人生とは禍福は糾える縄の如し
皆さんに伝えたいのは、人生は「禍福は糾える縄の如し」だということです。
新卒で入社したNPO法人の内定者激励会にて証券会社のエリート幹部の方が仰った言葉だ。まだまだ22歳で社会を何一つわかっていなかった若造の僕に、これまでに幾多の困難を乗り越えてこられて一つの迷いも無い表情で語りかけてくれたその方の言葉は僕に少しばかりの覚悟を与えてくれた気がした。
「禍福は糾える縄の如し」
簡単に言えば、
良いことと悪いことは複雑にからみあっていて、交互に起こるものだ
ということ。
社会人3年目を終えようとしている今、信じてきたその言葉に幾度の場面で救われてきた。
困難が降りかかった時も、努力して辛抱すれば必ず良いことが訪れると信じて、努力を継続しながら辛抱できたこと。
また良い結果が出た時は、いつかまた思いもよらぬ困難が来るだろうと、一喜一憂せずに腰を据えて困難を待ちながら地道に努力でき、困難が訪れても絶望しなかったこと。
また、人生はこの言葉の通り流れていくものだということも分かった。
2020年、
そんな3年間の教員生活を終え、転職をすることに決めた。教員が激務だったからではない。モンスターペアレントに苦しめられたからではない。職場の先生と合わなかったからでもない。
僕の人生の使命となる瞬間に出会ったからだ。
僕は今現在もだが、小学校で特別支援学級の担任をしている。もうそれは毎日ドラマが起こる場所だ。
様々なバックグラウンドを抱えた子どもと過ごしている。あまり詳しくは言わないが、両親がおらず曽祖母と暮らしている子、ネグレクトの子、親が離婚し情緒不安定な子、通常学級だけでは手に負えず支援学級にきた子。
みんなそれぞれだ。
その中で、Aさんという女の子がいる。
授業が終わった後、Aさんと会話をしていた。
私「将来Aさんは何になりたいの!?」
Aさん「うーんとね、、保育士。だってね、私小さい子をお世話するのだけは得意なんだもん」
私「すごいじゃん!先生応援するよ」
Aさん「でもね、ママに〇〇は障害があるから保育士はできないって言われた。」
私「・・・・・」
Aさん「先生、なんで障害があったら保育士になれないんですか?」
私「・・・・・なれるよ!うん・・・」
Aさんは今も、今という瞬間を一生懸命に生きている。障害を抱えながらも保育士になりたいという夢を持っている。
「すべての子どもが、主体的に自分の人生を選択し、なりたい自分になれる社会」
僕が目指したい社会だ。あの時のAさんとの会話の中で生まれたもの。親の言うことに従わず、ハンディがあっても自分の夢を叶えられる社会だ。
田舎育ちで、高校まで野球一筋。野球が僕の人生だった。高3の夏は甲子園に行けず、それから第一志望を目標に猛勉強に励み東京の大学に入学した。「野球」「第一志望合格」を達成した僕に待っていたのは、もぬけの殻の自分。「自由な時間の使い方」に戸惑う自分。サークルにも全く魅力を感じなかった。
何をしたいんだ自分は。。。
それでも幸い、僕は自分の人生にビジョンを持って情熱的に行動している友人達に囲まれた。
彼らに
「何がしたいの??」
と問われ続ける日々。
やりたいことなんてわかんねーけど、とにかくなんか行動してみよ
本を読み、旅に出た。
学生団体の代表になり、長期休暇は海外に飛んだ。バックパックを背負ってアジアを巡り巡った。人生が心から楽しかった。
この時初めて、 僕は誰かにやらされる人生ではなく、自分が歩みたい人生を歩んだ。
そんな僕の大学生生活が教えてくれたのは、
どんなにその道が辛くても自分が歩みたい人生を歩んだら自分自身が幸せになる
ということだ。
そんな自分で決めた人生を歩み、辛くても幸せだった経験があるからこそ、Aさんにも同じ思いをして欲しいというおこがましい願いがあるのだ。
そして、
彼女のような、障害を持ちながらも自分の夢を思い描く子どもたちの夢が叶う社会をつくりたい。
僕なりに全力で!
言うは易し行うは難し
だけど、「禍福は糾える縄の如し」の言葉と、彼女が言った言葉を原動力に2020年も自分のビジョンと向き合っていく。