はちみつ
フィクションのノンフィクションの間。 長崎の小さな街で、お菓子づくりをする僕。 その人にとって美味しいとは何か。 大切な人と向き合いながら、自分と向き合いながら、美味しいお菓子を物語とともに紹介。 出てくるお菓子は、お店で買えるようにします。
ぼくのこと。時系列はめちゃくちゃ。思い出した順に書きます。
きっと心のどこかで過半数の多い方にいたかったのだと思う。 普通に育って、普通に暮らして、家族ができて、幸せに暮らす。 困難もそれなりにあるのかもしれないけど、普通。普通を目指してきた。 長崎の山の上に生まれ、ごくごく平凡な幼少期。 家族のおかげで、お金に困ることもなく、穏やかに平和に育ったと思う。 中学校から少し風向きが変わってきた。 田舎では、少し進学率の良い学校に進学。 そこでも、すごく平凡に生きていた。 少しの変化というのは、男の子を好きになったこと。 かといって
どうもこんにちは。 最近の若い子達は本当にしっかりしてるなぁと思います。 最近の若い子とかいうと、なんだかとても年をとったような気がしますが、実際、産まれてからの年月という意味では、もうある程度の期間が経ってしまっているので、年をとってしまってはいるのでしょう。 最近はなんだか、年下の方がフラットで、しっかりとした自分を持っているような気がするのです。 仕事にしろプライベートにしろ、あの人はああいう人だと、批判とも取れるようなことを言って、煙たがったり、否定したり。 で
うちの母は、明るい。ずっと話しているし、ずっと笑っていて、たまにぷんすかする。 若い頃は看護師で、めちゃめちゃ攻めたミニスカートをはいたり、昔の写真は毎回髪型が違ったりする。 そんな母が、父と結婚して、兄が生まれ、僕が生まれた。祖父母と同居して、甲斐甲斐しく、本当に甲斐甲斐しく、家族の面倒を見てくれた。 僕が小学校に上がって少し経った頃、小児喘息がひどくなってきた。定期的に病院に通い、薬をもらっていた。それでも、だんだんと発作の頻度があがり、小3の頃の夏休み、毎日のよう
職場界隈で集まりがあった。 色んな人がいて、色んな価値観がある。 そんな中で、「恋愛対象は、男なの?」と聞かれた。 僕は基本的に、自分から話すことはないけれど、質問には嘘なく答えるようにしている。男で男が好きで。別段隠してもいないし、隠せてもいないと思う。 だいぶ自分を受け入れるようになったし、誰がどう言う価値観でもいいと思うし、どんな考え方でもいい。それを強要することがなければ。だから、別にその質問に傷つくことは、今の僕にはもうない。 だから、特段迷うこともなく、「
あまりテレビを見なくなって、インターネットが、社会情勢を知る手段になりつつある。 LGBT法案。 そんなものが社会を賑わせていると知ったのはつい何週か前のこと。 前のnoteにも書いているけれど、権利の主張とか、そういった類の活動に興味がない。(活動を否定しているのではなくて、僕自身の興味がないということです。応援はしています。) 僕は恋心が芽生えてすぐ自分がゲイであると自覚しました。本当に女の子を、好きになった記憶はありません。だからといって、何かいじめられたわけでも
働く前、僕は大阪に住んでいました。大阪阿倍野。 初めて関西に住むことになって、それまで九州と札幌に住んでいたから関西は知り合いが皆無。すごく心細かったのを覚えています。 そんな中、知り合い伝いでゲイの人が飲み会開いてくれて、そこで知り合ったのがPくん。 年は一個違いで、お兄さんたちに可愛がられるタイプで、あぁ、こういう子がモテるんだろうなぁというのが第一印象。 そこから遊びに行ったりして気がつけばいっつも一緒にいました。 お互い彼氏がぜんぜん出来なくて。おかげさまで
最近、死について考えることが、多い。自分の死ではなく、他人の死について。 この数日、立て続けに、アルバイトさんの肉親が亡くなった。誰か死は話を聞くだけで、どこか心が重くなってくる。 昔後輩が、こんなことを言っていた。 「人身事故で、電車が止まった時、こんな時に飛び込んだりするなよ~とか、いいますけど、おかしくないですか?誰かが怪我したり、亡くなったりしているかもしれないんですよ。」 なんとなくハッとして、それ以来、人身事故が起きる度に彼女の言葉がよみがえる。あぁ、いま
今日もまた僕のことを書いちゃう。もしかしたら、僕は自分大好きなのかもしれないね。愛すべき自分がいるって大切でしょう? 僕はゲイだ。男だけど、男が好き。女の子になりたいわけじゃない。女の子って楽しそうとは思うけど、女子トイレに入りたいわけでも、女風呂に入りたいわけでもない。男風呂は天国だしね。 よくネットでLGBTQの権利についての意見や、記事を見るけれど、僕はあんまり興味がない。ごめんなさい。なんか本当にごめんなさいって思う。自分が当事者だし、誰かのために何かをするとか、
母の日ですし、先に褒めておこう。 うちの母は優しい。優しいいんだけど、ちょっとだけファンキーだ。強いし、良く喋るし、明るい。 4姉妹の末っ子なのだが、上の3人との差がすごい。上の3人が木村多江、うちの母だけ、磯野貴理子って感じ。ビジュアルの話じゃなくて、テンションの話ね。僕がいうとマザコンっぽいけど、うちの母はチャーミングだ。ただ、母方の実家に行くと、すごく上品な空気感の中に、母の笑い声が響き渡っていた。 それだけ元気な母の話は腐るほど面白い話があるのだが、今回は特にファ
明日は母の日なので、母について書いてみようと思う。さっきまで母と電話してたし、マザコンとかではないが、仲良しな親子だと思う。 母は昔看護師をしていて、父と結婚をして仕事を辞めた。それ以来ずっと専業主婦。家族6人のご飯をずっとつくり続け、手のかかる子供を2人育て、手のかかる父親の面倒を今も見ている。 祖父母の介護をしたのも母だ。僕なんかは全然顔も出さないけれど、ちょっと会っただけで孫の特権を駆使し、一気にいいとこをかっさらっていたけど、母はずっと、ずっと家族のために尽くして
うちのじいちゃんは、ものづくりが得意だった。何か壊れても自分で直すし、大工仕事のようなことも自分でしていた。具合に影響はなかったけれど、腰が昔から曲がっていたんだが、それをもろともせずに。パワフルだった。特に脳みそがパワフルだった。 ある日、何がこわれたかもう覚えていないけれど、電気系統のものが壊れて、電気回路を修理してくれていた。 僕はハンダゴテというものを初めてみて、ハンダ付けするのを横から覗いていた。じいちゃんが少し離れた時に、何かが溶けないように、ガラスの灰皿でに
僕はゲイだ。ずっと。 女の子になりたいわけじゃない。 男が好きなだけ。 これだけのことを言うだけなのに、何年も何年もかかった。口にするのが難しかった。だけど、口にするとびっくりするほどあっけなくて、スッキリした。 小学校の頃はピュアなもので、同じクラスの子が気になるけれど、それが恋とは分からなくて、クラスで人気の女の子が好きだと嘘をついた。 中学でもクラスメイトを好きになり、高校では男の人と初めてキスをした。このまま、地元にいれないと思った。何がいけないかはわからなかっ
東京にきて3年。 まだ慣れないことだらけだ。 満員電車でに走り込む人。 電車の椅子のヘリを背もたれとして死守する人。 端の席が空いたから、すっとズレる人。 エスカレーターを歩く人。 エスカレーターの右側が詰まって歩けないと舌打ちをする人。 少しのことで鳴り響くクラクション。 お年寄りにも急げと言わんばかりのプレッシャーをかける人。 東京という町だけがそうだというわけじゃないのもわかっている。これだから東京は、といって一括りにして、不満を漏らしている自分も嫌いだ。 人
2019年が始まったから、書き初めてみる。 僕は3の倍数がラッキーナンバーだ。受験の番号は受かる時は大体3の倍数だし、3の倍数に関わるといいことが多い。 3の倍数はすべての桁の数字を足した和が3の倍数であることですぐに確認ができる。3の倍数に縁があるために、中学で習ったこの豆知識もしっかり記憶している。2019も3の倍数だ。いい予感しかしない。ただ、3の倍数というのは3回に一回という高頻度でやってくる。それでも上手くいく予感がするのは僕がポジティブだからなのか。 201
もう2018年もあとわずか。 太陽暦できめられた、暦で生活し、生まれた時からなんの疑問もなく、毎年365日で、過ごしてきたけれど。よくよく考えたら、別に365日単位でなくてもいいのではないかなとおもったり。365という単位だとしても、次の割り振りを変えて、春夏秋冬がうまく巡るように割り振ったら、異常気象と言われる昨今の気候も、意外と自然に感じられるのではないかとおもってみたり。問題の根本はそこではないので、各方面の反対意見は出てきそうです。 毎年この時期はこんな風なことを
僕は中学からクラリネットを始めた。大好きでのめり込んだ。大学でもオーケストラに入ってさらにのめり込んだ。楽しくて楽しくて仕方がなかった。 「君はさ、音楽自体が好き?それとも、みんなで合奏をするっていうのが好き?」 ある日、大好きなオーボエの先輩二人組に聞かれた。もちろん、音楽好き、と言おうかと思ってハッとした。本当にそうなのかな?ふと言葉に詰まった。 先輩曰く、大学で学生オケする人はどっちかな人が多い気がすると。純粋に音楽が好きな人、楽器が好きな人。もしくは、誰かと合