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かつて"こころ"だった私へ【#かがみの孤城感想文】
唐突ですが、昔話をします。
「タヌキとキツネの化かしあいみたい」
あなたはかつて、同級生とのやりとりを
こう、評したことがありました。
当時あなたは、誰のことも信じられませんでしたね。
ある日、教室のあなたの机に、小刀で悪口が彫られていたことがありました。
中学1年生の頃です。
刃物を使った悪意を見知らぬ誰かからぶつけられて恐怖した日のことを、昨日のことのように覚えています。
ここで取り乱したら負けだ。
机の傷を見つけた時、あなたはそう考えました。
絞り出すように、でも周囲には軽く聞こえるように口にした言葉は、
「ちょっとぉ~。これ、私の私物じゃないのに~」
でした。
あなたが泣き出す姿を見たかった誰かさんは、拍子抜けしたかも知れませんね。
あなたは、このことを親にも先生にも言いませんでした。
いえ、言えませんでした。と言った方が正しいでしょうか。
犯人がわからない以上、いたずらに騒ぎ立てても何の解決にもならない。これまで学校で起こるトラブルから、あなたはそう学んでいましたから。
3ヶ月以上たったある日、あれを彫った人物は、「別のクラスの女子だ」と、そっと教えてくれたクラスメイトがいました。
でもそれだって、けして親切で教えてくれたわけではないのです。彫ったとされた人物と、そのクラスメイトは、これまで仲良しだった。けれど最近、仲違いした。
つまり教えてくれた彼女は、犯人を"売った"のでした。
今でも思います。あの時こう言ってやればよかったと。
「へぇ~、そうなんだ。で、どうしてあなたは、今それを教えてくれたの?」ってね。
私、意地悪でしょうか。
でも相手が、どんな反応をするか見てみたかったと思いませんか?
ずいぶん昔のことで、あの時は冷静に対処したつもりだったけど、私の中にふつふつとした怒りが残りました。
私の机を傷つけた人物に。
それを黙って見ていたくせに、謝罪もなく後になって私にバラしたクラスメイトにも。
大人になって、すっかり忘れたと思っていたけれど、今でも許してなんていません。
だって、私はあなたなんですもの。
辻村深月・著『かがみの孤城』
を読んで、かつての私も意地悪な世界の住人だったことを思い出した。
この物語の主人公、中学生の"こころ"は、現在、学校に通っていない。あることがきっかけで、通えなくなってしまったのだ。誰にも助けを求められなかった彼女は、じっと家にひきこもっている。そんな彼女が、ある日突然、鏡の向こうの不思議なお城に召喚されたことから、物語ははじまる。
当時の私が、この作品に出会えていたら、どれほど心が慰められたことだろう。
同世代の人間とのヒリヒリするような関係。
わかってくれない大人たち。
また学校で嫌がらせを受けるかも知れない。
という思いは、私の中で常に拭いされなかった。
幸い(?)にも私は、「売られた喧嘩は買うぜ」みたいな好戦的な性格。
他にも、支えてくれる友人達の存在で、学校に通い続けることが出来た。
そうでなかったら、私も家にとじ込もっていたかも知れない。
かつて中学生だった私の前で、鏡が光ってお城に迎え入れられることはなかった。"オオカミさま"や6人の心強い仲間が現れることもなかった。
でもかつての私が、この本を読めていたら、
"こころ"は私だ!この物語は私の物語だ!
と大いに勇気づけられたことだろう。
私もこの物語の"こころ"とまったく同じ理由で、上記の嫌がらせを受けたからだ。
猜疑心が強くなった中学生の私は、手探りで信じられる人間を見つけるしかなかった。
その人物が何を言ったか、じゃなくて。
どう行動したか。
で、信じられる人間かそうじゃないかを判断出来ると気づくまでに、ずいぶんと時間がかかった。
大人になってしまった今、この本はもう私の物語ではないのかも?
なんて、読みながら一瞬考えてしまったけれど。
そんなことない。
傷ついてないフリしてきた強がりの私の代わりに、登場人物たちが物語の中で奮闘していた。
傷つき、傷つけあいながらも一歩を踏み出そうとしている登場人物たちと一緒に、本を読みながら私も一喜一憂した。
この物語は、読む人それぞれで感じ方が変わる作品だろう。
もしかしたら、この物語を読むことで、自分のツラい過去を追体験してしまうかも知れない。
でも見ないフリしてきた自分の気持ちを、読書というカタチで目の当たりにして、登場人物が救われる姿を自分のことのように感じられる。
お城の謎が解かれ、登場人物たちが一歩踏み出す日が来た時、自らも圧倒的な爽快感を得られるはずだ。
大人になった私の中にこっそりいる、未だ成長しきれていない私。
作品の中で登場人物たちに向けた"こころ"の手は、そんな私にも差しのべられた気がした。
ちゃんと届いたよ。
私はもう、けっこうな大人だけど、この物語を読めて本当によかった。
猜疑心が強かった中学時代の私へ
今、あなたの手元に『かがみの孤城』はない。
あなたは自ら感じた怖い思いや悔しい思いを、しばらく抱えて生きていくことになるだろう。
でもこの物語は、あなたの思いを掬い上げてくれる。
誰かを信じる、という気持ちを思い出させてくれる。
大人になった時、必ずあなたの元にこの物語は届くから。
"未来で待ってて。"