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延命治療は走馬灯の一部でしかなかった

わたしのbioの、この一文について

わたしにとって、生きているうちの楽しみや
苦しみ、美しい景色も地獄のようなあの日々も
全部全部、ただの延命行為でしかない。

21歳。

まだ自分の中の少女を脱ぎ捨てられないわたしは、これまでの人生で何度死にたいと嗚咽しただろうか。

心ごと自分を売って、どうしようもない絶望の底にいても
わたしはずっと死にきれない。

抱えきれない希死念慮とともに生き永らえて
延命治療という自傷行為を繰り返す。
こんなにも苦しいのに、散り際になれば
儚くて尊い走馬灯の一部でしかないなんて。

なんて、皮肉な人生なの。

そんな人生がなんだか愛おしくて、
けれどいつか救われますようにと祈って
アカウントの開設当初から変わらずわたしのお守りとなっている言葉。
わたし、あなたのことも救ってあげたいから、
見ててくれると嬉しいな。

furi

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