμオピオイド系をつなげる神経回路を持っている可能性が考えられます。本研究結果は、マタタビ反応には味覚が必須では無いことを示していますが、反応を示すネコは共通して、可能であれば刺激物を舐めます。哺乳類では、味覚とその他の味感覚刺激がβエンドルフィン放出を活性化することができることがこれまでに報告されているため、ネコのマタタビ反応に味覚系も関与している可能性を除外することはできません。
 植物の特定の化学物質に対するネコ科動物の反応は依存性のあるものではありません。これは、これらのイリドイドによって嗅覚神経が活性化されたときに、内在性のβエンドルフィンの分泌が増加することでμオピオイド系が刺激されるためである可能性があります。これは、血中の麻薬によってμオピオイド受容体が直接活性化された場合、ネコを含む哺乳動物ではモルヒネのような体外から与えられた麻薬に対する依存症になることとは対照的です。
 本研究では、ヒトスジシマカに対する忌避作用だけを調べましたが、幅広い範囲の蚊と他の噛み付く昆虫に対してネペタラクトンが忌避作用を持つように、ネペタラクトールは黄熱ウィルス、デングウィルス、ジカウィルスの共通の媒介者であるネッタイシマカを含む他の蚊種に対する忌避剤でもある可能性があります。本研究結果から、人間社会でも、ネペタラクトールは蚊問題を減少させることに役立つ天然忌避剤候補である可能性が考えられます。
 マタタビ反応とキャットニップ反応は植物からネコの毛へネペタラクトールまたはネペタラクトンを塗り付けることでヒトスジシマカに対する忌避作用を得るものであると考えます。ネコの口、まぶた、耳、鼻は比較的毛が少なく蚊の標的になりやすいため、忌避作用のある植物に対する顔の擦り付けは顔と頭を保護することに役立ちます。顔の擦り付けの後の腹を見せる転げ回り反応は無防備な行動に見えるかもしれませんが、ネコの体の他の部分に忌避剤を塗り付けることができます。注目するべきは、転げ回ることで刺激物に触れることができない場所に刺激物が置かれたときは、ネコは地面を転がることはありませんでした。そのため、転げ回ることは、多幸感や極度の快楽の現れではなく、機能的な行動になります。
 マタタビ反応とキャットニップ反応は動物が害虫から身を守るために植物の代謝物をどのように利用しているかの重要な例になります。ヒト以外の動物が、害虫から身を守るために他種から放出された化学物質を利用している可能性がある例は他に次のようなものがあります。オオクロムクドリとハナジロハナグマはミカン属の果物を自身に擦り付け、チンパンジーは忌避剤として特定の木から作成した寝床を利用し、都市部に生息するイエスズメとメキシコマシコはタバコの吸い殻を巣に持ち帰り、ナキガオオマキザルはヤスデを自身に塗り付けます。それぞれの動物種は進化の中で防虫剤として植物や他の物質を選んでいる可能性があります。これまでに分かっている動物による害虫や病気から護るための植物の二次代謝産物を利用した自己塗布や予防的な自己治療は、同じ害虫や病気が多くの種に影響する可能性があるにも関わらず、典型的には個別の種で起きています。しかし、植物イリドイドの自己塗布は、より一般的な食肉目ではみられませんが、ネコ科に共通していることから、この行動はネコ科の共通祖先で初めに進化し維持されていると考えられます。多くのネコ科動物は獲物を待ち受け、忍び寄るために気配を消すことが必要ですので、蚊に刺される刺激と蚊によって媒介される病気の両方に対する感受性を下げる忌避剤は、強い選択的優位性をもたらしているように思われます。μオピオイド系の刺激は、忌避されなかった昆虫によって噛まれた際の刺激を低下させる無痛感をもたらしている可能性があります。これによって、多くのネコ科動物にこの特徴的な行動が維持されてきた理由を説明することができますが、なぜこの行動がネコ科動物だけで進化したのかは説明することができません。ネコ科の共通祖先のこれらのイリドイドを特異的に検知する能力が、この自己塗布行動が進化するきっかけを与え、この科の多くの種が防蚊剤を獲得すること可能とした重要な前適応になった可能性が考えられます。
 家ネコでは、キャットニップ反応は常染色体優性遺伝することから、ひとつ、またはいくつかの遺伝子がネコ科のキャットニップ反応とマタタビ反応に関わっていると強く考えられています。本研究で反応を示したネコ科動物は、提示されたネペタラクトールと他のイリドイド刺激に対して細心の注意をはらっていたため、マタタビ反応中に毛に擦り付けたネコを拭いて回収した低レベルのネペタラクトールにさえも反応しました。対照的に、イヌ、マウス、そして反応しないネコはネペタラクトール刺激に対して止まって匂いをかぐことさえしませんでした。これらの結果から、反応した家ネコと家畜化されていないネコ科動物は、植物から放出されるネペタラクトールと他のイリドイドを高い感度で検知できる特異的な嗅覚受容体を獲得している可能性が考えられます。反応に関連する嗅覚受容体遺伝子と特異的な神経経路を同定するための反応するネコと反応しないネコを使った全ゲノム関連解析は、マタタビとキャットニップに対するこの特徴的な反応がなぜ、どのようにネコ科動物特異的に進化したのかを理解するための計り知れない手がかりを与えてくれるでしょう。

よろしくお願いします。