イノシシは危険な動物ではありません
ミスリードする報道はやめてほしい
イノシシが危険な動物であるかのように誤解させる報道が相次いでいます。
ANN 2023/12/13 イノシシ捕まえようとかまれる 30針縫うけが 罠破って脱出か(トップ画像は閲覧注意)
朝日新聞 2024/2/7 イノシシと遭遇…対策は 被害拡大、けが人は昨年度最多81人
Abema.tv 2023/12/16(?)
どのニュースも2023年12月12日に千葉県館山市で起きた事件を取り上げています(Abemaのニュースは削除)。罠にかかっていたイノシシがワイヤを引きちぎり、猟師2人を襲った事件です。
罠にかかったイノシシは、自分が殺されようとしているのですから、全力で罠を外そうとし、攻撃してくるのは当たり前です。イノシシの正当防衛といえます。罠が引きちぎられるようなことがないように、改良されることを祈ります。
イノシシが危険な動物かどうか、どのような対策が有効かは、狩猟とは関係のない、一般市民への危害の状況がどうなっているかで考えるべきだと思います。朝日新聞は表の中で一般市民の被害4件を紹介しているのですから、どうしてイノシシが一般市民を襲うにいたったのか、その原因を深掘りしてほしかったです。
千葉市昭和の森で20回出会って危険なし
僕は千葉市昭和の森で野生動物の観察をしています。昭和の森は住宅街に隣接する都市公園ですが、2020年秋からイノシシが本格的に出没していて、僕は2021~23年の3年間でイノシシに20回出会いました。
2021年 6回
2022年 13回(うちウリ坊8回)
2023年 1回
すべて30m以内で出くわしたり、近づいたりしていますが、危険だと思ったことは一度もありません。3年間の観察をまとめると以下のとおりです。
秋から春にやってくることが増え、夏は少ない(夏の草刈りのためか)
2021年は人に無関心で怖がらず、平気で人前で餌を探して食べていたが、2022年以降は人を怖がって避けるようになった
2021年はいつも九十九里(大網白里)方面に帰っていったが、2022年は林内に獣道がはりめぐらされた。家族で住み着いた可能性が高い
2023年は1回しか出会わず、掘り返し跡も減った。2024年も会わないが、掘り返し跡は増えていて、出入りはしている
僕の見る限り、管理事務所が設置する忌避剤は1週間も効果はありません。追い払ってもすぐに戻ってくることが多いです。猟友会にも相談しているそうですが、園内で銃は使えません。罠は来園者もいるので園内には設置できず、園外に設置していて、ときどき捕獲されるようです。
対策をするなら、夜間センサーカメラで出入りしている頭数を調べたり、掘り返し跡の面積などを概算して、どのような対策が有効なのか、定量的に把握する必要があると思います。
昭和の森のイノシシの様子は僕のYouTubeやInstagramで紹介しています。
YouTube 2022/7/28 昭和の森のアイドルになったウリ坊
「ウリ坊は可愛いけれども、成長すると…」とよく言われるのですが、若獣になっても可愛いです。
YouTube 2021/3/23 展望台近くに現れ、帰っていった若獣
山の中で暮らしているイノシシも同じだと思います。神戸市の六甲山にはイノシシがたくさん暮らしています。山の中のイノシシが攻撃的であれば、ハイキング中の事件が多発しているはずですが、そのような話は聞きません。スーパーボランティアの尾畠春夫さんも「イノシシは生きた人間には基本的には手を出さないんですよ。ツキノワグマとかヒグマはやりますけどね。だから、その点は安心していた」と述べています(『魂の生き方』、南々社、2018年)。
動物写真家、矢野誠人さんのInstagramはイノシシへの愛情に満ちています。僕もいつかウリ団子を撮ってみたいです。
アリス組FamilyさんのYouTubeでは、離島でイノシシやマイクロブタと暮らす様子が発信されていました(更新は2023年8月が最後)。アリス組さんのInstagram(@alicegumi)によると、お父さんの仕事の都合で2024年8~9月に108匹といっしょに山梨県に引越したようです。
『猪の文化史考古編』(新津健、雄山閣、2011年)では、2005年に山梨県で飼育されたウリ坊のハナコの話が紹介されています。ハナコは娘さんの布団で一緒に寝ていることがあったほど、家族に懐いたそうです。ある年、2月にいったん山に入って帰ってこなくなったと思ったら、何と5月にお腹を大きくして帰ってきて、「実家」で出産したとのこと。本能的に実家が安全なことがわかっていたのでしょう。
イノシシが危ない3つのケース
もちろん、イノシシが危険なこともあります。主に次の3つのケースです。
1つ目は出会い頭です。イノシシは茂みから出てくる時に、右見て左見てなどと注意を払ってくれません。まさに猪突猛進です。
環境省の発表によると、イノシシによる人身被害は2016年4月~2023年12月に408件あります(狩猟に伴うものは除く)。死亡事件は4件起きていて、うち2018年の静岡と熊本の事件は、自転車が偶然イノシシと衝突したものです。イノシシが人を襲ったわけではありません。
2021年の大阪の事件は報道によると、被害者がイノシシに襲われたことを証言していたようです(襲われたのか偶発的だったのかはわかりません)。
2022年の広島の事件は、庄原市が山林に設置し、その罠を確認するために外出した80代男性が、罠の近くで倒れていたというものです。男性にはかまれた跡があり、罠にはかかった跡がありました。広島県は環境省の件数にカウントしていますが、これは狩猟に伴うものだといっていいと思います。
つまり、2016~2023年度の8年間で、イノシシに襲われて死亡した事件は(狩猟に伴うものを除くと)大阪の1件だけだということです。ちなみに同期間のクマによる人身被害は883件、うち死亡事件は22件です。
昭和の森では管理事務所がイノシシを車や竿を使って追い払っていましたが、追い払った先の園路に人がいる可能性もあります。イノシシを追い払うなら、安全を確保したノウハウが必要です。
2つ目はイノシシが山の中とは違う環境に迷い込んでしまった時です。そんな時のイノシシは危ないことが多いようです。山に帰る道がわからなくなってパニックになり、興奮してしまうのだと思います。
2022年7月に千葉県南房総市の海岸でサーファーがイノシシに襲われ、重傷を負う事件がありました。YouTubeにショート動画が投稿されています。このイノシシは海辺から山側に登れず、人を襲っています。
2023年10月25日には、千葉市中心部にイノシシが出没し、千葉駅西口、市立美術館、出洲港など広く移動し、3人がケガをしたそうです。NHKのネット記事が詳しいです。イノシシは都川[みやこがわ]を伝ってオフィス街に迷い込んでしまったのでしょうか。
3つ目は人から餌を与えられた経験のあるイノシシです。イノシシに限らず、クマでも、カラスでも、オオハクチョウでも、人から餌を得られることを知った動物は人を襲います。僕は昭和の森でオオハクチョウに体当たりされたことが2回あります(昭和の森のオオハクチョウは管理事務所が餌づけしていて、お腹が空くと怒りっぽくなります)。
人身被害が最も多いのは兵庫県で51件です。六甲山から降りてきたイノシシが、神戸市東灘区などで被害を起こしています。過去にイノシシに餌を与えたり、生ごみを夜間に出す人がいて、人から餌を得られることを覚えた個体が人を襲っていると考えられます。人間の食べ物はイノシシにとっても美味しく、栄養満点です。
野生動物に餌は厳禁です。イノシシが里に下りてくるのは、山に餌が少なくなったからではありません。イノシシを餌が少なくなってかわいそうなどと思いやる必要はありません。
農業とは共生できないが、昭和の森なら共生できる
イノシシは農業とは共生できません。イノシシは畑や家庭菜園に被害をもたらし、害獣とされます。千葉県の野生動物による農作物被害(2022年度)2.7億円のうち、イノシシによるものは1.2億円(44%)もあります。SNSには生産者の悲憤に満ちた投稿が多いです(一部には共生したいという投稿もあります)。
僕の印象では、SNSのハッシュタグ #イノシシ で出てくる投稿は、3分の1は野生のイノシシですが、3分の1は害獣駆除、3分の1はジビエ料理で悲しくなります。
申し訳ないですが、生産者のみなさんには、電気柵で守っていただくしかないと思います。草刈りも有効です。イノシシは機械音を警戒して出てこなくなりますし、隠れ家を減らすことにもつながります。
一方、昭和の森のような公園では(畑があるわけではなく)、接し方さえ間違えなければ、イノシシと人は共生できると思います。イノシシに会える公園は、僕のような都会出身の人間には魅力的です。昭和の森周辺での駆除には反対します。
昭和の森は住宅街に接しています。今後、イノシシが住宅街に紛れ込まないとも限りません。2022年7月のウリ坊はぎりぎりのところまで移動することがあってハラハラしました。ウリ坊は見た目もかわいいです。つい餌を与えたくなる人がいてもおかしくありません。管理事務所にお願いして、「餌は厳禁」の掲示を出してもらいました。
イノシシはフィールドサイン(掘り返し跡・足跡・獣道など)を残すので、活動歴が観察できます。
2023年は1回しか出会わず、2024年も今のところ姿は現さないものの、掘り返し跡は増えています。もはや、イノシシを昭和の森に入り込まないようにする(追い出す)のは不可能だと思います。
昭和の森の自然は、人が一度手を入れながら放置されて、杉林は荒れています。それでも小動物はたくましく生きていて、イノシシや野うさぎ、リス、タヌキ、ハクビシンも住んでいます。野うさぎは19回、リスは6回、タヌキは4回、ハクビシンは1回出会いました。アライグマの足跡も残っています。フクロウの鳴き声もよく聴こえますから、餌となる小動物が豊富にいるのでしょう。
千葉市も手遅れになる前に、野生動物との接し方について一般市民向けの啓蒙に取り組んでほしいです。神戸市のイノシシ対策は進んでいて参考になります。
園内の掲示を増やすとともに、市政だより、HPなどでも周知してほしいと思います。
2024年春ぐらいからでしょうか、昭和の森ではこんな掲示が見られるようになりました。昭和の森だけでなく、青葉の森でも掲示されていたので、千葉県で統一した内容かもしれません。
残念ながら、一番だいじなことが書かれていません。それはイノシシをはじめ野生動物には、絶対に餌を与えないということです。特にウリ坊はかわいいので、餌を与えてしまう人がいないか心配です。人から餌が得られることを知った野生動物は人を襲います。
僕の掲示の案を示すと以下のとおりです。
昭和の森ではイノシシが出没する。主に梅林、お花見広場、竹林、湿生植物園、多目的広場などである(あわせて掘り返し跡の地図も掲示する)
イノシシは危険な動物ではない。昭和の森でイノシシが人を襲った例はないから、実際に会っても安心してほしい
間近に出会っても、多くの場合、イノシシのほうから逃げる。逃げない場合は、背中を見せずに静かに立ち去る。威嚇したり追いかけたりしない
出会い頭の衝突に注意する。林縁で大きな笹ずれの音がしたら注意
野生動物には絶対に餌を与えない(イノシシに限らない)。人から餌が得られることを知った野生動物は人を襲う
家庭のごみ出しは決められた時間を守り、夜間に放置しない
いたずらに野生動物を怖がり、排除するのではなく、昭和の森が人と野生動物が共生する公園になることを願っています。
(最終更新2024/9/10)