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「巨匠とマルガリータ(上)」 ミハイル・ブルガーコフ

水野忠夫 訳  岩波文庫  岩波書店

五月のモスクワとベルリオーズ

  そう、ここで、この恐ろしい五月の夕暮れどきにまず目につく奇妙な雰囲気を指摘しておかなければなるまい。売店の近くはおろか、マーラヤ・ブロンナヤ通りに沿って続いている並木道のどこにも人影ひとつ見当らなかった。モスクワを焼きつくしたあげく、スモッグにつつまれて太陽がサドーワヤ環状通りのかなたに沈もうとしていたこんな時期、もう呼吸すら困難に思えるときに、菩提樹の木陰にやってくる者もいなければ、ベンチに腰かけている者とてなく、並木道はがらんとしていたのである。
(p10)


モスクワの5月で暑い?物語の最初から異様な雰囲気。

  このとき、ベルリオーズだけにかかわる奇妙な現象が新たに起こった。突然、しゃっくりがとまり、心臓がどきりとひと打ちしたかと思うと、一瞬停止し、ほどなくして鼓動が戻ってはきたものの、何か鈍い針が心臓に突き刺さったみたいになったのだ。
(p11)


ベルリオーズという名前のモスクワ20世紀の作家・編集長。ブルガーコフは当然作曲家ベルリオーズを意識していて…という話は(たぶん)追い追い…心臓っていうアイテムもブルガーコフの重要品目。ここで会う幻覚の悪魔みたいなのと次に(最後に)会う時、彼は…
…と、話はこのベルリオーズと若い詩人イワンの前に変な外国人教授が現れたところから始まる。ベルリオーズはイワンに「イエスは存在していなかった」と話しているのだが、この外国人教授は「いやいや、イエスは存在していました、私が証明してみせます」と話し始めるのが、もう一つのこの小説の流れ。紀元前後のエルサレム。イエスろローマ総督ポンティウス・ピラトゥスとの流れ。

  ありとあらゆる権力は人々にたいする暴力にほかならず、皇帝の権力も、ほかのいかなる権力も存在しなくなる時がおとずれるであろう
(p60)


イエスの存在証明といい、これといい、よくスターリン政権下のこの時に書いたなあ、と思う。
この外国人教授の話が終わり、危険だと察したベルリオーズが電話ボックスに駆け込もうとしていた時、誤って滑ってしまい、市電に轢かれて首が飛んだ。この時に会ったのが先の悪魔風の男。
ここまで第3章。

ここまでのところのそのほか。
閣下とあなた
イエスと面会したピラトゥス。最初は「善人」と呼ばれたピラトゥスが「閣下」と言え、と言われる。鞭打ちまでされて、面会の続きなのだが、途中から「あなた」と呼びかけが変わる。その時は背景にいる家臣や木々、エルサレムの街とかが、なんらかの新しい背景を前に退いていく。
ローマ総督ピラトゥスと最高法院議長ユダヤ大祭司ヨゼフ・カヤファ(派遣政権と地元政権・宗教責任者)
ここは小説というか、それ以前の歴史的興味。ローマ総督はローマ皇帝直属の名目的政権。実務はユダヤ側が取り仕切る。そこで対立関係にもなっていく。
(2020  01/01)

イワンとブルガーコフ

 ここで、なにか奇妙なことがイワンに起こった。彼の意志はあたかも打ち砕かれたかのようになり、自分は弱い存在である、誰かに助けてもらう必要があるのだ、という気持ちに襲われた。
(p189ー190)


物語は結構進んで、モスクワパートのみ、ヴォランド(「ファウスト」から取った名前らしい)の悪企みはエスカレートし…ベルリオーズのお供をしてたイワンは最終的には精神病院に収容されてしまう。そこで会ったストラヴィンスキー(また作曲家の名前だ)医師と面会しているうちに…

このイワンという人物は、のちに「巨匠」と対比され「普通の芸術家」の代表みたいになってしまう人物。ただブルガーコフとしても、「自分は巨匠だ」とずっと思っていたわけでもないだろうし、幾分かは自分とこのイワンを重ねて見ているところもあるのだろう。

さて、その「巨匠」はいつ出てくるのか。もう第1部(上巻)も半分を過ぎた。水野氏の解説によれば、この小説に巨匠という人物を加えたのは結構後になってから、というから、そういう事情なのだろう。
(2020  01/04)

巨匠の登場

というわけで?巨匠が出てきた。名前はもう無くなってしまった…という。

 でも本当の話、私を惹きつけたのは何にあったのでしょうか?  そもそも、内部に心の抽斗とでもいうべきものに思いがけぬ贈物を持っていない人間は面白くない、ということこそ問題なのです。
(p299)


p297とp301にある旧版と新版の違いは、旧版の叙述を省略して一部見せなくさせた。この本文では旧版を使用。
「抽斗」は「ひきだし」と読む。イワンその他悪魔に魅入られる人達は、面白くない方に含まれているのかな。ブルガーコフの分類だと。

  横になったときは病気にかかりかけていたのが、目をさましたときには完全に病人になっていました。突然、秋の闇が窓ガラスを押しつぶして部屋に流れこみ、まるでインクのように濃い闇のなかでむせ返るのではないか、と思いました。
(p302)
  爪を痛めながらノートを引き裂き、薪のあいだに縦にして押しこみ、火かき棒で紙をかきまわしました。ときどき灰に苦しめられたり、炎に息がつまりそうになったりしましたが、それと闘いつづけると、小説は執拗に抵抗しながらも、やはり滅んでゆきました。見覚えのある言葉が目の前にちらつき、どのページも下から上の部分へと勢いよく黄色く変わってゆきますが、それでもやはり、言葉は黄色くなったページの上に浮き出ていました。紙がまっ黒になり、私が怒りにかられて火かき棒で最後の息の根をとめたときに、それらの言葉はようやく消滅したのでした。
(p303)

原稿を燃やす巨匠は、実に殺気だっているのだが、その割に燃える原稿の様子がまた実にリアル。たぶん、ブルガーコフ自身の実体験を含んでいるのだろう。
(2020  01/05)

「巨匠とマルガリータ」上巻読み終わり。とりあえず巨匠は出てきたけど、マルガリータは出てきてない…
(2020  01/06)

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