牛島信明 訳 岩波文庫 岩波書店
長いので前後編で(それでも長い)。
今年読んだ「泥の子供たち」と並ぶパスの詩論(こちらの方が早い)。
「弓と竪琴」の邦訳は、最初は国書刊行会のラテンアメリカ文学叢書(1980)、続いて訳者も改訂に関わったちくま学芸文庫版(2001)、そしてこの岩波文庫版(2011)。岩波文庫に入れるにあたり、既に訳者は故人となっていたので、ちくま学芸文庫版のあとがきは割愛し、山口昌男の論考を収録。
声の既視感
自らから一旦離脱して他者の声を聞くことを、このような比喩で…「弓と竪琴」だけど、弓より矢が先に出てきた。
昨日書いた〈声の既視感〉はここに繋がる。他者の声として聞く自分の声。そしてこの文章のあと、また「君」が出てくる。6行くらい、次のp310入ってすぐのところまで「君」が続き、そこで何かが裏返って、そして元に戻って「あなたがた」になる。
「インスピレーション」の章、そして「詩的啓示」の部が終わり。
「詩と歴史」の部の「瞬間の聖化」
詩は社会的産物であるのと同時に、その社会の始原をそこに書き留めている。
(2022 09/12)
章タイトルにある「瞬間の聖化」とはこうしたものを指すのであろう。ここで出てきた歴史の二重性は、今まで事あるごとに言われている詩の二重性と大いに重なるのだろうけれど、違いもあるのかな。今現在は何も浮かばないが…
「瞬間聖化」読み終わり。そして、この部の後続章では、ギリシャの悲劇・叙事詩、小説、近代抒情詩を取り上げていくという。小説と近代抒情詩は、叙事詩というジャンルの「例外」なのだという。
(2022 09/13)
「英雄的世界」
まずはギリシャ、ホメロスと三大悲劇詩人。最初にギリシャには、自然信仰と祖先の墓信仰があった。が、後者が廃れ、また小アジアイオニア海沿岸に移住してきたギリシャ人たちは、祖先の墓と断ち切られ、この祖先達が「英雄」となった。という流れ。
アナクシマンドロスの有名な断章
これは因果関係に基づいた科学的考察でも、道徳的考察でもなく、事物どうしが相互運動の中で行き過ぎを抑えていく、という。これにヘラクレイトスはこうつなげる。
そう、タイトルの「弓と竪琴」初見。これはヘラクレイトス由来なのか。弦楽器(ピアノも)は、普段あまり気にしないけれど、常に張っている状態にある…
三大悲劇詩人からは、今まで読んだことのないエウリーピデース。
ここはアイスキュロスやソフォクレスとは違う考え。人間は潔白であるのに、罪を負っているのならば、それこそ悲劇ではないだろうか…というところから、それ以降の演劇につながっていく。
(2022 09/14)
演劇について
カルデロンなどのスペイン演劇から、シェイクスピアのイギリスエリザベス朝演劇まで。
(2022 09/15)
まずは、シェイクスピアやラシーヌの時代の演劇から。
文学という視点から見れば、この時代はそうらしい。彼らはデンマークからスペインまであるとあらゆるところのテーマを共通財産として使っていたという。このことはパウンドが指摘している、と本文中に、上に挙げた注ではクルティウス「ヨーロッパ文学とラテン中世」が参考として挙げられている。
シェイクスピアに関しては、少しだけしか読んでいないながらこの文章はよくわかるのだが、ラシーヌは読んでない…この章最後は、「人間の〈非現実性〉をもっとも徹底して明らかにした劇詩人」ピランデッロで締められる。ピランデッロも演劇集1冊買ったまま…
「小説の曖昧性」
ただし、近代においては、その聖化に失敗している。初期にあった一連の聖化の試みは、理性を宗教化しようとするコントなどの試みなどは「歴史の生きた空気に触れるやいなや崩壊してしまった」(p374)。そこに意識に空白が生まれる。あと、この辺りからあとの革命論では、パスの政治的信条の変遷が見られそうな箇所。初版とその後の版を見比べることができれば。
…この辺も前の文章に引き続き、バーガー「聖なる天蓋」の問題意識にも通じそうな箇所ではあるが、果たしてパスとバーガーの論点は収束するのであろうか、それとも真っ向から対立するものなのであろうか。個人的な今の感覚では、おおまかには対立関係にありそうだが、細かいところ及び依り立つ原理の大元のところでは共通する場面もありそうな気もしている。
「彼」は小説家。小説の存在価値の一つは、この隣接性そのものにあるのだ、ともいえよう。
ユーモアとアイロニー、これらのキーワードは「泥の子供たち」でも出てきた。小説と悲劇は普通には親しいものだと思われているが、意外にも反発しあうものであるようだ。
20世紀に入って、小説や演劇は詩の方向へ舵を切った。小説ではジョイスやカフカらが、演劇ではクローデルやブレヒトらがそれを行う。「しかし、詩の勝利は近代の消滅の徴候である」(p392)
(2022 09/18)
「実体のないことば」
詩人とはウィリアム・ブレイクのこと。この後書かれるドイツ・ロマン派(ノヴァーリスとヘルダーリン)にも同じ特徴が見られるという…詩の歴史(ガイドのようなもの)ないかな。ブレイクとイェイツどっちが先?というくらいなので…
古代の詩人-ホメロスとかウェルギリウスとか-には、社会に居場所が確保されていた。近代になり、宗教から自己の存在理由を奪い取った哲学や科学は、また詩人の居場所も無くしてしまった。近代詩人の苦悩はそこから始まる。
自動記述の目論見がもし達せられたとするなら、それは雲霧消散してしまうだろう。パスは(シュルレアリスムから出発したとがいえ)自動記述の方ではなく、言語の曖昧性の方に賭けている。
「エピローグ」…「回転する記号」
ラモン・リュイ(1233-1315)はスペイン、カタルーニャの神学者…この円環運動を地獄と見る近代詩人がランボーであり「地獄の季節」である、というのがパスの見立て。
自我が解体する、それはなくなるのではなく、増殖する。違いはなく繰り返しである。閉じこもり、他の自己と無闇に戦う、「同一物の繁殖、蔓延」(p439)
そうした増殖した自己が、ダイアローグとモノローグに歪みを与える、というのが上の文章。
スペイン語での〈レプリカ〉は、「返答」という意味と「模写」という意味がある。ここ読んで、自分は例えば教会のカテドラルが宇宙観の現れであり祖型であるというのを思い出した。
これは近代以降の詩…もっと言うと現代20世紀(以降)の詩についての言及であろう。
ここに至って、「君」は、個人的体験を通り越して、誰にでも潜む他者への呼びかけとなる。最近読んだので、今ここでは自分はレブレーロの「場所」を思い出した(あの小説、結局自分の部屋から一度も出ていないのだろう)けれど、こうした例はもっとあるはず。
(2022 09/19)
この節は、マラルメの「骰子一擲」。
(2022 09/20)
このエピローグ章のタイトルにある「回転」することばが出てきた。この文章の後半は…論ではなく詩そのものである…という感じ。詩の読者は、お互い孤立しているけれど、古代の共同祭祀のような、そのような共同行為である、と今日読んだところのどこかに書いてあったのだけれど、見つからない。ひょっとして次の補遺にあったのかな。
というわけで「弓と竪琴」本編は読み終えた。
及び補遺の「詩、社会、国家」まで読み終えた。
(2022 09/21)
補遺から
今日は補遺の「詩と呼吸」、「アメリカの詩人、ホイットマン」及び牛島氏の「オクタビオ・パスについて」を読んだ。あと解説と補論を残すのみ。
昨日の「詩、社会、国家」は大雑把に言って、国家というものが芸術の創造元になったことはない、という内容。今日の「詩と呼吸」は詩の朗読の高揚は、呼吸で一続きとか発音とかいう要素だけではなく、それらも含んだ呼応、照応の一連の流れから来るという内容。
「アメリカの詩人、ホイットマン」に関しては、
アメリカ大陸は、コロンブスの〈発見〉以前から、ヨーロッパの歴史を一切持たないユートピアとして霧の中にあった、という。
時間の剥奪されユートピア化したアメリカ大陸の中で、時間を過去・現在・未来を取り戻そうとした運動がメキシコ革命だったという。
アメリカのユートピア幻想、それを夢を見て書いているホイットマン。その他のアメリカ大陸作家では、ポー、ダーウィン、メルヴィル、ディキンソンらはアメリカの悪夢から逃れようとしているという。
(2022 09/22)
松浦寿輝と山口昌男の論考(主に後者)
昨夜、松浦寿輝の「大いなる一元論」読んで、とにかく大鉈で密林を進んで綜合していくパスの視覚的イメージが残り、今朝6時半に起きて、残りの山口昌男の「オクタビオ・パスと文化記号論」を読んでやっと読み終え。
この山口昌男の論考は、山口氏の岩波現代文庫「文化の詩学Ⅰ」から録ったもの。この論考自体は1978年の山口氏の学内講演をもとにしている。
というわけで…
反記号なんて概念自体知らなかった(物理学の反物資とか連想するけど)…記号(例えば単語)はその反対の意味を含み持つというわけか、論理学的構図と違って人間の認知は隣接するあらゆる概念を引っ張り出してくるだろうし。とにかくこれが換喩とか類似性につながるという。
この想像力が活性化すると現れる「メタ・アイロニー」は「断定と否定の彼方にある領域で、一種の活性化された宙吊りの状態」(p544)とパスが述べているという。
「有微」というのも初だが、山口氏といえば、の「中心と周縁」につながっていく。先程の反記号は記号単体、こちらは記号構造全体という見分け。
パスの「結合と分離」より。その重層性こそを、身体と記号との結びつきを、文化記号論は探究しなければならない、と山口氏は言う。
他にもあるけれど、この辺で(この岩波現代文庫は今は出ているのかな)…
(2022 09/23)
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