おおいたトイレンナーレ2015
大分市の繁華街で催された芸術祭。昨今、都市型の芸術祭はおびただしいが、この芸術祭の特徴は「トリエンナーレ」ではなく「トイレンナーレ」という名称にあるように、会場をトイレに限定している点にある。だから来場者は市内に点在する公共施設から百貨店、雑居ビル、飲食店、商店、公園などにあるトイレを探し歩くことになる。もちろん、尿意を解消するためではない。作品を鑑賞するためである。
参加したのは、西山美な子や藤浩志、藤本隆行、眞島竜男、松蔭浩之ら、16組。トイレという狭い空間に展示する必要性がそうさせたのだろうが、大半の作品はサイズが小さく、たんなる装飾と化しているものも多い。そうしたなか、その狭小空間を逆手にとってひときわ強い印象を残したのが、「目」である。
「目」はアーティストの荒神明香、ディレクターの南川憲二、制作統括の増井宏文によるチーム。
先頃閉幕した「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2015」でもコインランドリーを使った作品を発表して大きな話題を呼んだ。今回、彼らが作品を展示したのは、商店街の一角にある寝具店。色とりどりの寝具が立ち並ぶ店内を抜けると、バックヤードの暗がりにトイレがあった。室内にはトイレットペーパーや神棚が置かれた、いたって普通のトイレだが、唯一風変わりなのは、ひとつの壁面に映像が投影されているところ。鉄道車両の先頭から撮影されたのだろうか、どこかで見た覚えのある景色が次々と流れていく。その記憶の源がこの寝具店の店内であることに気がついた瞬間、トイレの壁面に沿って小さな鉄道模型がゆっくりと通過していった。そう、彼らの作品は店内にNゲージの線路を縦横無尽に張り巡らせ、そこを走る鉄道模型から風景を撮影した映像をトイレで鑑賞させるというものだったのだ。
むろん映像を見ていると、まるで小人になったかのように、店内を移動していく楽しさがあるし、直線の線路の傍らにプラットフォームの模型が設置されているため、駅を通過するような感覚も味わえる。だが、この作品の醍醐味はそのような映像を、まさしくトイレという狭い空間で鑑賞するところにある。
トイレとは、言うまでもなく、他者の視線が遮られた、ごくごく個人的な空間である。だが、そのような没社会的な空間であるにもかかわらず、いやだからこそと言うべきか、人間の想像力はその密閉された空間を越えて、どこまでもはてしなく広がりうる。ひとつの肉体を収める程度の狭小空間を基点にしているからこそ、想像力は大きく飛躍すると言ってもいい。「目」の鉄道模型は、たんに狭い空間を有効活用した作品ではない。それは、私たちが常日頃トイレで繰り広げている孤独な想像力の軌跡を美しくなぞっているのである。
初出:「artscape」2015年10月01日号
おおいたトイレンナーレ2015
会期:2015年7月18日~2015年9月23日
会場:大分市中心市街地各所
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