しゃべるピアノ
「百年たったし、もう、そろそろ、付喪神になってもいいと思うんだけどね」
アップライトのピアノをそっと撫でた。
よく触るところは黒の塗装がすり減って、下の木目が見えている。
「洋風の物は付喪神にならないんじゃない」
そう言ったのは、ペンダントの薫だった。元は祖母の帯留めだった。物持ちのいい家だからか、付喪神は薫だけではなく、他にもいる。
「好きな曲は何か教えてくれたら、弾くのになあ」
そう言うと、ピアノがブルッと震えた。
「すんません、我慢できなくなりました。実はとっくに付喪神なんです」
「えー、なぜ、教えてくれなかったの?」
「そりゃ、悪口を言いたくないからです。吉田家には音楽の才能のある人は生まれません。好きな曲を弾くって言いますが、モーツァルトの『トルコ行進曲』って言っても、弾けないでしょう」
「もちろん、弾けない。でも、ピアノが好き」
もう、調律してもらっても、昔の音は出ない君が。
鍵盤を叩くとポーンと音が響いた。
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