ある視点③ケンちゃん(仮名)の行方

新婚当初、夫と暮らし始めた町でお店を探していた。あの頃はまだ検索サイトも情報が乱立することもなく、特に田舎の情報はいくら探そうと思っても限られたもののみだった。

そんな中、オープンしたばかりのお店が夫のアンテナに引っ掛かり、来店することにした。

その店は大将と、おかみ、そしてケンちゃん(仮名)と呼ばれるアルバイトの3人で回している、それほど規模の大きくない、どちらかというとこじんまりしたお店だった。

オープン間もないお店は、まだ慣れないせいか待ち時間が長く、店内には少しのイライラ感が漂っていた。

出来上がった商品の提供時にテーブルを間違える、ドリンクのお替りがスムーズに出てこないなど、まだ不慣れな様子が感じられた。

オープン当初はスタッフ間の足並みが揃わず、多少混乱するのは致し方ないと寛大な心で見守り、あえて気にせず、食事を楽しんでいた。

料理のレベルは高く、サービスの一皿もあり、大将の心意気にも満足できた。

ただ一つ気になるのは、おかみの罵声だった。

「ケンちゃん(仮名)何やってるの、〇〇でしょ?ちゃんと聞いてるの」「ケンちゃん(仮名)、これはここで合っているの?」

ケンちゃん、ケンちゃん、ケンちゃん(怒)…

すっかり私たちの頭にケンちゃんという名前が刻まれた。そんなにお客様の前で、しかも名指しで怒鳴りつけることはないのに。

それでも味やボリュームには満足できたので、しばらくしたらまた利用してみようと話した。

1か月もすれば、そろそろ慣れて落ち着くだろうと、再度チャレンジ。その時も同じメンバーで迎えられた。

寡黙な大将、口うるさいおかみ、そしてケンちゃん(仮名)

お店も以前ほど混んでおらず、テーブルは半分ほどの入り。これならスムーズに提供されるはず。

ファーストドリンクをオーダーし、前回よりもハイペースで数種類の料理を頼むと、ケンちゃんはすぐに大将にオーダーを通していた。

ケンちゃん、大将の連携は以前と比較すると格段にレベルアップしているように感じた。だいぶ慣れてきたんだな 少し安心して見ていられた。

ただ、おかみだけは何一つ変わっていなかった。

四六時中、ケンちゃんに対して注意をしている。

何がそんなに苛立たせるのか、こちらからは特に理由が見つからない。むしろケンちゃんのサービスは温和な笑顔で、口のうまさは感じられないものの実直でよい仕事をしていた。恐らくまだサービス業について日が浅いであろう彼が、一生懸命仕事をしている姿は、見ていてすがすがしさを感じさせた。

一方おかみの態度は、お客様の前で、立場が一番弱いケンちゃんにイライラやストレスをぶつけていることが容易に想像できた。

ケンちゃん、どんな思いで働いているんだろう、それでも手を抜かずお客様に喜ばれるよう努力を重ねている。

ケンちゃんに投げられる辛辣な言葉のBGMに何とも言えない居心地の悪さを感じ、その日は追加のオーダーもせず、出ている料理を食べ終わるとそそくさと店を後にした。

帰りの車でも

ケンちゃん、大丈夫かな、あの人の下で続くかな

と不安が募った。

親戚でも友達でもないけれど、頑張っているケンちゃんを責めるだけの言葉は、私の心にも十分深く突き刺さった。

その後、その店を訪れることはなかった。

しばらくしてお店の前を通りかかると、お店は貸店舗になっていた。

確かにヒステリックな怒鳴り声を聞きながら食べる食事は、どんなにおいしい料理も味をなくしてしまう。

居心地の悪さがお店の評判までも落としていたのか。

業務に関する会話であれば、どんなに嫌味な聞くに堪えない言葉であってもお客様の前で発してよいのか。

その注意は、お客様の前で行わなければならないほど、緊急性を要するものだったのか。

自分の気分を優先して、一番立場の弱いアルバイトを感情的に注意するのはいかがなものか。

全て上から押さえつけるように注意するよりも、よりスムーズな接客ができるか、きちんと振り返る時間を持つことが重要だと感じた。


困った顔をしながら文句を全て受け止めていた、あのケンちゃんは今どうしているんだろう。


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ふむふむ
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