わんちゃんとお兄さん

いつもの公園を出てバス通りを歩いていた。いつものようにカメラ片手に被写体を物色しながら。

普段なら通勤通学の時間だが、今日は祝日なので人通りも車通りも少ない。向こうから来るバスが日の丸の旗をハタハタさせている。

（へぇ。あのバス会社はこんなことしてるんだ。知らなかった）

今日歩いてみた限りでは日の丸の旗を出していたのはこのバスと民家が一軒だけ。TVのオリンピック中継で見るほうが多じゃないか。おめでとう競泳男子800リレーのみんな。江原騎士くんはキラキラネームなんだね。

向こうから2匹のわんちゃんのリードを引いたお兄さんが歩いてきた。

（あ、写真撮らせてもらおう）

いつもの公園で会うわんちゃんたちはもうあらかた撮り尽くしていて、時間帯を変えない限り新しい出会いはなくなっている。たまには路上で話しかけてみてもいいかもしれない。人がたくさん通っていたら迷惑だけど幸い今日は人通りも少ない。

「おはようございます。すみません、ワンちゃんの写真撮らせていただいていいですか？」

いつものように口角を上げ帽子のひさしに手を掛けて話しかけた。見知らぬ人に声を掛けるのは、慣れてきたとは言えやはりドキドキする。

「おや。ジョギングですか」

ランニングウェア姿のわたしを上から下までながめて、推定70代後半と思しきお兄さんは逆に話しかけてきた。

「あ、あのウォーキングです」

「なかなかいいの着てますね。動きやすそうだ」

「は、はい。動きやすいです。...あ、写真いいですか？」

返事を待たずにわんちゃんにカメラを向ける。

「あの。お名前は？」

お兄さん聞こえてるのか聞こえてないのか。

「こっちが母親で、これが子どもなんです」

「あら。親子ですか」

「子どもはチワワとのミックスです。これがチワワにレイプされまして」

「・・・あ、あ、ははは・・・」

「男というのは犬でもしょうがないもんですな。６ヶ月も過ぎた頃には母親のうえに乗ろうとしまして。手術してタマ取ってやりました」

「・・・」

「ほんとにいいですな。それ高いんでしょう」

なんと、お兄さん。しゃがんでワンちゃんを撫でているわたしの膝をさらっとさわった。

（ちょ、ちょっ、ちょっと！お兄さん！）

「ええ。でもスポーツウェアはガンガン洗っても丈夫で長持ちしますよ」

「私も買おうかな...」

「足止めさせてしまい、すみませんでした。ありがとうございました」

そそくさとお礼を言って歩き出した。

（お兄さん足にタトゥーいれてた。ドキドキ...いやきっとただのお洒落だよね。ドキドキ...）

振り向かない。振り向かない。

初めての「山の日」の朝の出来事。