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「どこか、安心できる場所で 新しいイタリアの文学」 パオロ・コニェッティ他

関口英子、橋本勝雄、アンドレア・ラオス 訳  国書刊行会

「雨の季節」

「雨の季節」パオロ・コニェッティ(関口英子訳)を読んだ。夫の不倫疑惑で不安定な夫婦と一人息子がキャンプ場のトレーラーハウスで一夏過ごす。そこにキャンプ場管理人のティトが現れて4つの点が。語りは息子の視点だけど、他の3人も描きこまれている。そこで気になるのはちょっとだけ触れられるティトの息子。この描かれている世界のまるっきり陰画と見ていいのだろうか。
イタリアの作家としては珍しく?? レイモンド・カーヴァーなどの北米文学がルーツ。コニェッティのみ、この短編集の作家中、単独で他の作品が翻訳されている。「帰れない山」(新潮社)
(2020  02/11)

イタリアさまざま


というわけで、国書刊行会のイタリア現代短編集。国書刊行会では「幻想」の短編集も好評だけど、新しいこちらは21世紀中心の、ほぼ初紹介の作家ばかり。

昨日から読んでいたところでは、一人で工場前に座り込みする男、言葉少ないナイジェリア出身の女性を助ける男、メタフィクション的な2編、ユダヤ人迫害前夜のトリエステ…自分的に書き方が一番合うのはトリエステの作品だけど、ナイジェリア出身女性の話もコミュニケーションとは言葉だけでなく全身で行うものということを静かに語っている、など、さまざま。

今読んでいる途中の作品はソマリア系ローマ生まれの女性DJの意識。微妙に彼女を逆撫でするインタビュー記事と、マンチェスターからやってきたソマリア人そのものの姉との確執。面白いシーンや興味深い状況満載なんだけど、まあもう少しだからこの短編(この本の中ではちょっと長め)くらいは読み切れると思うのだけど…とりあえず(p110)辺りの文は引用しとこうか。あとで。できればナイジェリア女性の短編からも…(p67)くらいがいいかな?
(2020 03/19)

 こんなふうにして他の動物は僕らを嗅ぎ分けるのだと思った。動物の嗅覚にあのにおいが、人間特有のにおいがしたときに。だけど僕らはそのにおいを保持することなく消してしまうから、においとともに僕らも消える。
(p67 ダリオ・ヴォルトリーニ「エリザベス」)
 ラジオのゴシップ屋である彼女は愛を語り、不倫を語り、情熱を語り、私生児を語り、検閲を語り、インスピレーションを語り、詩を語る。ゴシップがなければ詩もない。
(p110 イジャーバ・シェーゴ「わたしは誰?」原題は「Identita」(アイデンティティ))


この作品の最後には、彼女(ソマリア系DJ)がこの引用文のちょっと前に語っていた「DJは死者の悪口を言わなければいけない」というのを、精神の解放とともに否定(部分否定?)しているのだが…
(2020 03/20)

「捨て子」


ヴァレリア・バッレッラの作品。1974年生まれ。ナポリ近郊出身。この作品もこの地域が舞台。
昨夜読んだこの作品、簡単に書くけど、修道院長の女性の、修道院長に入った頃と、不法移民らしい女性が生まれた子供を残して逃げていったあと「私の子です」と偽って修道院を去って子供を引き受ける話。奇しくも「処女懐胎」を再現したような形。緻密な描き方と、それと混じる現代的な小道具(インターネットとか)が独特でこの人の文体は好きになりそうな予感…
(2020 03/31)

新しいイタリア後半


「どこか、安心できる場所で 新しいイタリアの文学」。休みの今日読んだのは5人の6作品。

「違いの行列/王は死んだ」アスカニオ・チェレスティーニ
「隠された光」リザ・ギンズブルグ
「あなたとわたし、一緒の三時間」キアラ・ヴァレリオ
「愛と鏡の物語」アントニオ・モレスコ
「回復」ヴィオラ・ディ・グラード

「違いの行列/王は死んだ」、「隠された光」、「あなたとわたし、一緒の三時間」

この作品集も後半には、前半の社会派的、政治的な傾向を持つ作品から、やや幻想味を持った作品が多くなる。
最初のチェレスティーニの2作品は、風刺詩といえる作品。移民・差異の寛容というテーマと、イタリアの汚職とマフィアによる政治というテーマを、真正面から描く、そうするとどういうわけかそうさせたくなくても寓話的になってしまいますよ、というような作品。

続いてのリザ・ギンズブルグ。名前の通り、ナタリア・ギンズブルグを祖母に、カルロ・ギンズブルグを父に持つ。本人はパリに在住し、この「隠された光」もパリが舞台。パリに出てきたイタリア系ユダヤ人女性ミリアムとフランス人セルジュの結婚と離婚、その家を世話した不動産関係の仕事をするジャック、ミリアムの家族・・・という人々の考えや動きが関連して発展しそうでそうはならない、そういう心理風景画とでもいった作品。ジャックとセルジュが新たな関係になりそうでもあるのだが。

 ジャック・トゥルニエには、物件を紹介する独特のやり方があった。内見の前半は手早く進めるが、そのあとで急にペースが緩慢になり、それぞれの部屋で立ち止まって目を細めて、まるで目に見えない何かを推し量る。実際のところ彼がしているのは、自分で作りあげたある種の精神的修練で、毎回すばやくそれを行なっていた。彼しか知らない、いわば秘密の儀式だ。客から聞き出した暮らしぶりをもとに、その空間でどんな生活を送るかを思い描こうとする。
(p212)
 こうして、初めてパリに来た時間一人きりで静かで自分自身について新しい感覚があふれていた時間は、突然途切れてしまった。ところが、いまになってクレ通りの家からセルジュがいなくなり、子どもたちと彼女だけになると、その糸がふたたび伸び始めた。一度も途切れたことがなかったように。
(p218)


「あなたとわたし」は女性同性愛の作品。顕微鏡で見たかのような細かな描写が引き込む。パン屑の行方がここまで気になるのも楽しい。作者キアラ・ヴァレリオは元々は数学を専攻。それゆえ数学をテーマにした作品もある。またヴァージニア・ウルフの翻訳もしているという(ウルフは合いそう)。生命保険の売買の仕事の人々の恋愛を扱った作品とかもある。ここでの小品は「性」をテーマにした雑誌に掲載されたものというから、相当に幅広い作風なのかも。

「愛と鏡の物語」、「回復」


続いて、アントニオ・モレスコ(2020年ヨーロッパ文芸フェスではオンライン参加していた)。
この作品など一番カルヴィーノとかタブッキに近い。そういうところから入ったイタリア文学好きには馴染めるところ。
時間概念が希薄な(登場人物以外の背景の人々の生活が異様に早いペースで回る)とある団地で、無名の作家が仕事してると、なんかわけもわからっず周りから尊敬されており、向かいの団地の部屋の女性の部屋の鏡に自分が写っている。その自分の姿、鏡を花で飾る女性との間の接点がありそうでないような関係。

 二人のうちのどちらかが少し向きを変えさえすれば、中庭の通路をあっという間に通り抜け、彼の家から彼女の家へ、彼女の鏡から彼の鏡へと瞬時に移動できるのだった。
(p260)


と作家は思うのだった・・・ということは、実際には何もせず、作家の意識の中で向かいの女性に会っているにすぎない・・・今、こういう関係を考えていて連想したのが、カリンティ・フィレンツの「エペペ」。あのホテルの部屋に電話がかかってくる場面とか。繋がりを求めているのだけど、繋がらない、そうして過ぎていく時間。そんな感覚。

ヴィオラ・ディ・グラードは先のギンズブルグがパリだとすれば、こちらはロンドンに移住した作家。この人も母親も作家だという。「回復」はロンドンに住む麻薬中毒から回復しつつある女性の話。

 私はイヤリングやペンダントや細いチェーンや口紅のキャップを落としては、部屋の片方から家具の下やソファの下へ転がっていくのを見て過ごした。自分が飛んでいるのを、私の持ち物がどれも手から離れてばらばらに落ちて壊れ、しまいになくなるのを想像した。
(p272)


かなり古い家を改装した安アパートの部屋だから、なのだが・・・
さっきの「隠された光」のジャックにこの人の部屋を探すのを依頼するのはどうだろうか。
ヴィオラ・ディ・グラードは東アジア哲学を専攻。中国語・日本語も学んだという。それで近未来の日本を描いた作品「鉄の子供たち」とか放射能汚染で立ち入り禁止のシベリアの村が舞台の作品「空の炎」というのもある。でもデビュー作という「アクリル七〇&、ウール三〇%」っていうのは全くどんな作品かわからなくて逆に気になるのだが・・・
これで、この本もあとは表題作の1作品のみ。
(2020 04/13)

「どこか、安心できる場所で」


最後の「どこか、安心できる場所で」フランチェスカ・マンフレーディを読んだ。
この短編集冒頭の「雨の季節」と円環を成すような、子供の視点の短編。「雨の季節」が男の子の話だったのに対し、「どこか、安心できる場所で」は女の子の話。妊娠中の母親とともに祖父母の家にいるマルタ。母親のお腹をじっと見たり、入ってはいけないとされている屋根裏部屋に入り、隣のヴェロニカという女の子とその隣の家に前に住んでいた男の子の死の話を聞いたり、物置小屋で恋人ごっこをしたり。禁忌とそれを解いていく物語。最後は母親のお腹を触って赤ちゃんの胎動を感じる場面。
フランチェスカ・マンフレーディはこの短編集の作家の中で一番若い。これは偶然なのだろうけど、「雨の季節」のパオロ・コニェッティと同じくカーヴァーなどの北米リアリズム小説の影響を受けているという。

解説によると、この短編集の「縛り」は、2000年以降にに書かれた作品であることと、男女比を同じにすること。と言っても13人だから(あえて数えないことにします)。
(2020 04/14)

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