
「ある遭難者の物語」 ガブリエル・ガルシア=マルケス
堀内研二 訳 叢書アンデスの風 水声社
マルケスの自伝「生きて、語り伝える」から
遭難者の話と引き延ばされた二週間
「生きて、語り伝える」読み終わり。650ページという厚いものであったが、まだまだ浸かっていたいような気もする…
海軍の遭難のエピソードは、遭難の理由が、軍が発表した嵐によるものではなく、家電製品をたくさん買い込んで甲板に積みすぎたところへ強風が吹いたため、というのはなんだかなあコロンビアらしいなあ、という感じ。ここでも、軍の嵐というバージョンと遭難者の生き残りベラスコのバージョンという語りの複数性を示唆。
で、そんなこんなしているうちに、マルケスはジュネーブの首脳会談に特派員として派遣されることになる。そしてコロンビアを離れることになるのだが、四日の予定が三年間になることに。この日記の最後は、(二週間の予定と聞かされていた)マルケスの母親の言葉で締めることにする。
ときには神様だって、二年間続く週を作らなきゃならないときがあるんだよ
(p663)
(2014 12/21)
この自伝の影響を受け、マルケスの本をもっと読みたくなって注文し、そのうち「ある遭難者の物語」が来ていて、150ページくらいだから一気に読んでしまった。その話は明日にでも。
(2014 12/23)
「ある遭難者の物語」
この話は1955年2月から3月にかけて、コロンビア海軍の駆逐船から、カルタヘナまであと2時間くらいというところで8人の船員が海に落ち、そこから1人が10日間の救命筏での漂流を経て奇跡的にコロンビア北岸に漂着したその記録をその遭難者の一人称で書いたもの。ルポルタージュの経緯は「生きて、語り伝える」に詳しい。
この作品は本としては1970年に「百年の孤独」の後に出版されたため、批評家の中には「この作品はフィクションであり、生き延びた水兵はマルケス自身の象徴である」と深読みした人もいるくらい…でも、訳者はその読みもただ切り捨てるだけではなくそうした読みの可能性も考えてみてもよい、と言う。
(2014 12/24)