メレンゲの気持ち
スーパーでは軒並み小麦粉や甘味料の類いが売り切れ。人は家にこもりっきりになると、スイーツをつくりたくなるらしい。
連休中に時間をもてあます、とある一家の主もその一人だった。家族の好感度を上げたい下心にも突き動かされていた。
手づくりお菓子の肝は、メレンゲ。卵白を泡立ててアワアワにしてスポンジケーキをフワフワにする、あれだ。メレンゲがうまくいかなければケーキはぺしゃんこになる。
慣れぬ手つきで不器用に卵を割る主。卵白オンリーで泡立てなきゃならないところ、ちょっと卵黄が混ざっちゃったけど、まあ、いいか。
この軽はずみな初動が命取りとなった。
泡立て器でいくら泡立てても泡立たず、卵白は卵白のまま、30分、40分……。さらっとした液体がボウルに渦巻くだけ。焦ってググって泡立ちの秘策とされる塩を投入しても、無駄な抵抗と知りつつ砂糖を増量しても、事態は好転しなかった。
もう、致し方なし。費やした卵4個が水泡に帰すのもやむなし。家族の冷たい視線を浴びながら、主は泣く泣く新たな卵4個を慎重に割り、今度はしっかり卵白のみを仕分けて泡立てた。
すると、ほんの5分ほどでメレンゲはメレンゲらしく仕上がった。拍子抜けするほど、あっけなかった。
ふっくら焼き上がったシフォンケーキを家族で頰張る。世情で疲弊した心身にはやっぱり甘味が一番。そしてテレビのニュースに目をやる。
一国の主が議会でしどろもどろになりながら、不正をごまかそうとしている。本人にすればほんの出来心で最初についた小さな噓を取り繕おうと、噓を上塗りする。塗り固める噓はどんどん大きく粗雑に、剝げ落ちやすくなる。
一家の主の視線の先。台所の片隅で、冷えきった失敗メレンゲがボウルに眠っていた。
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