「旅の問いかけ」 ミシェル・ド・クレッツァー
有満保江・佐藤渉 訳 オーストラリア現代文学傑作選 現代企画室
大船のポルべニールブックストアで購入。
(2023 05/03)
ローラとラヴィの章が交互に出てくる構成?
最初の2ページは、ローラの双子の兄(8歳違い)が、ローラを産んで間もなく亡くなったことを受けて、ローラを殺そうとした、というなかなかにいきなりな内容。この後、ローラは生涯にわたり、年に一か二度、水に浸かった夢を見ることになる。
ビオイ=カサーレス「英雄たちの夢」を思い出す、最高潮を迎える前に終わる夢。夢の先を探し回る旅。あちらもこちらも、最高潮そのものは死。
(2023 05/05)
象徴と比喩
ラヴィ編最初の文章。
ラヴィ編全体を規定する音であると同時に、親と子というローラ編も合わせたぶんこの物語全体のテーマを、比喩という形でさりげなく提示している。
ローラはオーストラリア、シドニーの女性、ラヴィはスリランカコロンボ郊外の男性。読んでいる序盤では子どもであるこの二人の人生はこれから交差するのだろうか。
あと、ローラ編にもラヴィ編にも住居に関する考察というか空想、家の中の生活とか建築そのものの性格とか建築予定地にどんな家が建ってどういう生活を送るのか、とか。これもずっと変奏され続いていくテーマになるのだろう。
上の二つはローラ編。とにかく比喩とか技巧が楽しい。時刻表と通勤者を並列させたり、街路が縛り上げられたり…味わい尽くすのにもってこいの一冊。
地理を学んでも…
次はラヴィ。そろそろ針路を決める頃らしいのだが…
こうラヴィに言って聞かせる…この修道士は地理大好きな人。
視覚芸術(インスタレーション的なもの)を専攻し作品をとある賞に出品しているローラだが、手先仕事でなんとかなっているそちらより、これから向かう方向はこの分野なのか。そして、この文章にはクレッツァーの実体験が含まれているのか。とにかく比喩が巧み。
(2023 05/06)
スリランカとインドネシア
昨夜寝る前にちょっとだけ読んだところは、ラヴィ編。1983年、スリランカの内戦。ラヴィの友達デブレラの家庭も襲撃を受けて、その友達はノルウェーかデンマークに移住した。自分のイメージではスリランカ内戦は1980年代後半くらいだと思っていたけれど…
これも惹かれるなあ…
一方ローラ編。叔母のヘスターが亡くなって、結構な遺産をローラに遺し、それを資金にローラは旅に出る(ということでテーマの「旅」の始まり)。インドネシア、バリ島から。
これ、賛同する人多いだろう。旅行者に知られる頃には既に観光地化され過ぎている…
あと、ローラ編でもラヴィ編でも、ポリスあるいはスティングが結構出てくる。ビートルズ始め有名バンドが出てくる現代文学は多いのだけど、ポリスは初めて…これからこのネタ発展するのかな。
(2023 05/08)
オーストラリアと大西洋
ラヴィ編。いよいよ内戦が始まり観光客は消え去り、それを見込んだホテルは立入禁止となり、開発業者は自殺した。そんなホテルを眺めるラヴィ。
あとでラヴィが旅に出る時はこんな船に乗ることになるのかな。
ローラ編。イタリア→フランス→スペイン→ポルトガルと地中海に沿って旅している、らしいのだが町外れのゲストハウスの近くで陰々滅々としていることが多く、どこを回っているのかが見えてこない。そんな中でも、印象深い表現多し。
今日は次のラヴィ編1ページ(p98)まで。その僅か1ページでラヴィは結婚し子供も生まれる…
(2023 05/10)
ラヴィは母校でワープロ教師となる。子供の頃は先生を一様に見ていたが、大人になって戻ってくると、それぞればらつきがあることがわかってくる。それにイグナティウス修道士(地理の)は難民キャンプに行ってしまったと聞かされる。
そういえば、この時期、ロンドンではローラがワープロを習っている。しかも、スリランカの男と知り合っているし。
(2023 05/11)
シオ・ニューマン
今日読んだところは、ローラとラヴィについで重要人物らしいシオ・ニューマンが出てくるところ。シオの母親アナは、どうやら6歳の時にロンドンに、キンダートトランスポート作戦というドイツからの救出作戦でやってきた。彼女の家族はホロコーストで殺されたという。
ここでは、言外の情報を匂わす表現を2箇所。p123に「あと3日でハムステッドを離れることになっていた」と書いてありながら、すぐ後に「何か月も経ってからだった」と断りもなく書いている。最初の文読んだ時に、何かそうならないだろう気配を感じとることができるか。
もう一箇所はこんな文章。
もうこの先の展開、シオの行く末が手に取るようにわかるではないか。そしてその行く末の原因の一旦はローラにもあるということも。
(2023 05/12)
芋虫の存在
これらはシオの言葉。
一方、そんなシオは…
p142の承認の欲求と、それが満たされないまま閉じ込められてしまったようなp149の芋虫。20ページほど読んでこんな表現がてんこ盛り…
困った小説(笑)
(2023 05/13)
夢のへりにいる人物
ローラ編では、ロンドンからナポリへ移住して、英語教師兼旅行誌の取材をしている。そんな中、シオが来て最後に結婚を申し込むが、ローラは断ってしまう。
ラヴィ編では、妻マリーニが働くNGOにイギリス系(でタミルの血も入っている?)女性が就任し、徐々にマリーニは彼女のフラットにいる時間が長くなる。ラヴィはこの二人の仲を疑う。
ローラ編の話。画廊を開いているマルコという男が、オーストラリアの北の島の住民が作っている木の柱を、レプリカ作って売っている。そうしたらある評論家が「実際はその島では立てられたら朽ちるままするはずなのに、真新しいレプリカには何の意味もない」ということを言って、返品がくるという話をする。これ、後のヘンリー・ジェイムズの話題とも重なるような気も。それに、オリジナルのオーストラリアの島の木の柱にはアウラがあるのに、マルコのレプリカには消え失せている、ベンヤミンの複製芸術論とも通じるところがある。アウラが消えてかかっている世の中だから、それを求めるというような。
これもシオの言葉。シオの言葉は少ないけれど何かこの作品全体を貫くものであることが多い。この作品は、ローラ編とラヴィ編が交互に出てくるが、ローラにとってのラヴィ、ラヴィにとってのローラはまさにこういう夢のへりの人物なのではないだろうか。作者クレッツァーの経歴とも比べてもそう思う。
あと、この作品では、現実の旅の他に、さまざまな架空の旅(シオの記憶の旅も、ガイドブックを見たり記事書いたりするのも←クレッツァー自身、ロンリープラネットで働いていたという)が描かれる。そのうちでも重点が置かれているのがインターネット。同じ旅(移動)をテーマにした小説、トカルチュクの「逃亡派」に比べるとその比重は大きいとも思う。
というような、些細な文章にも気になってしまう。
ここまで来るとよくわからなくなってくる。ラヴィがマリーニ達の同性愛的関係を感じて、それに対抗?して、わざと女性として参加したネット内での関係。漂うのは本当に現実から離れているからなのか。時空からの完全離脱は、ネットにおいても到達できない点なのではなかろうか。
(2023 05/14)
ノスタルジア
今日読んだところで、ローラ編、ラヴィ編のそれぞれ◯◯年代という章題が終わり、次から◯◯年の章題になる。
という今日のところの事件は、ラヴィの妻子マリーニとヒランの殺害。p175の(珍しく)「二連の祭壇画」なる小題が付いているところで、「結婚生活最後の年」とか書かれていたから何かあるのだろうな、とは思っていたのだが…
ラヴィはフリーダ(マリーニの上司)のフラットに住むようになる(ラヴィ自身にも危険が迫っている)。
色水は恐怖の何かだと思いきや、それだけではなかったようだ。世界のあらゆるものから切り離されている絶望の期間にも、生命は無関心で生き続けようとする。
一方、ローラはナポリ行きから、シドニーへのノスタルジアに取り憑かれてしまったようだ。
ジャカランダそのものがローラの中のノスタルジアの形なのだろう。ずっと陰に隠れているのだけど、時期が来ると埋め尽くす…
ところで、前にもところどころあって、またこの章の最後でも書かれている、無言電話は何の符牒だろうか。
(2023 05/15)
第一部終了
昨夜寝る前から今日にかけて、筋的に重要な箇所に差し掛かる。ローラ編ではシオが亡くなり(その時にローラはプラハ にいた)、ラヴィ編ではフリーダの手筈でホテルを転々としたり国内ツアーなどに紛れたりしながら、最終的にオーストラリアのヴィザとパスポートを手に入れる。一方ローラはノスタルジアが決定的となり帰国を決意。そう、この二人、ここで行き先が重なる(ひょっとして飛行機も同じ?)…そして第二部へ(だいたい小説全体の半分くらい)。疑問なのは、何故ラヴィはフリーダを嫌うのか、というところ。そんなことしなくてもいいからマリーニとヒランの元に行きたい…のか。
第一部から最後の引用はラヴィの国内ツアー中から。
観光旅行への皮肉であるとは思うが、ただそれだけではないとは思うが、正直よくわからない。この頃、幻なのにごく普通にマリーニが近くに現れているラヴィ。切断された時間と景色が切断された身体を想起させるのだろうか。そう考えても最初の一文が何を意味するのか。
(2023 05/16)
第二部開始
ということで、今日から第二部。
小説タイトルとも共通しそうな、この文章。そういえば、オーストラリアに来てからマリーニの姿はまだ目にしていない…
(2023 05/17)
ラヴィ編から
ラヴィは、部屋を貸してくれたコスティガン家の息子デイモが時々ドライブに誘ってくれた。だいたいはデイモが好きなブッシュウォークになるようだが。次の文はその帰り、工芸品を売る店でラヴィが中国人カップルの写真を何枚も見つけた時のもの。
「旅の問いかけ」というタイトルがここで出てくる。
(2023 05/20)
イタリア語仮定法の日曜日
ローラ編では2001年の911で旅行ガイドブック業界にもリストラの嵐が来た。前も書いたが、作者のクレッツァーはロンリープラネットで働いていたこともあったから、そんな経験もあったのかもしれない。新しい入江近くの家の家主、イタリア系移民のカルロと毎週一回会食をするようにも。
ラヴィ編では、デイモには新たな男友達ができて、ラヴィはまた別の楽しみを見つけることに。安いランダムフライトで日帰りでオーストラリア中旅したり、更新が止まったサイトや、不動産屋で貸し手がついた物件を覗き見したり。
今日の引用箇所は、ローラの昔のイタリア旅の思い出から。
アグリジェント?
この作品、そう正面切って旅とは?という問いかけはないのだけれど、エピソード、表記のはしばしにそのテーマを感じることができる。「イタリア語の仮定法」の文が印象深いが、それは並列されている「眠りについたような日曜の午後」との同列化が効いているのとともに、確かに道を聞く時には仮定法使いそうという納得感の戻りが導く。
(2023 05/22)
パスワードの墓標
昨晩寝る前に少し読んだのだが、そこではラヴィの母親カーメルが亡くなったと知る場面。
アスタリスクが墓標という表現には惹かれるものがある。
そして今日分。今回はラヴィ編からの回想場面。
ラヴィが遡れるまで遡った最初の記憶の光景なのかもしれない。この小説あとで振り返った時、真っ先に思い出すのはここになるかもしれない。
ラヴィにとってスリランカへの帰郷の念はずっと徐々に高くなってはいたが、母親の死が決定的となったのだろう。
そこからラヴィは、マリーニとヒランはテロリストによって殺された、という今自分がオーストラリアにいることの原因でもある前提を疑うようになる。前にマリーニと仲悪かったディープティという女が殺意を持った、とラヴィは考えて始める。しかし、ディープティ一家がアメリカに移住したと聞いて、ディープティへの恨みが薄れ、今まで突き動かしてきた欲求は最終的には故郷に帰りたいということへと流れていくと気づく。
ということで、ローラもラヴィもここへきて帰郷への思いに貫かれる展開。現時点ではローラもラヴィもシドニーにいるが、このまま接点のないままラヴィがスリランカへ戻るのだろうか。この帰郷への欲求も「旅の問いかけ」の一つ。
(2023 05/23)
と上に書いたら、今日読んだところで、ラヴィがローラのいるラムジー社に入ったらしい。そしてローラがちらりとそれを見ている…この小説の主たる二つの筋が溶け合う重要箇所なのに、これまた随分素っ気ない(笑)
(2023 05/24)
首のまわりにまとわりつく過去
今日はラヴィの2章のみ。ラヴィがポール・ヒンケル(前に描かれていたようにポールはローラと週2、ホテル通いをしている)の家に遊びに行く場面から。ポールの妻マーティンの心理。前読んだ本にあったような無意識に刷り込まれた差別の反応。「マーティンの人生」というのは、何か特別なトラウマなのかもしれないけれど、また「彼女が愛した人びと」というのは両親等で何の疑いもなくそこから「首のまわりにまとわりつく」差別心理を受け取ったのかもしれない。
(2023 05/25)
歴史に対する地理の勝利
彼女というのはラヴィの親戚の一人。「歴史に対する地理の勝利」というところには、もちろん皮肉も入ってはいるのだけれど、同時に物語冒頭近くの地理好き修道士の話とも響き合っている。
ここの彼女はローラ。ローラの相手ポール・ヒンケルに対して思うこと。自分が誰か他人のチェックリストの項目になっているという感覚はどうなのだろうか。ローラはそのうちの「浮気」に該当する。ここも皮肉混じりに人生を概観するこの著者の典型的なところ。
あと、会社の噂の一つとして出てくる、国名を国際企業に売って「エクアドルを「ナイキ」と改名して、国民はナイキグッズをもらえる」…という話が(逆の意味で)面白い。都市名くらいならどこかに用例あるかも。
(2023 05/28)
シドニーハーバーのナイチンゲール
今日読んだところで、ローラとラヴィが実際に会話するのだけど、実はこの前にも話したりはしていたらしい。
ここまで読んできた一読者は「なんか逆では?」と思ってしまう。ローラがラヴィを見て「不幸な人」という方が妥当な気がする。でも逆なのね。
ローラはネットで検索してナイチンゲールの鳴く声を聞く。ここなど、小説内で一番感動的な箇所かもしれない。旅とともにネット通信がテーマでもあったこの小説の一つの帰着点。ラヴィはスリランカへ帰国しようかと思っているが、シドニーを離れない気も起こっている。そこにローラの存在があるらしい。お互いの印象が上向きに修正され、二人とも体型を気にし始めた。
(2023 05/29)
(2023 05/30)
長いビューファインダーの先には…
ラヴィの難民申請は(何故か)受理されたが、一方ラヴィは帰国を決意する。ヘイゼル家の人々が贈ったアルバムをスーツケースに入れようとしていたら、何かに引っかかる…それはあのビューファインダーだった…この場面のちょっと前にモナ・フリューリーというライラック色のジャケットを着た女性がラヴィ達の横を通り過ぎるのだが、この女性の昔の名前がモハン・デブレラ…ああ、冒頭近くに出てきてラヴィと一緒に過ごすが、民族紛争の影響で国外に移住した男の子か…確かに彼(彼女?)にはそういう性向があった。
そんなラヴィを追うようにスリランカへ旅行に訪れたローラ。バンコクからの飛行機が事情によりバンコクに戻り、一日を無駄にし、次の日の朝、ビーチにあるラヴィの友人ニマールのインターネットカフェへ向かう。
先送りしない方法が何かあるというのだろうか。この後ローラがいろいろ考えていくように、何かに決着をつけようとすることはできる、しかしその場合でも何かしらは手をすり抜けて先送りになってしまう。先送りを断ち切る唯一の要因というと…
確か2004年のこの日インド洋で実際に津波起こったはず…こういう終わり方するとは予想しなかった…
訳者あとがきからは佐藤渉氏のこの言葉を。
最後に構造的なことをいうと、第一部ではローラが国を離れ、第二部ではラヴィが国を離れる。繋がるのは最後の最後の方で、上述の結末へ向かう…
ただ、やはり長かった…
(2023 05/31)
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