
魔女の旅立ち(3)3,746文字
もう、何を言っているのかわからない。
非現実的な話に頭が痛くなってきた。
アビゲールは自分を落ち着かせるためにお茶を飲んだ。
ウォルター卿は、黙ってこちらを見ている。
その真剣なまなざしは、嘘を言っているようには見えなかった。
「その計画を聞く前に、なんで王太子が私に協力求めているのかしら?」
ウォルター卿の顔が一気に明るくなった。
「それは王太子殿下があなたを気に入っていらっしゃるからです」
またしても、初耳の情報が入ってきた。
王太子とは接点がなかったはず。なのに気に入られるとはどういうことだろうか?
「ごめんなさい。私王太子と話した記憶はないんだけど」
「直接お話しされたことはないと思います。あなたが国王陛下に演説されているところを王太子殿下が見たのです」
(ああ!あのときの)
「あのとき、王太子殿下は興奮気味で、あなたの話をされていらっしゃいました。こんなに国を思って働いてくれる魔女がいたのかと」
アビゲールは胸が熱くなった。あのとき国王に言われた言葉と同じような言葉ではあったが、伝わってくるものは全然違った。
「できることであれば、あなたとこの国の将来について語り合いたいともおっしゃってました。立場上それは、叶いませんでしたが、あなたの演説は王太子殿下の心に深くささったのだと思います」
あのときの自分の行動が無駄ではなかったと思うとアビゲールは目頭が熱くなるのを感じた。
しばらく二人とも黙っていた。
感情の波がおさまってきたころ、アビゲールが話始めた。
「それで、その王太子がやろうとしていることは何なの?」
ウォルター卿は姿勢を正した。
「王太子はコゾレ帝国に対抗するために三国同盟を結ぼうとしております」
「三国同盟。アリヤとボルゴ?」
「はい、我が国が海の向こうの国から侵略されそうになったとき、ご支援いただけるように申し込むのです」
パナルキアがコゾレ帝国の手に落ちたら、パナルキアに接しているこの二国も危険に晒されることになる。
確かにいい考えだが、それだけだとこちらだけにメリットがある同盟になってしまう。また、この二国に守られる国としてパラダイヤが独立した国として相手してもらえなくなる可能性もある。
「ほかに相手の国にもメリットになることはないの?これでは相手にされないと思うわ」
「王太子殿下も各国の国内事情を調査して、彼らのほしいものを用意しようと動いております」
「彼らのほしいもの。ボルゴは色々ありそうね。あそこは土地が貧しいからいつも食料問題を抱えているわ」
ボルゴは山が多く、ほとんどの地域が一年の半分以上、雪に覆われている地域である。国民がそんな土地を見捨てず、そこで暮らしているのは宗教的な繋がりが強いからだ。
ボルゴ国の国教は、国民が土地を捨てないための鎖になっている。
国民は隣国に出稼ぎに出て、外貨を獲得し、せっせと国の家族に送る。
その後、そのまま居座らず、ボルゴに帰っていくのは宗教の力が強い。
「ボルゴには食料問題を解決するために、魔法を使った農業への方針の転換を提案します。」
アビゲールは王太子が考えることがわかってきた。農業は自然の中で営むのが一般的だ。しかし、それだと天候に左右される。ボルゴでは雪が多いのでまず無理だ。
そこで魔法が使われる。
巨大なドームを作りその中で農業を行うのだ。日照時間や水やり、肥料の量などすべてを管理する。
魔法を扱える者が農業も好きで、自分ですべてを行う者もいるが、そんな人材は少ない。そこで魔法道具を使うのだ。魔石という魔力がこもった石を燃料に魔法道具を動かす。使い方がわかれば魔法を使えなくても扱うことができる。
だが、魔法道具を作るのは技術がいる。
今、魔法道具の開発、製造で世界のトップを走っているのが我がパナルキア国だ。
しかし、自国で作ったものをただ輸出すればいいわけではない。
農業関連となると天候を扱うものが多い。使用する土地の環境にも配慮しなくてはならない。天候を扱うとなると大型になるので、出来上がったものを輸送するより、魔法使いが足を運び、現地で作ったほうがコストがかからない。
しかし、パラダイヤ国は人材の流失しないように魔法使いや魔女の管理には細心の注意を払っている。
アビゲールが国王に直談判したとき、お咎めがなかったもそのためだ。
アビゲールは自分の考えを述べた。
「つまり、うちから魔法使いを派遣して、魔法道具を提供するから、うちが敵から攻められたら助けてねってことね」
「その通りです」
「ボルゴの軍隊は強いから、味方になってくれたら心強いわね」
「はい」
「それで、その魔法道具を作る役が私ってこと?」
「話が早くて助かります」
「でも、アリヤは?あそこは魔石が取れるから、財政は困窮してないでしょ?何かあるかしら」
「アリヤも問題を抱えております。魔石が取れるため、財政は豊かですが、あそこはあらゆるものを国が負担しています。そのため人口が増え、いろんな問題が出てきました」
「人口が増えたがための問題か。水?」
「そうです。アリヤ国は水の管理を国が行い、ただ同然で国民に与えています。しかし、人口が増え、その負担が膨大になりました。また、水の浄化能力も、汚水の処理能力も、今や限界を超えて稼働している状態です」
「汚水処理能力も?」
「はい。そこからまた別の問題で衛生面でも問題が出てきたのと同時に、医療にも影響が出てきました」
「あそこは医療も国が払っているのよね」
「そうです。入ってくる金額も膨大ですが、出ていく金額も膨大です」
「自国で魔石が取れるから、効率よく魔石の力を使う魔法道具はあまり好まれないのよね。魔石を多く使うほうが贅沢でいいことだと思ってる。」
ボルゴ国よりこちらのほうが重症だ。
「アリヤ国も魔法道具で問題を解決する代わりに防衛面での支援を要求するのね」
「そうです。そもそも、コゾレ帝国が今回、海を渡ってこちらに攻めてきたのも、最終的な目的はアリヤの魔石にあると思われます。なのでアリヤ国にしてもそこまで悪い話ではないと思います」
なるほど。最初はパナルキアばかりが得をするように感じたが、話を聞けばうまく行きそうな気がしてきた。
「国王は戦争に臨む覚悟で、今回、国中の魔法使いと魔女を招集しています。兵器や医薬品を作らせ、主要都市に防御魔法を施すためです」
「うちの町なんてきっと見捨てられちゃうわね」
ウォルター卿はうなずいた。
「敵はまだカンディオ島を落としたばかりで、すぐに攻めてくることはないと思われます。間者からの情報では、あちらの国も国内が安定しているわけではないので、しっかり準備して、間違いなく我が国を落としに来ると思われます」
「まだ、猶予があるのね」
「はい、なので」
ウォルター卿はアビゲールの隣に来た。そして、ひざまずいた。
「どうか、私と一緒に来ていただけないでしょうか?」
アビゲールは話が進むにつれ、こう言われることを推測していた。
国が抱える問題に真向から向き合える。
王宮魔法使いのときに私がやりたかったことだ。
これがうまく行くかわからない。
そもそも、王太子の独断で動いているらしい。
ばれたら命はない。
でも、ここに残って王宮で戦争の準備をするくらいなら、若き王太子の案に乗るほうが性に合っているのではないか。
「わかった」
「引き受けてくださりますか?」
「私もその船に乗るわ。ただ、魔法道具に関しては私に一任してほしいの」
「私はそれを了承する権限はございません。王太子殿下に直接お伝えください」
「王太子に会うの?」
王都へは行かず、三国同盟を結ぶために、そのまま外国に行くものとばかり思っていたアビゲールは、結局王都には行くのか肩を落とした。
「なんだ、私このまま外国に行くのかと思った」
「あ、いえ、このまま向かいます。まずはボルゴ国に行く手はずです」
「それじゃぁ、王太子に会う機会がないじゃない」
出会ってからずっと騎士としての表情しかしていなかったウォルター卿が、初めてニヤッと笑った。
その表情がいたずら好きな少年のようで、アビゲールは少しドキッとした。
「王太子も一緒に行くんですよ」
「え?」
「王太子も城を抜け出しているころだと思われます。合流地点は決めてあります。私はそこまで無事にアビゲール殿をお連れするのが役目です」
(私が行かないって言ったらどうするつもりだったんだろう)
きっと、それでも構わなかったのかもしれない。
たぶん、他の方法も考えていたのだと思う。
でも、アビゲールは嬉しかった。自分を頼ってくれたこと。自分の本当にやりたいことを認めてくれた人がいたこと。
「わかった。すぐに出たほうがいいわね」
「はい、できるだけ早く」
ウォルター卿は荷物をまとめる時間をくれた。
今日摘んできた薬草はダメにしてしまうが、王都に行くことになってもすべて処理する時間はない。もったいないが帰ってきたときに困らないように簡単に片づけた。
(絶対帰ってくる)
アビゲールは最低限生活に必要なものと、仕事で使う魔法道具を袋に詰め込んだ。
「お待たせ」
「では、行きましょうか」
アビゲールとウォルター卿は歩き出した。
三国同盟。
うまく行くかわからない。
でも、私の才能を生かして、できることをやる。
ただ、それだけ。
こうして、アビゲールの旅が始まった。
(終わり)