名前のない場所に時間は流れる
またひとつ、どこでもない場所が消えようとしていた。街を見下ろす小高い丘の上にあった空間が閉鎖されるのだ。
そこでは誰もが束の間、現実という服を脱ぎ、遠くの「自分」を見つめることができた。
近くには大きな図書館があり、僕はそこで調べものをしたり資料を読むことに疲れるとこの場所までやってきて、ただぼんやりといろんな種類の時間が流れているのを眺めていた。
誰かの噂話に花を咲かせる女の人たちの周りで、子どもたちが小動物と小さな光を追いかけ、その間隙を縫って鳩が餌をついばむ。
僕は、そこに身を寄せ合っている、どこでもない時間がどうしようもなく好きだった。もう取り戻せないあの頃の痛みや、言葉にできなかった何かが漂う場所。もう、そこには入れない。
戦渦を逃れたように遊んでいた、心細し光たちはどこへ行ったのだろう。