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パラシトスシンドローム 公演を終えて

初めまして。もしTLで私の事をご存知な皆様の中でこの記事を読んでいる方がいらっしゃいましたら、こんにちは。
龍(龍ノ弼)、又は松本と名乗る物です。

最初に、パラシトスシンドローム、両日無事終演おめでとうございます。

パラシストシンドローム(2024/11/21)を観劇し、プレミアム席の台本及びパンフレット、オリジナルサウンドトラック『死底』を拝聴させて頂き、ごく短い時間をかけてですが此方を書かせて頂きました。

⚠️注意事項⚠️

・指定特級機外秘情報にがっつり触れます。

・個人の解釈、考察、感想等、原作者の意図にそぐわない内容が含まれる可能性があります。

・そもそも間違いを書いていたら本当にごめんなさい。

・『厨二』作品(Dies irae等)にも言及します。するところは念のためこんな風に線引いておきますので嫌な方は読み飛ばしてください。

・4以降については完全に私情です。作品感想のみに触れたい方は前半でブラウザバックしてください。

・note書くの初めてなので読み辛かったら申し訳ございません。


1.感情のままの殴り書き、即ち感想未満

雑です。殴り書きなので。

全体について

よくこのコンテンツを時間内に詰め切ろうと思ったな(詰み切れてない『愛』が手元の資料中にも溢れています)
5年以上という歳月(プロジェクトが立ち上がる前からも含めるとどうなんでしょうか)を経て濾して濾して濾してきた超特濃厨二世界を原液のまま五感で脳髄にぶち込まれたので終演後は頭真っ白。

その筋書きは、ありきたりだが。役者が良い。至高と存ずる。ゆえに面白くなると思うよ。


メルクリウス『Dies irae』

幼馴染の女の子について誤解していた親友が和解して共に進む話?
敢えて『ありきたり』に見えるよう悪意をもって要約するとこうなりますが、公演を見終えた我々にはパラシトスシンドロームがこんな単純な話ではないと十二分に理解されていると思います。そのうえ役者…だけじゃなく音楽も照明も世界観も何もかもがいい。これで面白くないわけないだろ!!!

私は全くの専門外なので舞台上について語るのは控えますが、メインヒロインの声優兼主題歌に榊原ゆいを起用するって、、、あのさぁ、、、(感嘆)(号泣)(諦観)(その他色々)

BGMと演技と舞台効果が重なって、私の脳裏には難読漢字やらセリフやら何やら全てが液晶画面から出力されるような心地良すぎる『既知』がありました。

個人的に嬉しかった厨二要素について

※マジで一から十まで厨二なのでミリだけ抜粋します。

・必殺技(※詠唱付き※)
作品用に長くなり過ぎないように削ったんだろうか。シンプルなのに重い。
嫰雷(爆ゼ費ヤセ)
とか、雷の能力と設置型の爆弾(機雷)をかけてるとかオシャレすぎ…って一人満足してたら裏話に記載してあってなんか悔しい。他の解釈は難しすぎてまだ出来てない。

・主人公、空臥明人のシネスティマに対するミスリード
引っかかった。いやだってさ、他の『真位原型』がいないから比較しようがないじゃん!!!よく考えると糸出すだけなんて電気操るとか爆発物出すに比べて地味だしとは思うけど出力が規格外にヤバいんだと納得しちゃうじゃん!!!悔しいけど完敗です。そりゃ主人公に相応しい能力だったわ。

・十時玲止のシネスティマ『厳霊』
終末文明世界で電気を操る能力とか最強でしょ。みんな大好き。
関係ないですがBLEACHは厨二に目覚める前に触れていた作品でした。

・予想してたメンツが全身全霊で殴り合う場面での主題歌インスト
観客全員が絶対期待している一番アツいバトルシーン、明止と玲止の決戦時に流れる。場面ごとの書き下ろし楽曲のクオリティにも目を回す本作ですが、厨二バトルもので鉄板のこれを入れてくれてありがとう。

・作中では弱いと分類されるシネスティマは初見殺し『は』強い
全員にスポットライトを当てたうえで強者を引き立てる一石二鳥以上の技法

・エゴ・ファージと化して尚明人の為に殉じた摩弥
パラシトスシンドロームが相手を通して生まれるヒトの『感情』を何より大切に描いた作品だからこそより粋な演出だった

男が好きなオッサン、和歌月宗円
煙草が相棒、口調は軽いくせに常識の範囲内でやったら強い、自信のシネスイティマを補うための体術、その背景は年数分重ねた数えきれない実戦と質実剛健な日々の努力……はいこれ嫌いな人間いません!!
え、己の生きる意味だと信じていた奥さんも子供も他界してる??定益について(おおまかにでも)理解しているから、その時抱いていたヒトとしての感情が薄くなっていくのに気づいてる???意志強すぎない???軽率に惚れて申し訳ございませんでした。でも一番推しキャラです。

・死してなお
2にて後述します。厨二作品のキャラは本当にヒトの生死が絡む悲惨な運命を負っていることが多い。でもそこに魅力を感じてしまう。だから推しが死ぬ

・絶望的な黒幕
許さねぇぞ始原虚星☆
厨二作品の神様とか上位存在には碌な奴がいねぇな(キャッキャ)
腸の煮えくり返るような傲慢、圧倒的な『次元の差』をあのタイミングで登場させてきたの大丈夫⁉からの大丈夫じゃないけど一杯喰わしてやりました、良かった良かった。
始原生命代表(笑)犬伏さん、物語の尺的に形成(笑)さんみたいな情けない声をあげてましたが、プロフィールに『頭の回転が速くどんな場にもすぐ溶け込み、隅まで気が利く』と明記されてるので多分盤外では大活躍してる……と信じさせて。
ちなみに前線に立たない味方が黒幕になった展開を見て高濱作品の糞眼鏡が脳裏をちらつきました。私だけじゃないと思いたい。


2.『大死底』に込められた意味とは

帯の文章


この記事を書く前にサウンドトラックを取り込もうとしたんですが、
オリジナルサウンドトラック帯に書かれた一文
『終幕▼憎悪(アイ)と破滅(キズナ)の物語、ここに完結』
これ、本編を読み解く上でのヒントなんじゃないかと変な勘が働きました。だってヌビア氏の本業(?)はミュージシャンだと思っているので、何も意味のない文を当日販売のサントラに書くわけないし、完結って書かれた文章があのエンディングに何も関係ないわけないんじゃないかと。

考察としてこの作品を作り出したヌビア氏は、『死を以ってこの物語を終幕』させたかったと私は考えました。
実際この作品は、空臥明止、十時玲止、沓空聖佳という主要人物3名の『死』『破滅』により幕引きを迎えました。ですが彼等はただ命を落とした訳ではありません。それは観劇を終えた皆様ならよくお分かりでしょうが、この3人の最期を私なりに台本とかパンフレット読み直しまくって振り返りました。

特に、ヒロインにも関わらず開始時点で死亡している沓空聖佳について、
非常に大きな意味合いを持つと考えました。

彼女はその存在の大きさ故に
・『聖佳のための計り知れない憎悪』という明止の感情
・『聖佳に対するは自身のものではない』という玲止の疑念
を生み出してしまったのではないでしょうか。

ですが闘いの果てに明止は玲止から真実を知り独白を受け、その玲時に向けていた『憎悪』こそが聖佳への『愛』であるからそれを果たすよう総てを託され、回想を経てそれを確信へと変え、「完全不動一化」しました。

しかしヒトである事を捨てて戦っても応えないチート野郎犬伏。
その様子を見た和歌月さんは、発見した聖佳と明止を引き合わせ、ヒトとして尊厳を持った『破滅』を提案しました。(このオッサンどう見ても惚れるしかない)

そして最後、聖佳のパラシトスに触れたことで明止は
・『聖佳のための』という玲止と共通のヒトとしての感情
を抱いていたと自覚し、救いを得ることで『絆』を育んだ3人一緒(玲止の全てを喰った明止と聖佳)で『破滅』し物語を完結させたのです。

全てのピースがピッタリハマりました。
「これはヒトであることを諦めなかった者達が、憎悪(アイ)を果たす物語。」
構成に度肝抜かれてこの素晴らしさを言語化すべく文字通り一晩中頭捻りまくりましたが、第三者に伝わる文章になってるか本当に怪しい朝5時。

パンドラの筺の『希望』とは

最後にもう一つ、エピローグで聖佳が語るパンドラの筐の『希望』とは何だったのでしょうか。

私はそれを『生誕』なのではないかと考察しています。
根拠はエンディングテーマの依草付木の楽曲解説にありました。
・「死者の魂が次の生を受けるまでの間、植物に依りつくこと」
つまり『破滅』の物語を迎えたが『絆』で結ばれた3人には『生誕』という『希望』が残されている…ということです。
もう一つの根拠は表題、『大死底』にあります。
意味が一切合切不明なのでググってみると……

「大死底」とは肉体の死ではなく、あらゆる執着(しゅうじゅく)を捨て切った境地のことです。死にきった時に初めて、生き返ったかのように自由自在のはたらきが現れるのは何故か、という趣旨です。

禅語に親しむ 平成29年度|愛知学院大学 禅研究所

これは、と衝撃を受けました。
物語の最後で死に切った3人は、生き返った≒『生誕』し直したときに自由になることが出来ると私は解釈します。させて下さい。

この『宇宙』には未だ語られていない無数の物語が存在するとのことですが、どんな世界でも、新しい生を受けた 空臥明止、十時玲止、沓空聖佳 の3名が固い『絆』『愛』で結ばれ、笑いあって生きていけますように。

(これ第五神座・輪廻転生じゃない…?ここまで回収してくれるの???)

3.ヌビア氏の偉業


こと物語を製作をするにおいて、それを完結、『終幕』させるまでに必要な労力を、一次二次関わらず携わったことのある方々はご存知だと思います。私も執筆をしたことがありますから1ミリくらいは分かっているつもりです。
好きなとこだけやっても人に見せられる形に大抵の場合はなりません。

パラシストシンドロームという作品は、5年以上の歳月を掛けて制作された(公演パンフレット参照)わけですが、それを自身の楽器であるチェロの生演奏を含む『朗読舞台』という最高の形で『終幕』させた事が、アーティストでありプロデューサーであるヌビア氏の偉業です。
設定作ってシナリオ書いて舞台のコンセプト練ってゲストとかスタッフ招集して楽曲書いてその他の常人では知り得ない業務やって練習して本番で観衆の前で演奏して無事終わらせたとか何人分の仕事してるんでしょうか。化け物だろ。(誉め言葉)

作品の世界……というか『宇宙』が『劇』という形で『開演』されたことで、劇を見た我々は『宇宙』の『誕生』を共有されたと言えるでしょう。(某怒りの日風に言うならば『流出』を体験した、しかもこの『世界』は練りに練られまくった完成系厨二世界です、最高か?)

4.謝罪

※上記の通り、以下は筆者私情のため作品のみに触れたい方は読み飛ばし下さい。









‘‘朗読舞台パラシトスシンドローム‘‘に関わった全ての方、本当に申し訳ございませんでした。

同じ作品に多からず少なからず人生を変えられ、私のアカウントを当時からフォローして下さっているご二人(総合製作:ヌビア氏 イラスト担当:エターナル14歳氏)、特にごめんなさい。DM凸する勇気はありませんでした。


以下懺悔

2024年10月6日
7月の末から、平たく言えば鬱状態で会社通勤をドクターストップにされていた私は「なんでこの時期に」とヤケクソになりながらも財産の半分を叩いてパラシトスシンドローム、11/21日公演のチケットを買った。実質ニートに、木曜も金曜も関係ないから予定がなさそうな木曜にした。
ちょこちょこ情報が流れてくるこの作品を見逃すと絶対に後悔すると心の中の厨二病(マガツバライ以来働いてなかったかも)が囁き続けていたので衝動的に買った。そもそも観劇という行為を碌にしたことのない私が、なぜプレミアムにしたのかは、フォロワーが『演劇の席や特典に金を惜しんではいけない』と言っていた、或いはつぶやいていたからである。
私はこの程度の人間だったと、今振り返れば思う。

2024年11月21日
以前からホームページの設定資料と格闘し、「本当にこれだけで大丈夫だろうか」と不安も残る中、迎えた当日。私は手持ちの現金の問題上、車で会場に行く以外の方法が無かった。
それでも前日と出発の30分前に所要時間をチェックし、眠気予防の為にコーヒーも飲んで、珍しく洒落たコートを着込んで終末世界っぽくして私は万全を期して会場へ向かった。はずだった。
だが私は絶望した。交通渋滞に嵌ったのである。開演時間の1時間前に到着する筈だった到着時刻は、30分前、15分前と迫り、気が付けば18時半になっていたが、車は碌に動かなかった。どんなに性能の良い車であろうと、どんなに腕の卓越したドライバーであろうと、この状況を解決することは不可能だ。時刻が無慈悲にも18時半をさしたときでさえ、私は酷い後悔に苛まれながらシフトレバーを1速と2速で動かすことしか出来なかったのだ。
無限に続くかと思った車の群れを抜け、会場に到着したのは19時を悠に回っていた。正確に着席した時間を私は記憶していないが、間もなく入った休憩で台本を読み返すことだけは出来た。
以後は最悪の後悔に苛まれながら最高の瞬間を過ごした。自分がどれほど愚かしい行為をしたのかが毎秒染み込む世界だった。
終演後、行きの三分の一にも満たない時間で私は家に帰着した。


要は初日公演の際、私は遅刻しました。自分が屑過ぎて死にたい。
故に聖佳が自分の『死ぬこと』に対する吐露と明止、玲止の問答に泣いてました。此方の状況が惨め過ぎますが。一応これとは関係なく希死念慮とは10年近く戦ってきた身です。専門医に鬱状態判定されてますが。(徐々にですが回復中です)

noteを書こうと決心したのは、
①所謂『爪牙』が総合製作を手掛けたどう考えても私の癖にしか突き刺さらない‘‘パラシトスシンドローム‘‘という作品の感想や考察を140字以上で好きなだけ述べたかったこと 及び、
②まだ幾らでも可能性を考慮して手を打てたのに一生に一度しか観ることの出来ない公演に遅刻するという愚行を懺悔したかったこと
上記二つの理由です。

11/22の公演を完全に見るという手も考えましたが、様々な事情でこれは断念し、その分noteを書くことに注力すると決めました。

この後悔を十字架としてこれからの人生を歩まなければならないでしょう。
唯々自分が情けなくて辛いし悔しいですし、本当に申し訳ございません。









5.厨二病に愛を込めて

世間一般では、厨二『病』と呼ばれるから、痛ましいもの、疎むべきもの、マイナスなものへとイメージされるだけであって、『厨二病コンテンツ』は人を選びはしますが素晴らしいものです。

ですがこれは非常に難産なコンテンツであることも否定は出来ません。宇宙創生から始まる世界観、洒落た技名や口ずさみたくなる詠唱、現代人の心象に確かにある見えざる『感情』を奮わせる展開……そうした全てを乗り越えて‘‘パラシトスシンドローム‘‘というコンテンツが『誕生-開演』し、その幕を下ろしました。この作品を通して、『厨二病』ならではの熱量、メッセージ性、浪漫、忘れかけていたものその他色々沢山を、再び私は取り戻すことが出来ました。またこの作品を通して『厨二病コンテンツ』の良さを知り、探求していく方々が一人でも増えることを望むばかりです。私もなんかまた書きたくなってきたけどこれを見せられた後とか絶対書ききれる自信がありません。

聖佳の能力が『糸』であった理由とか摩弥がもっと強い保菌者だったらとかいう妄想とかもっともっと書き記したいことがあるんですが、作品のほとぼりが冷めぬように投稿したいし私の体力が限界なので、この辺りで〆ます。

また、来月には件のDies iraeが秋葉原でコラボカフェを開催するということで、本日発表されたメニュー内容に『爪牙』として勇み喜び発狂しております。あの作品を通して『厨二病』に感染した私としては、パラシトスシンドロームというコンテンツに、個人が達成できる限界を遥かに超越したリスペクトが込められていることに一単語だけで済ませてはいけない宇宙創造レベルの衝撃をともなう超色々な感情を爆発させておりました。

最後に一次二次問わず創作活動を続け、世に解き放ってくれる全ての方々に、この場を借りて感謝申し上げます。

改めて 朗読舞台パラシトスシンドローム 終演おめでとうございます!!



拙い文章ですが読んで頂きありがとうございました。

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