見出し画像

「ただ影だけ」 セルヒオ・ラミレス

寺尾隆吉 訳  フィクションのエル・ドラード 水声社

 
ラミレスのニカラグア内戦が舞台の「ただ影だけ」。ラミレスは作家だけでなく政治家でもあった人で、サンディニスタ解放軍から別れてサンディニスタ刷新運動という政党作って大統領選に出た人。リョサと同じくこっちも敗れて政局からは退いたけど、中南米では多い形。マルケスやフェンテスも政治的でもあるし。 
(2016 01/26)

「ただ影だけ」


昨日からラミレスの「ただ影だけ」を読んでいる。ニカラグアのソモサ体制からの革命を題材とした作品。
タイトルの「ただ影だけ」は歌の題名らしい。
というわけで、昨日のところは革命前に逃亡しようとして失敗した男の話。ラミレスはサンディニスタ側なんだろうけど、この作品見る限りは両者に批判的な眼差しを見せている。
(2017 04/04)

「ただ影だけ」…構成は二部構成内にそれぞれ、革命進む物語の筋の章(章数字のみの章)と、後にいろいろな人々が作者に革命時を振り返って証言する章(標題付きの章)のセットの繰り返し…みたい。

 突如、石の一つが鼓膜の奥にぴたりと止まり、思わず首を振る…
(p33)


どうやら、捕らえた者と捕らわれた者はかなり前の知り合いだったらしい…
(2017 04/05)

ボレロが導く回想


「ただ影だけ」このタイトルは歌(ボレロ)から来ているのだけど、自分の予想以上に作品内に登場する。主人公含む三人の若者時代の回想で実際にかかっていたこの曲から、主人公が出世を望まず「ただ影だけ」の存在でいたいと言うところまで。

またサンディニスタ側のニコデモ(彼は主人公の友人イグナシオの兄でもある)が考える「革命のような大きな動きの時には、小さな間違いは仕方ない」というところ。作者ラミレスはその小さな間違いを掬い上げようとしてこの作品を書いていることは間違いない。
4章まで読み終え。
(2017 04/09)

回想の乱入


「ただ影だけ」第5章本文読み終え。第1部はあとは第5章の挿入資料?のみ。
謎解きとか話の内容が噛み合ってきてなかなか面白くなってきた。

主人公の体制派とされるマルティニカと彼を裁く側の書記ユディットが、実は両者とも父親を反体制のソモサ襲撃失敗の際に殺された(マルティニカはユディットからそのことを知らされる、その資料が第2章の挿入資料)。
またマルティニカの学生時代の親友で、今彼を裁いている司祭ニコデモの弟でもあるイゴールを拷問死させ死体を火山火口に投げ捨てたという責任者のアリバイをマルティニカが偽造?していたり(挿入資料3、4章。ここでその責任者の罪を暴露した医師がまたこの後暗殺されたり)。

ということで、印象深い文章とか技法とかもいろいろあるのだろうけど、なんか先に進んでしまうのね。その中から一つだけ挙げれば、マルティニカ始め捕虜が街中入って群衆に取り囲まれる場面で、彼は眼前の自分に向かってくる群衆とともにかっての母親の姿を回想している(というかひとりでに立ち上がってくるというか)、そこの書き方がなんの断りもなく並置されていて、太字で書かれている箇所も過去と現在どちらも使われている。太字部分は彼からしてみれば突然入ってきたこれまでの意識の流れとは無関係な定型ことばみたいなのが多い。
(2017 04/11)

賭博と愛


「ただ影だけ」第5章挿入資料。ここは第一部のラスト、作品全体の折り返しだけあって、主人公マルティニカの妻の作者へのメールという鍵になるもの。作品末の資料のメモ(ここもフィクション)とともに。
ここでの新たな展開は、この妻がイグナシオと不倫していたということ。その前にルーレットで夫を巻き込んで破滅寸前までいったという経歴…賭博と愛とは似た何かの束縛からの自由の希求なのかも、と彼女は語る。
(2017 04/13)

盗まれた手紙

「ただ影だけ」第7章まで。盗んだ手紙を隠すのに一番の方法はその手紙を額縁に入れて飾っておく、一番目立つところが一番気がつかないと言いながら、イグナシオはマルティニカの家に匿ってもらう。なんだか石田三成が徳川家康に匿ってもらったような感じ?
なかなか引用がしにくい作品でもあるなあ。
(2017 04/19)

「ただ影だけ」進んでいるけど表層的読みしかできなくて、「ただ筋だけ」ってな感じなのだが、焦点はマルティニカと妻、イグナシオとの関係に絞ってきたのかな。表層でめだったのは他作家への言及。マルケスはキューバでサンディニスタに協力し、イグナシオがマルティニカの家を出る時の置き土産が「石蹴り遊び」。そいえば新版出ましたね「石蹴り遊び」…
(2017 04/20)

真実が作り出される時


「ただ影だけ」昨日読み終わり。

あれだけニコデモ司令官ほかの取り調べがあったのに、結局は群集裁判、怒り狂っている群集の前に出て面白い話して拍手喝采が沸き上がればOKという流れの中、抜け目のない俗称狼少年はソモサのプールでの失態話をして無罪放免。マルティニカはあたふたしている間に処刑が決まってしまう…という本当かよ的な展開。本当は…どうだったのだろう。

作者ラミレスがほぼ作品を仕上げたあと、舞台となったトーラの町で聞き取りしたらみんな言うことが違ったという。その真実とされているものの危うさ?は、最後の補助資料の語り手がカパックの手の怪我を全く記憶していないというところでも明らかに。この補助資料の語り手は当時少女だったという人。ラミレスとおぼしき作者に向けて、「(FSLNの)オルテガと早く仲直りしなさいよ」と言ってくるなど、虚構と現実が分別するのが野暮に思えるほど程よく溶け合っている。

現実のラミレスは第一次オルテガ政権の時には副大統領を担当していたが、その後別れてサンディニスタ刷新運動という政党を立ち上げて大統領選に臨んだが敗れ、それ以来政治から身を引き作家、ジャーナリズム活動に専念。再選の為憲法を変えたオルテガを批判する一方、「さらば、仲間たちよ」という革命回想記も書いている(虚構率はどのくらい?)。
(2017 04/22)

…第7章での「盗まれた手紙」は、ポーを踏まえたものではないか、と今は見当がつく(だが、とは言ってもそのポーの古典推理をまだ読んでいない…)。

いいなと思ったら応援しよう!