イトマキヒトデの非自己認識能 ~稚ヒトデは非自己が分かる~ 論文紹介
イトマキヒトデの非自己認識能 ~稚ヒトデは非自己が分かる~
論文名 Establishment of the immunological self in juvenile Patiria pectinifera post-metamorphosis
変態した稚イトマキヒトデでの免疫学的自己の確立
著者名 Mizuki Taguchi, Kota Minakata, Akihiro Tame and Ryohei Furukawa
掲載誌 Frontiers in Immunology
掲載年 2022年
リンク doi.org/10.3389/fimmu.2022.1056027
イトマキヒトデ成体の免疫細胞とその非自己認識能力を調べた2022年の論文です。
当サイトではこれまでにイトマキヒトデの論文を3報(「ヒトデの免疫 ~2つのMIFと走化性~」、「ヒトデの変態 ~レチノイン酸の導き~」、「ヒトデの再構築 ~バラバラからの復活~」)紹介しています。この内の免疫の論文と再構築の論文は本論文と同じ研究室からの論文になります。本論文の内容はこれまで紹介した2報を上手く組み合わせたものになっていますので、漫画だけでも一読しておくとより理解が深まるかと思います。
免疫は異物を認識し排除する仕組みです。自分の体の一部ではないものは、異物となり排除される対象となります。不思議なことに、例えばヒトの移植手術の際にみられる拒絶反応のように、ヒトとヒトという同じ種であっても、免疫は自己と非自己を認識しています(漫画「免疫と自己非自己」参照)。この同種であっても自己と非自己を認識する能力は、「背景」に書かれているように無脊椎動物でも知られています(漫画「非自己認識能力の獲得」参照)。ヒトを含む脊椎動物では、自己と非自己を認識する仕組みについては非常に詳しく研究され抗体やMHCといった分子が機能していることが分かっています。一方で、無脊椎動物では脊椎動物とは異なり、抗体が主体となる免疫機能が存在しないため、抗体を使用しない認識システムがあると考えられていますが、その分子実態や無脊椎動物の間での進化的な関係性など、ほとんど分かっていません。
ヒトデは棘皮動物です。実験でよく使われる棘皮動物といえばウニですが、主に発生の研究で使われています。ヒトデは発生ではなく卵成熟の研究で使われて来ました。これは、胚の透明性や卵の大きさ、採取できる卵の量、個体の量などが原因で、より適した研究に使われたためです。最近では、棘皮動物の中ではウニよりもヒトデのほうが進化的に古いために、より原始的な棘皮動物の体づくりを知るためにヒトデの発生にも注目が集まりつつあります。
イトマキヒトデの免疫については、変態前の幼生で間充織細胞が免疫細胞として機能していること、そして同種の別個体のヒトデの細胞に対しては反応しない、つまり、非自己認識能力が無いことが分かっています(漫画「イトマキヒトデの免疫」参照)。では、変態して成体となるとどうなるのか?を本論文では明らかにしています。非自己認識能力がいつ獲得されるのかを明らかにするために、イトマキヒトデのユニークな現象である再構築胚を利用しているのは、再構築胚研究を行っていた研究室ならではです。
本論文では、非自己認識能力の分子的メカニズムについては明らかになっていません。[考察]にあるように遺伝子型によって認識されている可能性があることから、今後は個体によって違いのある遺伝子を探索していくことになると思います。このような非自己認識能力が棘皮動物全般にその仕組みを含めて共通しているのかも含めて、今後の成果を注目したいと思います。
補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。
この論文で分かったこと
イトマキヒトデ成体の体腔に存在する体腔細胞を5種に分類した。
イトマキヒトデの体腔細胞は非自己認識能力を持つ免疫細胞として機能する。
変態後2-4週間で体腔細胞は非自己認識能力を獲得すると考えられる。
イトマキヒトデの自己・非自己認識は遺伝子型によって決定されている可能性がある。
[背景]
免疫系の役割は、生物学的個性を確立し、その自己同一性を維持することです。この観点から、免疫系の個体発生は、免疫学の基本的な問題です。免疫系の成熟の一つの指標は、同種個体を識別する能力(非自己認識能力)を持つ免疫学的自己を確立することです。無脊椎動物でさえも、非自己認識能力があることは幅広い分類群にわたってよく知られています。無脊椎動物の非自己認識能力の最も良い例は、海綿動物、サンゴ、刺胞動物、ホヤなどの群体動物の融合・非融合反応です。これらの無脊椎動物は、定着地点から移動する能力はほとんどなく、時に高密度の群集で生活するため、同種非自己個体と遭遇する機会が多くあります。同種個体との接触が始まった際に起こる最も一般的な結果は、脊椎動物の移植拒絶反応に似た、コロニー間の血管連続性を破壊する血球を介した炎症反応の発現です。しかし、まれに個体同士が融合し、キメラコロニーを形成することがあります。この融合・非融合反応は、個々のコロニーの遺伝子組成によって決定されます。また、ダーマステリアスヒトデ(和名なし、Dermasterias imbricata)成体の同種非自己移植片拒絶反応、ホクヨウオオバフンウニの同種非自己免疫細胞混合物による細胞毒性反応、マボヤの同種非自己免疫細胞混合物による「接触反応」など、単独動物でも非自己認識能は報告されています。
無脊椎動物での非自己認識能力の獲得時期に関する研究は限られていますが、いくつかの研究から非自己認識システムが個体発生的に変化している可能性が考えられています。例えば、ショウガサンゴの成体コロニーは「自己」と「非自己」を正確に区別し、同種非自己コロニーと融合することはありません。しかし、相互作用する相手の年齢に依存した2種類の同種免疫反応が報告されています。ひとつは、組織融合と安定したキメラの形成で、変態後2ヶ月未満の相手同士で観察されます。もう一つは、変態後2-4ヶ月の相手同士の接触で観察され、融合と一過性のキメラを形成し、その後、キメラ内の最年長個体が変態後4ヶ月に達するとキメラ形成が拒絶されます。これらの結果から、ショウガサンゴにおける非自己認識の成熟は、変態後4ヶ月間に3つの段階を経て達成されることが分かります。また、ムラサキカイメンの一種やウミヒドラでは、幼生の非親族間融合が報告されています。ウミヒドラでは、組織不適合胚キメラは不安定で、変態後4週間までに完全にキメラ化が行われなくなりました。
イトマキヒトデでも同様に、個体発生の早い段階でのキメラ形成に対する耐性が報告されています。解離した海綿細胞による個体再構築の古典的研究と同様に、イトマキヒトデの胚や幼生をバラバラにして得られた細胞は、海綿の細胞と同様に幼生を再構築できます。カリスポンジア海綿(和名なし、Callyspongia diffusa)の成体に由来する解離細胞の同種混合物は凝集体を形成しますが、48 時間以内に死滅します。一方、イトマキヒトデの再構築現象は、多数の兄弟胚に由来する解離細胞が混在していても起こることから、兄弟胚に由来する再構築幼生が安定したキメラであることが分かります。さらに、これまでに、イトマキヒトデの幼生免疫系が血縁関係のない同種細胞に対して寛容であることを報告しています。この幼生免疫系は、食細胞として働く1種類の間葉系細胞から構成されています。間葉系細胞は、幼生の体内に注入された生きた同種細胞に対して免疫反応を起こしません。これらのことから、幼生免疫系は、血縁関係の有無にかかわらず、生きている同種細胞をすべて「自己」として認識していることが分かりました。
イトマキヒトデの成体が、同種非自己移植片拒絶反応を示すのか、血縁関係間で移植片受容反応を示すのかは、現在までのところ分かっていません。しかし、ダーマステリアスヒトデや他の無脊椎動物の成体が同種非自己拒絶反応を示すことから、イトマキヒトデ成体も非自己認識能力を持つと仮定しました。本研究では、同種非自己細胞をイトマキヒトデ成体に移植することで成体の免疫細胞(体腔細胞)の非自己認識能力を実証し、再構築キメラ胚を変態させることで非自己認識能力の基盤となる免疫学的自己の確立時期を明らかにしました。
[結果]
イトマキヒトデの体腔細胞の特徴
体腔細胞は、棘皮動物の体腔液中に存在する免疫反応を起こす細胞です。体腔細胞には、貪食細胞、小球細胞、前駆細胞といった形態学的に特徴づけられた様々な種類があります。しかし、イトマキヒトデの体腔細胞はよく分かっていません。
本研究では、形態学とメイグリュンワルド・ギムザ(MG)染色に基づいてイトマキヒトデの体腔細胞の種類分けを試みました(図1A)。(補足:メイグリュンワルド・ギムザ染色は細胞小器官やコラーゲン、筋組織を特徴的な色で染色できる。)少なくとも5種類の体腔細胞をMG染色により区別することができました。最初の種類の細胞は、染色標本の大部分を占め、互いにネットワーク状につながっているように見えました(図1A、B)。これらの細胞は小さな顆粒を持ち、幅広く広がった葉状仮足によって貼り付き、いくつかの細胞では糸状仮足を伴った葉状仮足が観察されました(図1B)。これらの特徴から、この細胞は他の棘皮動物の体腔液に多く存在する遊走細胞に相当する貪食細胞と考えられます。2番目と3番目の細胞の種類は共に、ウニの円盤状貪食細胞に似た円盤状の形態を示していました。しかし、染色性の違いが明確に観察されました(図1C、D)。図1Cに示した細胞では、核の大きさが図1B、Dの細胞よりも比較的小さいことから、染色体が凝集していることがわかります。これらの細胞では小さな顆粒と、薄いピンクに染まった細胞質が核の近くに観察されました。葉状仮足の周縁部に膜の波打ち構造が確認されたことから、この細胞は細胞膜を完全に広げて貼り付いていることが分かりました。対照的に、3番目の種類の細胞は大きな核と均一に染色された細胞質を持ち、顆粒や膜の波打ち構造は観察されませんでした(図1D)。そのため、2番目の細胞を円盤状貪食細胞、3番目の細胞を無顆粒白血細胞と結論しました。図1Eに示した4番目の種類の細胞は小さく、未分化細胞の特徴である高い核-細胞質比を持つ細胞であることから、他の棘皮動物の前駆細胞に相当します。5番目の種類の細胞は丸く、その細胞質はたくさんの好塩基性顆粒で満たされ、他の棘皮動物の桑実細胞と一致しています(図1F)。図1Fでは核が確認できませんが、他の細胞で核の存在は確認されました。この細胞の種類は染色標本の約0.02%しか存在しませんでした。
注入した同種非自己体腔細胞に反応して体腔細胞は凝集塊を形成し、同種非自己細胞を貪食する
体腔細胞の非自己認識能力を確かめるために、蛍光標識をした同種非自己体腔細胞をイトマキヒトデの体腔に注入しました。注入個体の体腔液中に体腔細胞の凝集塊が時間とともに形成され、注入細胞に由来する蛍光シグナルが凝集塊の中に散在パターンとして観察されました(図2A、B)。対照的に、自己の体腔細胞を注入した場合は、凝集塊が観察されませんでした(図2A)。これらの結果から、イトマキヒトデの体腔細胞は非自己認識能力を持っていることがはっきりと分かりました。凝集塊の大きさと数は、注入12時間後に最大となり、その後減少しました(図2C、D)。凝集塊の数は個体間で大きくバラついていましたが、凝集塊の数が少ない個体では、その大きさが大きい傾向があり、特に注入12時間後と18時間後での凝集塊の大きさは大きくバラついていました(図2D)。
凝集塊の内部形態を図3に示しました。凝集塊のそれぞれの体腔細胞は高密度に配置されていましたが、多核細胞は観察されませんでした。一方で、細胞間隙には葉状仮足の断面が多く観察されました(図3A)。凝集塊の内部には、独立して他の細胞を貪食する体腔細胞が散在していました(図3B)。さらに、二次的リソソームを含む体腔細胞が観察されました(図3C)。(補足:二次リソソームの内部は酸性に維持され、加水分解酵素が働いて細胞内消化が行われる。)これらの結果は、図2Bに示した注入同種非自己細胞に由来する蛍光シグナルの検出パターンと一致しました。このような細胞融合を伴わない凝集塊形成が異種非自己細胞に反応することだけで起こるかどうかを明らかにするために、イトマキヒトデの成体に細菌を注入しました。結果として、体腔細胞は細胞融合を伴うことなく凝集し、それぞれの体腔細胞は個別に細菌を貪食しました。
キメラ幼生は正常な変態過程を経て稚ヒトデになる
イトマキヒトデ胚をバラバラにして得られた細胞から、正常な個体を再構築する過程は以下のようになります。1. 胚をバラバラにして得られた多くの細胞は2時間以内に凝集する。2. 再構築開始から8時間後に、外胚葉細胞と内胚葉細胞の選別によって胚葉が形成される。3. 24-48時間後までに、胞胚腔が徐々に広がると、外胚葉が陥入し最終的に内胚葉と融合することで原口が形成される。これらの再構築過程の後に、口と体腔嚢が形成され、再構築胚はビピンナリア幼生へと正常に成長します。この再構築現象は共通の親から生まれた兄弟胚をバラバラにして得られた細胞を混ぜても起こります。
本研究では、最初に二組の親からから生まれた胞胚(バッチAとバッチB)を異なる蛍光色素で染色しました(図4A、5)。兄弟胚をバラバラにして、バッチごとに、または混ぜて再構築を行いました(図4B)。これまでの報告と同様に、バッチAとバッチBからの再構築胚は兄弟胚キメラで、正常にビピンナリア幼生へと成長しました。対照的に、バッチAとBの細胞を混ぜた再構築胚は血縁関係のない細胞集団からなるキメラになりましたが、幼生の免疫システムが生きている同種非自己細胞に対して寛容であるというこれまでの研究から予想されたように、これらの同種非自己キメラもビピンナリア幼生へと成長することに成功しました(図4B、5)。兄弟キメラ間では形態的違いを観察できませんでした(図4B)。しかし、同種非自己キメラでは、それぞれのバッチに由来する蛍光シグナルがまだら状に観察されたことから、各バッチに由来する細胞は別々に集まる傾向があることが分かりました。
エサを与えると、ビピンナリア幼生は変態可能なブラキオラリア幼生へと成長し、成体原基が幼生の後端に形成されました(図4B、矢印)。血縁関係の有無にかかわらず、すべてのキメラはブラキオラリア幼生へと成長しました。これらのキメラを変態させると、同種非自己キメラを含むすべてのキメラはイトマキヒトデの典型的な変態過程を経て2日以内に稚ヒトデになりました(図4B、稚ヒトデ)。キメラ稚ヒトデの外部形態に異常は観察されませんでした。さらに、発生段階を通して、兄弟キメラと同種非自己キメラの間で体長に統計的に有意な差はありませんでした。
同種非自己キメラは稚ヒトデに変態後一ヶ月で死亡する
同種非自己キメラでは、半分に曲がる、個体や一部が風船のように膨らむなどの形態異常がある個体が、稚ヒトデ期に入ってから2週間後に徐々に出現しました(図6A)。これらの形態は兄弟キメラでは観察されませんでした。さらに、変態から一ヶ月後までに、同種非自己キメラでは、死亡した個体数が急速に増加し、最終的にすべて死亡しました。この期間に死亡した稚ヒトデの多くには、上記の形態異常はみられませんでした。しかし、管足の運動性と底砂への接着力は完全に失われました。図6Bにカプランマイヤー法による生存時間曲線を示しました。兄弟キメラと同種非自己キメラの間で、生存時間に有意差がみられ、兄弟キメラに対する同種非自己キメラのハザード比は40.901(95%信頼区間:28.654-58.38)でした。(補足:ハザード比は相対的な死亡率を示す。)しかし、別のバッチを使用した予備実験では、同種非自己キメラの稚ヒトデは約2週間で完全に壊滅しました。同種非自己キメラの稚ヒトデの死亡までの時間にはバッチ効果があるかもしれません。
同種非自己キメラの死が遺伝的不一致によるものかどうかを明らかにするために、母または父が異なる半兄弟キメラを作製しました(図5)。同種非自己キメラと同様に、これらの半兄弟キメラも正常にブラキオラリア幼生へと成長し、稚ヒトデへ変態後に形態異常はみられませんでした。兄弟キメラ比較して、半兄弟キメラの稚ヒトデ期の死亡率に有意差がみられましたが(ハザード比:2.348、95%信頼区間:1.354-4.07)、生存率は同種非自己キメラよりも非常に高くなりました(ハザード比:22.27、95%信頼区間:13.16-37.69、図6B)。
同種非自己キメラの稚ヒトデは表皮細胞層を欠失し、消化管での細胞死が増加した
死にかけの同種非自己キメラの稚ヒトデの内部形態を調べました。変態5日後の健康な兄弟キメラの稚ヒトデの体表付近には表皮細胞層があり、その下層には細胞外マトリックスで満たされた幼生の体腔に対応する高密度な間充織領域が観察されました(図7A)。このとき、棘皮動物の特徴である骨片の形成はまだみられませんでしたが、幼生に由来する透明層が個体の背側表面を覆っていました。さらに、成体の主な特徴である、広大な体腔はまだ形成途中でした。これらの形態から、変態後の稚ヒトデは一定期間組織形成を継続することが明らかになりました。同様の形態は変態5日後の同種非自己キメラの稚ヒトデでも観察され、変態5日以内では兄弟キメラの稚ヒトデとの間に形態的特徴の違いはみられませんでした(図7A)。
対照的に、同種非自己キメラの稚ヒトデでは、形態異常を示す個体の間充織領域が異常に膨らみ(図6A)、変態14日後の兄弟キメラの稚ヒトデのように高密度ではありませんでした(図7A、異常、MR)。さらに、表皮細胞層の一部が失われ、透明層様の構造だけが観察されました(図7A、ピンク線)。この領域では、葉状仮足を発達させた幼生の間充織細胞が透明層に沿って観察されました(図7A)。これは形態異常を示した同種非自己キメラに限らず、変形することなく死亡したキメラ稚ヒトデでも観察されました(図7A)。反対に、体腔の発達は観察されませんでした。さらに、死亡した同種非自己キメラの稚ヒトデの表皮細胞層のほとんどは、形態異常の有無に関わらず、バラバラとなり、変態30日後には幼生の間充織細胞だけが透明層に沿って残っていました(図7A)。組織の損傷が激しい領域では、崩壊した細胞や、その細胞に由来すると思われる小胞がたくさん観察され、貪食胞様の小胞を含む細胞も観察されました(図7B)。(補足:貪食胞は細胞の食作用によって形成される液胞のこと。)
稚ヒトデの消化管の拡大電子顕微鏡写真を図8に示しました。小腸細胞は比較的電子密度の高い核と、たくさんの油滴を持っていました(図8A、B)。対照的に、同種非自己キメラの稚ヒトデではそのような細胞は観察されず、大きな核と細胞質を持った細胞がたくさん観察されました(図8C、D)。付け加えて、いくつかの細胞では、電子密度の低い均一なクロマチン、核膜の損傷、明瞭な細胞膜の欠失、細胞小器官の欠損が観察されたことから、これらの細胞は死んでいると考えられました(図8D、E)。
[考察]
これまでの研究で、イトマキヒトデ幼生の免疫細胞である間充織細胞は、生きた同種非自己細胞に対して免疫反応を示さないことが報告されています。本研究では、成体の体腔細胞は、注入された同種非自己細胞を、凝集体を形成しながら貪食することが明らかになったことから、成体の免疫システムは同種非自己細胞を非自己として認識していると考えられます。注入された同種非自己細胞は非自己認識能力を持つことから、注入された個体の細胞も貪食されるはずです。しかし、注入によって大きな影響を受けた個体はありませんでした。蛍光標識した細胞を注入した結果から、たとえいくつかの注入した細胞が注入された個体の細胞を貪食しても、最終的には凝集体に組み込まれ、注入された個体への影響は最小化されると考えられます(図2B)。
イトマキヒトデでは、注入された同種非自己細胞に反応して体腔細胞による凝集形成が最大になるのは、注入後12-18時間でした(図2C)。これは、これまでに報告のある、試験管内でホクヨウオオバフンウニの体腔細胞と同種非自己の体腔細胞を混ぜ合わせると約20時間後に細胞毒性が観察されたこととおおよそ一致します。(補足:細胞毒性とは、細胞に有害な影響をおよぼす性質のことで、細胞毒性により、細胞は溶解したり、壊死をおこしたり、細胞死を起こしたりする。逆にこのような反応を細胞が示した場合は、細胞毒性があるといえる。)イトマキヒトデ体腔細胞の細胞毒性は本研究では確かめられていないことから、体腔での非自己認識反応のさらなる解析が必要です。しかし、同一個体に由来する体腔細胞を注入したのにも関わらず、注入された個体ごとで凝集体の大きさに違いが観察されました。この結果は注入された細胞との遺伝的距離の違いを反映している可能性がありますが、非滅菌環境で維持された野生イトマキヒトデを使用し、実験開始時の体腔内の細胞密度が当初から違っていたことに注意しなければなりません。それでも、非自己認識反応の詳細な動態は今後生体内で確かめる必要があります。
体腔細胞は棘皮動物の体腔に存在する細胞で、成体では免疫細胞として働きます。体腔細胞は、貪食細胞、小球細胞、血球細胞、前駆細胞、結晶細胞、紡錘細胞の大きく6種類の細胞に分けられます。本研究で分けられた、遊走細胞と円盤状貪食細胞はほとんどの棘皮動物で報告されている貪食細胞です。特に、遊走細胞は棘皮動物の体腔細胞の大部分を占めています。どちらの細胞種も、貪食作用に加えて、凝固、カプセル化、走化性、オプソニン化、移植片拒絶反応に関与していると報告されています。(補足:オプソニン化は、細菌などの病原体を貪食細胞に取り込まれやすくする作用のこと。)本研究で観察された凝集体の内部構造に関しては、内部空間が葉状仮足の断面構造で満たされていたことから、凝集塊形成に関わる体腔細胞のほとんどは遊走細胞であると考えられます。多核細胞は観察されませんでしたが、基質表面に接着した棘皮動物の貪食細胞には、高い融合能があることが報告されています。この現象は、個々の細胞では貪食できない大きな異物のカプセル化でみられます。本研究で遊走細胞の融合が観察されなかった理由は、個々の細胞が貪食できる大きさの異物を使用したためである可能性があります。付け加えて、本研究で分けられた無顆粒白血細胞に相当する細胞は、棘皮動物でこれまでに報告されていません。これらの無顆粒白血細胞は、顆粒の有無に加えて、核の大きさと細胞質の染色性の違いによって、円盤状貪食細胞とは明確に区別されます。細胞膜を円盤状に広げる能力を考えると、無顆粒白血細胞も貪食能を持っている可能性があります。4番目の細胞種である前駆細胞は、一部の棘皮動物ではリンパ細胞と呼ばれていますが、ほとんどの棘皮動物で報告されています。本研究では、染色標本中にわずかしか存在しない桑実細胞も観察されました。これらの細胞は塩基性顆粒で満たされ、最近マナマコで報告されたI型顆粒細胞に相当する可能性があります。形態学的に、桑実細胞はニチリンヒトデの一種の小球細胞と非常に似ています。ウニでは、赤色小球細胞が抗細菌能を示しますが、無色小球細胞の機能はまだ分かっていません。これらの機能を明らかにするために、イトマキヒトデの桑実細胞の顆粒に含まれる成分のさらなる解析が必要です。棘皮動物の他の主な体腔細胞である、血球細胞、結晶細胞、紡錘細胞は本研究の染色標本では確認されませんでした。これらの細胞は今回行った標本染色では観察できない体腔中の比較的小さな浮遊細胞である可能性があります。
同種非自己細胞に対して寛容な幼生の免疫システムから非自己認識能を持つ成体の免疫システムへの移行は変態の前後で免疫学的自己が確立することを意味しています。異なる同種非自己レベルの3種類のキメラ幼生では、兄弟キメラと半兄弟キメラは高い生存率を示しましたが、すべての同種非自己キメラは死亡しました(図6)。これらのキメラ間の同種非自己レベルの違いは共通する両親の遺伝子型の数に基づいています。同じ両親に由来する兄弟キメラは4つの遺伝子型を、片親が共通する半兄弟キメラは6つの遺伝子型を、そして、2組の両親からなる同種非自己キメラは8つの遺伝子型を持ちます。イトマキヒトデの組織適合性遺伝子の遺伝子型の少なくとも一つが一致した場合にキメラが許容されると仮定すると、海綿やホヤのような群体性動物の相同性認識反応から予測されるように、兄弟、半兄弟、同種非自己キメラを構成するそれぞれの細胞は少なくとも一つの遺伝子型を共有する確率はそれぞれ75.0%、67.5%、37.5%になります。その結果、隣接する細胞が遺伝子型を共有する確率は、兄弟と半兄弟キメラでは高くなりますが、同種非自己キメラでは低くなります。組織適合性確率のこの違いによって、兄弟/半兄弟キメラと同種非自己キメラの間の生存率の違いを説明できる可能性があります。
本研究のキメラ稚ヒトデの内部形態の観察から、幼生の胞胚腔に由来する薄い間充織組織を伴った体腔の拡張といった、組織形成が稚ヒトデへの変態後しばらくの間継続することが明らかになりました(図7)。この過程で、非常に特徴的な形態変化が死亡した同種非自己キメラで観察されました(図7A)。最も顕著な変化は、一部の表皮細胞層が失われ、間充織領域が異常に膨張したことです。本研究では、同種非自己キメラで観察されたこれらの形態変化が異なる親に由来する体腔細胞による相互攻撃、または組織適合性の違いによる組織機能障害によって引き起こされたかどうかは不明です。カリスポンジア海綿では、バラバラにした細胞が凝集を開始した8時間以内に異なる個体に由来する凝集塊を並べて配置すると、細胞毒性による相互破壊が起こります。イトマキヒトデでは、重度の損傷を受けた上皮組織の周辺で貪食作用が観察されたことから、免疫システムが活性化していると考えられます。しかし、消化管での免疫反応を示すものは観察されず、組織不適合性によって非アポトーシス性制御壊死が引き起こされたように見えました。ウミヒドラでは、非自己認識反応は自己貪食と壊死を引き起こします。イトマキヒトデでも、組織不適合性によって引き起こされる制御壊死が最初に起こり、免疫反応が活性化する可能性があります。いずれにしても、この反応は免疫学的自己の確立なくして起こり得ないでしょう。組織形成中に同種非自己キメラは死亡したため、ヒトデの免疫学的自己は成体の組織形成が完了する前に確立していると考えられます。さらに、この組織形成には成体の免疫システムも含まれていると予想されます。
重要なことに、同種非自己キメラの再構築胚では、それぞれの親に由来する細胞集団は分離して凝集しパッチ状に分布しました。つまり、遺伝子型による選別によって複数の個体に分かれるのではなく、単一の個体の内部で選別が行われました。このことから、胚を構成する細胞にはすでに組織適合性が存在するだけでなく、組織適合性の有無にかかわらず、両細胞集団は稚ヒトデまで協調して機能することができると考えられます。群体性のウスイタボヤの非自己認識には、非自己認識と連鎖し遺伝子多型のある遺伝子と、非自己認識とは連鎖しない遺伝子を含むfuhcと呼ばれる遺伝子複合体が関わっています。イトマキヒトデでも、一部が胚期と幼生期だけで発現する複数の遺伝子が組織適合性に関わっている可能性があります。変態後の稚ヒトデ期では、すべての組織適合性遺伝子が発現し、免疫学的自己の確立に基づいて形成される非自己認識システムが機能し始めます。
同種非自己幼生のキメラ化は、ヒドラのような別の無脊椎動物でも報告されています。ウミヒドラの場合では、本研究のように、組織不適合キメラの生存率は低下しました。さらに、組織不適合キメラのキメラ現象は徐々に失われ、生き残った個体の一部では完全に失われることさえありました。対照的に、イトマキヒトデの同種非自己キメラでは同様のキメラ現象の消失は起こりませんでした。これは、おそらく個体中の遺伝子型の数が多いためにすべての個体が死亡してしまったからです。逆に、再構築の際に混ぜる同種非自己細胞の割合を、例えば遺伝子型の割合に沿って変化させることで、同種非自己キメラの生存率を制御できる可能性があります。それが可能であるのならば、個体間のゲノム差を同定する有益な方法になるかもしれません。
まとめると、本研究では、イトマキヒトデの免疫システムが変態後の稚ヒトデ期に成熟し、同種の細胞を自己として認識する幼生免疫システムから、非自己認識能を持つ体腔細胞を中心とした免疫システムへ移行することを明らかにしました。本研究で使用した再構築キメラ胚は複数の胚に由来するバラバラにした細胞に基づいていたため、免疫学的自己の確立を完全に確かめることはできませんでした。しかし、一個体からの再構築胚作製実験系をさらに発展させることによって、ゲノムへのアプローチを介して自己マーカーの同定を可能にする厳格な同種非自己キメラを作製することができるでしょう。また、成体の免疫の基礎となる稚ヒトデ期の体腔細胞がどの組織から分化してくるのかを明らかにするためにはさらなる研究が必要です。今後は成体型の免疫システムの発達を引き起こす分子メカニズムを明らかにするために、変態期のトランスクリプトームの変化に着目した研究を行う予定です。本研究は、免疫システムの個体発生だけではなく、無脊椎動物の自己・非自己認識のメカニズムを研究する上で有益なモデルとなります。