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「増補版カフカとの対話」 グスタフ・ヤノーホ

吉田仙太郎 訳  ちくま学芸文庫  筑摩書房

大井町海老原書店で購入
(2012 04/21)

自分の中の牢獄

今朝は少し「カフカとの対話」ヤノーホを。微小なものを最も重いものにする…とか…心にいつも牢獄を抱いている…とか…気になる表現たくさん…
(2012 05/29)

昨日の続きの「カフカとの対話」を少し進めました。カフカが出版された自作の本(流刑地にて)を見て狼狽するところなどが出てきたが、頻出するのは誰しも自分の中に牢獄を持っているという概念。ウェーバーの社会の檻が個人化してきたものだろうか。そしてその牢獄の中に好んで入ることによって人々は暮らしている、と。それは人間の本来の生き方とは違うのだと。
それを求めて或いは憧れてカフカは「なぐり書き」(短編?)を書くのだが、それはいくら求めてもたどり着かないユートピアなのではないか、と…
(2012 05/30)

カフカの絵


今日はほんの数ページの「カフカとの対話」。そこではカフカが絵を描く姿が出てくる。池内紀氏のカフカのブックカバーにあるアレですね。昨日、カフカの自作に対する態度のことをちょこっと話したが、絵に対してはその態度がもっと先鋭化していたらしい。
でも、この本に書かれていること、どこまで「ほんと」なのかな。カフカってこんなはっきりいろいろ言う人なのかなあ…それはそれで自分の勝手な想像でしかない…まあ、ここではヤノーホ版カフカを楽しめばいいんだけど…
(2012 05/31)

カフカにとって冒険とは?

 冒険とは持続であり、生に身を挺することであり、見かけはなんの苦もなく一日一日と過ごすこと、にほかなりません。 
(p79)


これはヤノーホの知り合いが自殺した話をカフカにした時の言葉。カフカにとって自殺することはなんの力もいらないことらしい(「判決」の主人公のように)。でも、生そのものに牢獄を抱えているカフカや私達にとっては、生きることが最大の冒険である。ということみたい。ほとんどの人にとってはむしろ逆に思えるところだけど。 
その他、プラハの町歩きと盗賊の切断された手が残っている教会の話や、労働者の集会(デモ)に遭遇したカフカの話、表現主義的な詩の本を前にしたカフカ・・・など、興味あるところはたくさん。 
やっと100ページ。 
(2012 06/02)

直線の人生と自由

 悲劇にいたる過程は、悲劇の結末よりも無惨です。
(p114)


ヤノーホの子供時代の回想(貨物列車に飛び乗り石炭を盗む子供たち)からの対話。石炭を取りに行こうとして車輪にひかれる少年は、その瞬間の前から既にひかれている、とカフカは言う。悲劇にいたる過程は、あらゆる人生に共通な「原罪」そのものである、と後になってわかってくる。

 宇宙と地球のあらゆる現象は、天体のように円周を描いている。つまり永劫の回帰です。人間だけが、具体的な人間という生物だけが、生誕と死との間の直線距離を突っ走るのです。
(p127)


その円環の宇宙秩序を乱す人間の生こそが「原罪」なのだ、とカフカは言う。原罪は落下なのだと。ここでも「判決」の主人公を思い出すけど、では、カフカは全く人生に対して否定的なのかといえば、そうでもない。人間の自由とはそこから生まれるものである、と彼は考えている。人間は死すべきものであるからこそ、自由を与えられる。この場合の自由は直線的な、孤独・個人的な自由である・・・たぶん、他の生きものは「死」なるものを考えたことも、感じたこともないのだろう。たぶん・・・
(2012 06/03)

共震の能力


少しだけ「カフカとの対話」を読み進め。ヤノーホの父親の友人の趣味のバイオリン工房?の話。カフカは今現在聞こえない音域の音も、これから聞こえてくるかもしれない、という。様々な音に囲まれて、自らも共震する身体の細胞…別のところでカフカが言っているように、ここでのカフカの議論が今やっと自己組織化とかの理論に結実しているのかもしれない…
(2012 06/04)

今日読んだところは現代(といってもこの時代)の天動説論者の詩人(この話を締め括るカフカの言葉が洒落ている)や、ダゴールの話…カフカはドイツとインドはそんなに離れていない、と語る。ある種の蠱惑と反感がカフカにはあるようだ…インド神秘思想に対して…
(2012 06/05)

錯乱した世界の…


「カフカとの対話」から、今日は2つの引用文を。

 根拠の分からぬ罪悪感ほど烈しく魂のなかに定着するものはありません。
(p158)


精神分析や発達心理学のダブルスタンダード問題といった面、それからこの言葉をキーワードとしてそれを裏返したものが「変身」であり「審判」であるといった面など。

 世界の評価と自分の評価との間がもううまく噛み合わなくなっているのです。われわれが住んでいるのはめちゃめちゃに破壊された世界ではなく錯乱した世界です。すべてがもろい帆船の索具のようにぎしぎしと軋んでいます。
(p182)


ふむ、これは現代社会論の一つの理論として使えそうだ。ものと意味の間も、ものとものの間も、人と人の間も…錯乱すればそれだけ情報も増える…
(2012 06/06)

アメリカの行き先…


今日…というより昨夜読んだ「カフカとの対話」からの話題。やっと200ページ。昨夜読んだ中では、シオニズムとカフカとの関係などありましたが(またそこら辺見直すかも)、今回は最後に読んだところで気づいたところだけ。
そこでは、カフカがネブラスカにあるサレジオ教会系の施設について云々しているのだが、内容はわからないが、これはひょっとして「アメリカ」(または「失踪者」)のとりあえずのラスト?と関連あるのでは?と思った。
(2012 06/07)

近道は夢


昨日と今日読んだ「カフカとの対話」から、気になるところ2つ。

 私たちにとってそもそもどこかに、まっすぐな道などというものがあるのでしょうか。近道とは夢にすぎない。それは迷いの道にすぎぬことが多いのです。
(p209)


カフカはプラハの狭い路地の由来まで知っていた、という。そんな彼ならでは?の言葉。瞬間と持続するものの認識過程を少し考えてみると、ひょっとしたら道というもの自体虚構かも。

 しかし人間の大多数は、超個人的な負託の意識なしに生活します。そしてここに悲惨の核心があるのだと思われます
(p232)


自分も大多数の側…
なんかそういう負託?みたいなの掴んでいると強い…とは思うが…
そして、カフカの作品で、そういう負託を掴んでいる登場人物っているのか…
(2012 06/10)

カフカと音楽


今日はカフカが音楽をどう捉えているかのところ。彼はどうやら自分を「非音楽的な人間」と思っているらしい。その意味は(当たっているか自信ないけど…)ものごとを流れとして把握できなくて、切れ切れになってしまう(と、本人は思い込んでいる?)というところ。
カフカの小説って非音楽的?とも言えるし、でもそうではない気も…
(2012 06/11)

袋小路に…


今日は「カフカとの対話」の中からヤノーホの言葉を…っても要約ですが…
カフカが自分の作品を廃棄すべきだ、自分の迷ったことを人に押し付けてはいけない、と言った時、ヤノーホは「袋小路を照らすことも重要です」と言う。19世紀までの文学(だけでなく、芸術一般)がある意味全体提示型だったのに対し、20世紀の芸術は袋小路的…
もしこのヤノーホの言葉もカフカ作品の保存に役立ったとするなら、彼に感謝しなくては…
他には映画や写真の話など…
(2012 06/12)

カフカの語り手は語るのか

 語り手はその物語についてなにも言うことができないのです。物語るか、さもなくば沈黙するか、これがすべてです。彼の世界がその内部において高鳴りはじめるか、さもなくば沈黙のなかに沈み果てるか。私の世界は響きを消しました。私は燃えつきたのです。
(p269)


全知全能の作家が全体見取り図を持って登場人物の配置と運命を決めるのとは違って、20世紀の小説は登場人物に語らせ行動するタイプが多い…が、ある種抽象的なカフカ作品でもそうなのか…
でも、一番気になるのは最後の部分…
(2012 06/13)

進むほど遠のく…

 人類が、朦朧として形を失った、したかって名を失った群衆と化するのは、形を付与するところの掟から脱落することにあるのです。しかしそんなことになれば、もはや上だとか下だとかいうものはない。生活は単なる生存まで平板化します。 
(p303) 
 大衆はせき込み、走り、時代のなかを疾駆して行く。どこへ行くのか。どこから彼らは来るのか。誰も知らないのです。それは進めば進むほど、目的に到達できなくなる。そして無益にその力を使い果たすのです。 
(p305)


(詳しくは後程…ただ掟の話という作品があるということ、それから「目的」とは何かということ…などなど気になる) 
・・・人間社会の「熱死」・・・確かにそんな感じになるような気が・・・人間というものの宿命があちこち(特に未知の場所)に動くことであり、その動く本性が現実逃避から来ているのだとすれば、その動きが最大化した時、世界がどこも同じで平板化する・・・というのは実に皮肉な結果かも。それが、「上も下もない」「単なる生存」「目的に到達できない」と表現されているのでは。 
(2012 06/16)

カフカが出掛ける時


と、このペースだといつ読み終わるかわからなくなってきたので、「カフカとの対話」を今日読み終えることにした。 
まずは、カフカがサナトリウムに出発する時の会話から。

 「未来とはすべて私のここにあるのです。変わるということは、隠れた傷があらわになるということにすぎないのです」
(p312)


では、どうしてサナトリウムへ?というヤノーホ青年の質問に対しては、

 「すべて被告というものは、判決の延期を希って努力するものです」 
(p313)


と返す。この辺カフカの「審判」やブッツァーティなど連想する。それにしてもカフカって思いのほかに?洒落たことを言う。まあ、被告とかいう発想は法律事務所勤務という境遇がそうさせるのでしょうけど。 
次もそんな軽妙洒脱(苦い味が混じるのが、本当の洒脱・・・)な表現を。

 「昔の王朝時代の首都を一周しましょう。上品なそぞろ歩きは、ふつう葡萄酒やコニャックを一杯引っかけてから始めるものですが、私たちはどうも二人とも、それほど控えめな麻酔剤の消費者ではありません。私たちには、もっと複雑な麻酔が必要なのです。だからアンドレへ行きましょう」 
(p325)


アンドレというのはプラハの本屋。だから「複雑な麻酔」というのは言うまでもなく(って、言ってるけど(笑))本のこと。自身は様々な悩みに囲まれていたには違いないけど、対する相手には気を使ってもてなす。これがカフカという人間だったらしい。 
で、そぞろ歩きから帰ってきて、この頃両親の不和に悩まされていたヤノーホにカフカが語るところから。

 今日では大部分の人が、感情と創造力の片輪です。 
(p329)


創造力の基礎は、他人の立場にたって物事を考えること。 

最後にカフカが出掛けた(そう死へと)時、ヤノーホはその日が、父親を亡く(自殺だったらしい)してから21日目だったことを知り、その21という数字が自分の現年齢とわかって驚く、というシーンでこの「対話」本編は終わる。
その後のヤノーホの足取りもなかなか興味深いのですが、出版が第二次世界大戦後(1951年)であったこと、そして半分くらい?が追加された「増補版」が1968年であったこと、を歴史的事実として挙げておくだけにしておく。

でも、いつの日か、カフカがそぞろ歩きから帰ってきそうな気がする・・・
(2012 06/17)

おまけ
このヤノーホって当時のチェコではジャズ演奏の本出してたことの方が有名だったみたい。
(沼野充義「亡命文学論」より)
(2016 12/18)

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