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イノシシは危険な動物ではありません:危ない3つのケースには注意


ミスリードする報道はやめてほしい

イノシシが危険な動物であるかのように誤解させる報道が相次いでいます。

1本目は2023年12月12日に千葉県館山市で起きた事件、2本目は2024年12月6日に愛知県豊田市で起きた事件を取り上げています。イノシシが罠にかかったものの、しとめる前に罠がはずれ、猟師を襲った事件です。 

罠にかかったイノシシは、自分が殺されようとしているのですから、全力で罠を外そうとし、攻撃してくるのは当たり前です。イノシシの正当防衛といえます。罠がはずれるようなことがないように、改良されることを祈ります。 

イノシシが危険な動物かどうか、どのような対策が有効かは、狩猟とは関係なく、考えなければなりません。 メディアには一般市民への危害の状況をもとにした、冷静な報道を望みます。

千葉市昭和の森で21回出会って危険なし

僕は千葉市昭和の森で野生動物の観察をしています。昭和の森は住宅街に隣接する都市公園ですが、2020年秋からイノシシが本格的に出没していて、僕は2021~24年の4年間でイノシシに21回出会いました。

  • 2021年 6回

  • 2022年 13回(うちウリ坊8回)

  • 2023年 1回 

  • 2024年 1回

すべて30m以内で顔をあわせていますが、危険だと思ったことは一度もありません。4年間の観察をまとめると以下のとおりです。 

  • 秋から春にやってくることが増え、夏は少ない

  • 2021年は人に無関心で怖がらず、平気で人前で餌を探して食べていた

  • 2022年以降の成獣・若獣は人を怖がって避けるようになった。ウリ坊は人に無関心でたくさん観察できた

  • 2021年はいつも九十九里(大網白里)方面に帰っていったが、2022年は園内の林に獣道がはりめぐらされた。園内に家族で住み着いた可能性が高い

  • 2023~24年は1回ずつしか出会っていないが、掘り返し跡は多い

僕の見る限り、管理事務所が設置する忌避剤は1週間も効果はありません。追い払ってもすぐに戻ってくることが多いです。猟友会にも相談しているそうですが、園内で銃は使えません。罠は来園者もいるので園内には設置できず、園外に設置していて、2024年夏はかなりたくさん捕獲されたようです。昭和の森での目撃が減ったのは捕獲が進んだからだと推測しています。 

対策をするなら、夜間センサーカメラで出入りしている頭数を調べたり、掘り返し跡の面積などを概算して、どのような対策が有効なのか、定量的に把握する必要があると思います。

昭和の森のイノシシの様子は僕のYouTubeやInstagramで紹介しています。

昭和の森で出会ったウリ坊(2022年7月)と若獣(2021年3月)

YouTube 2022/7/28 昭和の森のアイドルになったウリ坊
YouTube 2021/3/23 展望台近くに現れ、帰っていった若獣

「ウリ坊は可愛いけれども、成長すると怖い」とよく言われるのですが、若獣になっても可愛いです。これらの動画のように、人に無関心な個体は観察をするのにぴったりです。静かに見守っていればよく、無理に追い払う必要はありません。

昭和の森にやってくるイノシシが人を襲うことは考えられません(後述する3つのケースを除く)。スーパーボランティアの尾畠春夫さんも「イノシシは生きた人間には基本的には手を出さないんですよ。ツキノワグマとかヒグマはやりますけどね。だから、その点は安心していた」と述べています(『魂の生き方』、南々社、2018年)。

動物写真家、矢野誠人さんのInstagramはイノシシへの愛情に満ちています。僕もいつかウリ団子を撮ってみたいです。

アリス組FamilyさんのYouTubeでは、離島でイノシシのゴン太やマイクロブタのニコたちと暮らす様子が発信されていました(更新は2023年8月が最後)。アリス組さんのInstagram(@alicegumi)によると、お父さんの仕事の都合で2024年8~9月に108匹といっしょに山梨県に引越したようです。ゴン太もニコも元気なようです。

『猪の文化史考古編』(新津健、雄山閣、2011年)では、2005年に山梨県で飼育されたウリ坊のハナコの話が紹介されています。ハナコは娘さんの布団で一緒に寝ていることがあったほど、家族に懐いたそうです。ある年、2月にいったん山に入って帰ってこなくなったと思ったら、何と5月にお腹を大きくして帰ってきて、「実家」で出産したとのこと。本能的に実家が安全なことがわかっていたのでしょう。

イノシシが危ない3つのケース

もちろん、イノシシが危険なこともあります。主に次の3つのケースです。

1つ目は出会い頭です。イノシシは茂みから出てくる時に、右見て左見てなどと注意を払ってくれません。まさに猪突猛進です。

2024/11/13や2025/1/15にはJR外房線の電車がイノシシと衝突する事故も発生しました。シカと衝突することはときどきありますが、イノシシとの衝突は珍しいです。イノシシの活動が活発なのかもしれません。

環境省の発表によると、イノシシによる人身被害は2016年4月~2024年3月に423件あります(狩猟に伴うものは除く)。死亡事件は4件起きていて、うち2018年の静岡と熊本の事件は、自転車が偶然イノシシと衝突したものです。イノシシが人を襲ったわけではありません。

2021年の大阪の事件は報道によると、被害者がイノシシに襲われたことを証言していたようです(襲われたのか偶発的だったのかはわかりません)。

2022年の広島の事件は、庄原市が山林に罠を設置し、その罠を確認するために外出した80代男性が、罠の近くで倒れていたというものです。男性にはかまれた跡があり、罠にはかかった跡がありました。広島県は環境省の件数にカウントしていますが、これは狩猟に伴うものだといっていいと思います。

つまり、2016~23年度の8年間で、イノシシに襲われて死亡したと推測される事件は(狩猟に伴うものを除くと)大阪の1件だけだということです。ちなみに同期間のクマによる人身被害は884件、うち死亡事件は22件です。

昭和の森では、管理事務所がイノシシを車や竿を使って追い払っていました。追い払った先に人がいる可能性もあります。イノシシを追い払うなら、安全を確保したノウハウが必要です。 

2つ目はイノシシが山の中とは違う環境に迷い込んでしまった時です。そんな時のイノシシは危ないことが多いです。山に帰る道がわからなくなってパニックになり、興奮してしまうのだと思います。 

2022年7月に千葉県南房総市の海岸でサーファーがイノシシに襲われ、重傷を負う事件がありました。YouTubeにショート動画が投稿されています。このイノシシは海辺から山側に登れず、人を襲っています。

2023/10/25には、千葉市中心部にイノシシが出没し、千葉駅西口、市立美術館、出洲港など広く移動し、3人がケガをしたそうです。NHKのネット記事が詳しいです。イノシシは都川[みやこがわ]を伝ってオフィス街に迷い込んでしまったと推測されます。

2024/11/26には、姫路市今宿の認定こども園で、園児や保育士がイノシシに襲われるという事件が起きました。MBS毎日放送が報じています。Google Mapで見ると、姫路城から直線で3kmぐらい、ストリートビューでは地域の手前までしか見られませんが、周りは山林のようです。もともとイノシシがよく出没する地域なのでしょうか。このイノシシには何があったのか…。

街なかに出てきたイノシシは危険なことがあります。

3つ目は人から餌を与えられた経験のあるイノシシです。イノシシに限らず、クマでも、カラスでも、オオハクチョウでも、人から餌を得られることを知った動物は人を襲います。僕は昭和の森でオオハクチョウに体当たりされたことが2回あります(昭和の森のオオハクチョウは管理事務所が餌づけしていて、お腹が空くと怒りっぽくなっていました。2024年7月に行方不明になり、戻ってこなくなりました)。

イノシシの人身被害が最も多いのは兵庫県で52件です。六甲山から降りてきたイノシシが、神戸市東灘区などで被害を起こしています。過去にイノシシに餌を与えたり、生ごみを夜間に出す人がいて、人から餌を得られることを覚えた個体が人を襲っていると考えられます。人間の食べ物はイノシシにとっても美味しく、栄養満点です。

野生動物に餌は厳禁です。イノシシが里に下りてくるのは、山に餌が少なくなったからではありません。イノシシを餌が少なくなってかわいそうなどと思いやる必要はありません。

もう1つ、イノシシが危ないと言われているケースは、ウリ坊といっしょにいる母イノシシです。僕自身はそういう場面に出くわしたことがなく、そのような場面で人身被害があったと聞いたことはありません。

ただ、昭和の森のテニスコートの管理人さんによると、ウリ坊といっしょの母イノシシに会ったことがあり、母イノシシがガチガチと歯を鳴らしていたそうです。ウリ坊がかわいいからと手を出したりすると危険だと思います。

農業とは共生できないが、昭和の森なら共生できる

イノシシは農業とは共生できません。イノシシは畑や家庭菜園に被害をもたらし、害獣とされます。千葉県の「野生鳥獣による農作物被害状況」によると、2023年度は鳥獣全体で3.3億円のうち、イノシシによるものは1.4億円(43%)もあります。SNSには生産者の悲憤に満ちた投稿が多いです(一部には共生したいという投稿もあります)。

僕の印象では、SNSのハッシュタグ「# イノシシ」で出てくる投稿は、3分の1は野生のイノシシですが、3分の1は害獣駆除、3分の1はジビエ料理で悲しくなります。

申し訳ないですが、生産者のみなさんには、電気柵で守っていただくしかないと思います。草刈りも有効です。イノシシは機械音を警戒して出てこなくなりますし、隠れ家を減らすことにもつながります。

一方、昭和の森のような公園では(畑があるわけではなく)、接し方さえ間違えなければ、イノシシと人は共生できると思います。イノシシに会える公園は、僕のような都会出身の人間には魅力的です。

昭和の森は住宅街に接しています。今後、イノシシが住宅街に紛れ込まないとも限りません。2022年7月のウリ坊はぎりぎりのところまで移動することがあってハラハラしました。ウリ坊は見た目もかわいいので、つい餌を与えたくなる人がいてもおかしくありません。管理事務所にお願いして、「餌は厳禁」の掲示を出してもらいました。

2024年12月には昭和の森に隣接する住宅街に出没しました。パトカーが出動したようですが、警察が来ても何もできないと思います。下手に追い払おうとすると、走って逃げた先に人がいる可能性があり、かえって危ないです。人に無関心なイノシシは人を襲うことはありません。静かに見守っていれば、そのうち山に帰ります。

イノシシはフィールドサイン(掘り返し跡・足跡・獣道など)を残すので、活動歴が観察できます。


千葉市昭和の森のお花見広場 イノシシの掘り返し跡の定点観測
左上から時計回りに 2021/11/29→12/1→12/9→2022/1/13

昭和の森のような周りを林に囲まれた自然公園で、イノシシが入り込まないようにする(追い出す)のは不可能だと思います。

昭和の森の自然は、人が一度手を入れながら放置されて、杉林は荒れています。それでも小動物はたくましく生きていて、イノシシや野うさぎ、リス、タヌキ、ハクビシンも住んでいます。

僕は2021~24年の4年間で、野うさぎは89回、リスは6回、タヌキは32回、ハクビシンは1回出会いました。アライグマの足跡も残っています。フクロウの鳴き声もよく聴こえますから、餌となる小動物が豊富にいるのでしょう。

千葉市HPのイノシシ情報はわかりやすい

もし、イノシシに出会ってしまったら…僕は今まで気づかなかったのですが、千葉市のHPはよくまとめられていて、わかりやすいです。

イノシシと出会ってしまった場合の注意事項
千葉市「イノシシに注意!」

▶近づかない
▶見えないところへ離れる
▶大声を出したり、物を投げたり、追いかけない
▶餌付けをしない
▶呼び寄せるようなことをしない

HPでは、以下のようなイノシシの行動パターンも紹介しています。僕の経験からもそのとおりだと思います。

おくびょう、サルやシカと同じように学習能力があり、覚えが早く忘れない
イノシシの行動調査から、森林内よりも、集落内の田畑に隣接した耕作放棄地や森の辺縁部で、一日中暮らしており、夜間、隣接する田畑に出没することが分かってきました
▶日中は集落の耕作放棄地などの林縁(森の辺縁)にいます
数ヶ月の間に、いくつかの集落を移動します。ほぼ1~2km四方の行動範囲です
▶イノシシの社会は一夫多妻制の母系社会で、メスの成獣(母親)とその幼獣(仔)や姉妹などと、単独のオス成獣、そして若いオスのグループに主に分かれて行動しています
▶元来、夜行性ではありませんが、おくびょうなので人が活動する昼間を避けて、結果として夜行性となっているようです
▶イノシシは雑食性で、地表や地中を掘り起こして、ドングリ、タケノコ、昆虫、ミミズ、タニシ、カエル、ザリガニ、ヘビ、クズの根、山芋などを探して食べます。農作物(とくに水稲やイモ、落花生)はおいしく、大好物です

一番だいじなのは、1つはイノシシは基本的には臆病または人に無関心だということ、もう1つはイノシシをはじめ野生動物には絶対に餌を与えないということです。人から餌が得られることを知った野生動物は人を襲います。

上記のような注意事項に加え、イノシシが出没した日時と場所、掘り返し跡が拡大している場所も地図付きでお知らせしたらいいと思います。昭和の森でも「このあたりでイノシシが目撃されている」という看板はありますが、日時が掲載されていないので誰も気にとめません。

昭和の森で掘り返し跡が拡大しているのは、主に以下のような場所です。

  • 梅林

  • 紫陽花園

  • お花見広場

  • 竹林

  • 湿生植物園(田んぼを含む)

  • 疎林広場(テニスコート手前)

  • 休憩広場(テニスコート下)

  • 多目的広場(野球場奥)、など

いたずらにイノシシを怖がり、排除するのではなく、昭和の森が人と野生動物が共生する公園になることを願っています。

【参考】
昭和の森は房総半島の3大水系がY字型に交差する中心に位置します。古代の回廊の交差点でもあり、人はもちろん、野生動物も行き来する狩猟の好適地でした。昭和の森周辺は、縄文時代の狩猟の落とし穴跡がたくさん発掘されています。

昭和の森での野生動物観察のnoteです。野生動物(主に哺乳類)に出会った回数を月別にまとめた表も掲載しています。

【追記】共同通信記事「クマ緊急銃猟を拡大へ」(2024/12/22)について

Yahoo!トップニュースに以下のような記事が掲載されました。

クマによる人的被害多発を受け、市街地での銃猟を拡大する鳥獣保護管理法改正案の内容が21日、分かった。人の日常生活圏に侵入したり、侵入の恐れが大きかったりするなどの要件を満たせば「緊急銃猟」として、自治体の判断によるハンターの発砲を容認。イノシシも対象に想定する。住民の安全確保のため通行制限や避難指示を可能にする

共同通信「クマ緊急銃猟を拡大へ、自治体判断に」(2024/12/21)

記事が事実だとすれば、ハンター保護のための法改正だと認識しました。最近、問題になっていますから、対応は必要だと思います。

ポイントは2つあって、1つは「緊急狩猟可能な要件をどう設定するか」、もう1つは「(発砲などに対する)住民の安全をどう確保するか」です。

上に書いたように、イノシシはクマとは違います。確かに、街なかに迷い込んでパニックになったイノシシは危険かもしれません。一方、昭和の森のような自然公園や住宅街に出てきても、人に無関心で危害を及ぼさないイノシシもいます。危害を及ぼさないイノシシまで緊急狩猟の対象にならないように、要件が定められることを望みます。

(最終更新2025/1/31)

#イノシシ #野生動物 #昭和の森

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