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石灰岩のスクリーン(映画エッセー9)
5〜6年前からFilmarks(フィルマークス)というアプリで、誰にも知られないのをいいことに、見た映画の大雑把な感想を好き放題書いたり、印象に残ったショット、シークェンスなどを詳細に文章化することを日課としている。
見終わっても時間がなく感想を書き切れなかった作品など溜めたノルマもあるため、基本的に1日1本分の文章を記録することを目標とし、日々映画館に足繁く通い映像ソフトを収集し、学生時代に先輩に言われた「何でもいいから人生で4,000本見ておけば映画について誰とでもひとまず喋れるようになる」という言葉を何の根拠もなく信じ込み、三十路半ばまで映画に浸って生きてきたと言える。
Filmarksの登録作品はかなり広くカバーされているものの(日本国内公開作品は特に)、どうしても短編や配信のみ展開の映画など、とり溢れてしまっているものも数多く存在するのが事実だ。今も機能として残されているか未確認だが、自分が感想を記録したい映画が検索で出てこなかった場合に新規登録のリクエストを送る窓口も以前はあったはずだ(応募が多すぎたのか閉じていた時期もあった)。
Filmarksに記録は叶わずとも、一言簡単な記録だけでも残しておきたいと思ったものを、折角なのでnoteのフォーマットで残すことにした。
ちなみにFilmarksには星の数で点数を付ける機能もあり(1.0〜5.0)、自分も例に漏れずこの機能を使って、作品を採点するというよりは、自分が大好きだった映画が星の多い順に一覧で見られるようにとりいそぎの数字で目安を置くこととしている。点数が低いものが出来が悪いとか、そういう基準というよりもあくまで好き嫌い。『ディスコ探偵水曜日』の4次元以上の高次元(6次元?とかそれぐらい)を表す言葉として用いられてるのが大好きだった「好き嫌い」の数なので、全くあてにはなり得ないものであることをご留意いただく。
●OUR CINEMAS(監督:小田香、製作:2018-2020年) ☆1.8
小田香を知るために。何分でも見ていられる映画館と街の記憶らしきもの。
●彼方より(高橋洋、2020年) ☆3.7
地獄の業火がリモートの画面の狭いフレームから飛び出し、世界を混沌に陥れる直前を目撃する。時代をつまらなく反映しがちな窮屈な画角にも、こんな恐ろしい暗闇が映る。
●WTC haikus(ジョナス・メカス、2011年) ☆3.4
フィルムの特性に基づき、波打つように移り変わる映像上のコントラスト。窓際で外を眺める猫の後頭部にピントが合うだけで、どうしてこれほど心が騒ぐのか。カメラの前を過ぎ行く人々の後方にそびえるタワーが頭上を霞ませ全貌を見せず、都市を行き交うあらゆる視線を眼差し返しているよう。
●ザ・エレクトリカル・パレーズ(奥田泰、2020年) ☆1.6
ラフレクラン(=現コットン)西村による人生を賭けた逃走劇。調査の段階で誠実に証言を採取。決定的な証拠は掴み損ねながらも西村を追い詰めるニューヨークの二人の画面外から響く残酷な笑い声が恐ろしい。この件を語るときのきょんの目つきがラフレクランの関係性を転覆させ兼ねない、どこか俯瞰的な強度を持っており、映画の中で最も恐怖を覚えた。
●日本怨念地図 検証!!杉沢村の呪い(白石晃士、2001年) ☆1.9
高圧的な男性スタッフ2名による女性スタッフへのハラスメントの構図が、心霊ビデオの枠組みの中で徐々に浮き彫りになる。3名ともその構図に無自覚な振る舞いを演出されており、極めて不気味。「困るよ」、「怖いって言われてもさ」、「社会人でしょ?」。
●熱海の路地の子(佐々木誠、2018年) ☆1.6
カメラでまなざし返される男の佇まい、裸体の圧巻のひ弱さ。男の視点を持って彼女を見ていた自分の身体の統一感覚に裂けめが生じる。路地に吸い込まれた男の性なるおとぎ話。
●消えて下さい。(内藤瑛亮、2008年) ☆1.4
心霊写真を目にした瞬間の驚きが、緩慢に引き伸ばされたような独特の速度を持つ短編。この演出を試してみる、適切な配置を考えてみる、といったことの実験に誘われた感じがする。
●教育刑事(内藤瑛亮、?年) ☆1.6
めちゃくちゃ笑える。フィックスでやり切ることに意義がある。次第にタガが外れる女性の遠慮加減も可笑しい。
●5windows EB(isu)(瀬田なつき、2015年) ☆2.4
中村ゆりかを覚える。目が離せない。
●うそつきジャンヌ・ダルク(第一部・第二部監修/第三部監督:高橋洋、第一部監督:福井秀策、第二部監督:倉谷真由、2021年) ☆3.4
からくり屋敷のような舞台装置の数々と、それらを優雅に乗りこなしたジャンヌの勇ましい顔つき。火炙りにかけられる直前、独房での落ち着きのなさ、取り乱した姿にどうしてここまで我々が落胆させられないといけないのか。YouTubeの画面越しに。
●愛と嫉妬のパンデミック(総監督:西山洋市、監督・録音:高野一興、中馬康輔、中村健佑、間合建介、宮武邦雄、2021年) ☆3.1
何ら明らかな理由は示されないが実験に参加している幡乃美帆が、首謀者から指示を受け古文書を音読するとき、首謀者は小さなテレビ画面に顔が映されるが、音読を強制される彼女はスクリーンに大きく映し出される。拡大、焦点ずらしの暴力的な作用は度々現れる。失われた言葉は、正しくないリズムで読み返されて異化され、身体の生理的な変貌にまで影響を及ぼす。感染症と結ばれる発想の面白さ。
●Actually…(Music Video)(黒沢清、2022年) ☆4.2
齋藤飛鳥の立ち姿、黒沢清の黒い画面で非常によく映える。幽霊みたいに少し浮いているような質感とコントラスト。顔の小ささも上手く捉えられている。短編としてかなり面白い。中西アルノは明らかに飛びに行ってる。足で蹴ればどかせる軽い障害物を払い、上へ上へと昇っていく。最後は廊下奥の窓に飛び降りた新人が今にも写り込むのではと不安で目が眩みそうになる。
●3つの厄災(ジャン=リュック・ゴダール、?年) ☆3.5
切り貼りされる映画の時代の幅が過剰に広がり、観客の感情を逆撫でる編集の力はむしろ鋭さを増す。視覚からの思考はスリリングに挑発される。3D映画の極端に両義的な可能性を開く映像のテキストを、ただ一文書き連ねるようにさらりと繋げてしまう。夜の車窓に重なる絵画のイメージが素晴らしい。投影による生の隆起する印象とはやや異質な取り返しのつかなさがここにはある。
●呪われた心霊動画XXX傑作選5(編集・構成・演出:Team XXX、2021年) ☆1.6
いわゆる呪いのビデオ、見てはいけないビデオの不気味な映像の集積にクオリティの違いがあると言い切ることは可能か?なぜ『リング』のビデオや『スパイの妻』の秘密部隊による殺戮=人体実験のイメージが特筆してあれだけ恐ろしいと感じるのだろうか。今回視聴したこの作品は、カメラを持ち撮影している者の存在を隠そうとして、人間が編集したものではないという点を強調する作りになっていることが、むしろ甚だ人類による介入を感じさせる効果が出てしまう。他方、カメラを向けている何者かの存在を肯定している、目の前の状況を凝視している人間を超えた誰かのまなざしを意識させる手法の方が恐ろしいのではないか。映像に没入させるのではなく、映像を見ている人の視点に没入することが重要である。「潮騒」の恐怖描写の奥行きが突出していた。
●呪われた心霊動画XXX傑作選6(編集・構成・演出:Team XXX、2021年) ☆1.7
直接的なカニバリズムの描写、銃殺による頭部破裂といった各国を股にかける往年のボディホラー印のショック映像が、アンビエントな、悠長な作りの心霊動画に加わる力技。佐々木勝己の名前をクレジットに見つけて納得。「くに子」の再登場は非常に得をした気持ちになる。
●呪われた心霊動画XXX傑作選NEO1(?、2019年) ☆1.6
シルエットで首がぼとりと落ちる表現、呪いのビデオシリーズの作家たちは非常に巧み。最後の霊障ビデオのクオリティはもはや短編のアートシネマ。
●呪いの黙示録 第三章(?、2021年) ☆1.8
不幸に見舞われる者にカメラを向けることの罪について内向的にふるまう姿勢をとりつつ、章の前半、後半、冒頭ではいわゆる一般的な心霊映像を配置する構造をとっており、この配慮のバランス感覚は狙ったものだとしても不気味。恐怖の対象そのものを撮りたい、過程にカメラを向けることに懐疑的だと頑なに主張する彼のキャラクターに対し、このシリーズは時間をかけて何かを思い知らせたいのだろうか。
●呪いの黙示録 第四章(?、2021年) ☆1.9
ラストショットの娘の顔つき一発。確実に、見事に決めた怪作。
●あの子はだあれ?(黒沢清、1994年) ☆3.2
同じ制服を着た表情の見えない何者かに遭遇するときの少女のリアクションが丁寧に削られている。階段の手すりの隙間を見上げ、垂直にこちらを見下ろす何者かの姿を目にしたときでさえ。カーペンター『ハロウィン』のテーマが流れてつい頬を綻ばせていると、『叫』の赤い女を彷彿とさせる呟き「私は死んだ」とともに、画面奥から死者が早足でこちらに歩み寄る。怖すぎて唖然。「花子さん」2作、「廃校奇譚」、「木霊」とこれまで見た黒沢清の「学校の怪談」シリーズで最恐。