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油絵茶屋再現展

木下直之の名著『美術という見世物』(筑摩書房、1999)に詳述されている「油絵茶屋」を再現した展覧会。同書によれば、「油絵茶屋」とは庶民がお茶を飲みながら油絵を楽しむ見世物で、明治7年(1874)、五姓田芳柳と義松の親子が浅草寺の境内で催したという。「美術館」も「展覧会」もなかった時代に、日本で初めて催された油絵の展覧会である。

当時の油絵は現存していないが、アーティストの小沢剛による指導のもと、東京藝術大学の学生たちが残された資料を手がかりに絵を再現し、同じく浅草寺の境内に建てた小屋の中に展示した。発表されたのは12点で、いずれも歌舞伎の役者絵。キャンバスではなく板の上に描かれ、大半は黒い額に収められているが、なかには背景から人物や動物を自立させたインスタレーションもある。

おもしろいのは、再現とはいえ、それぞれの描き手の個性があらわになっていること。森本愛子による《職人の酒盛》は日本画のように細い線と薄塗りの絵肌だが、花魁を描いた小山真徳による《金瓶桜今紫》は厚塗りだ。二代目市川團十郎が演じた関羽を描いた菅亮平や盗賊の首領《日本駄右衛門》を描いた高橋涼太など、男性の描き手が緻密な筆致による丁寧な写実性を追及しているのに対し、怨霊による復讐劇を描いた高城ちひろや人気力士の苦悩を描いた福田聖子など、女性の描き手が大胆かつ情動的な表現を試みている違いも興味深い。物珍しさに誘われたのか、浅草寺の参拝客が続々と小屋に流れ込み、非常に多くの人たちが油絵を楽しんでいた。

とはいえ、気になった点がないわけではなかった。それは、見世物小屋としての不徹底ぶり。提灯や幟が明らかに不足していたため、見世物小屋にしては地味すぎるし、周囲の賑々しい露店に埋没していた印象は否めない。木下によれば、「油絵茶屋」には絵から口上が奪われていく近代化の歴史が体現されているそうだが、浅草界隈の芸人を呼んで画題について解説させるなどの工夫があってもよかった。そもそも「油絵茶屋」が見世物として成り立っていたのは、油絵が当時のニューメディアだったからであり、勝手知ったる画題が新奇な形式で表現されていたからこそ、庶民は「油絵茶屋」に好奇心とともに群がっていたはずだった。だとすれば、学生たちが熱心に取り組んでいる「油絵」という技法こそ、徹底的に見直す必要があったのではないだろうか。

初出:「artscape」2011年12月1日号

油絵茶屋再現展                           会期:2011/10/15~2011/11/15
会場:浅草寺境内

※写真はすべて「小沢剛 不完全 パラレルな美術史」(千葉市美術館、2017)より。

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