風間サチコ展「没落 THIRD FIRE」
風間サチコほど同時代と向き合い、それを表現しようと格闘しているアーティストはいないのではないか。東日本大震災以後、原子力発電所という戦後日本にとっての内なる敵を表現するアーティストは依然として数少ないが、そうしたなか風間こそ最も突出してすぐれたアーティストであることを、本展は証明した。
その理由は、同時代の主題に取り組む類まれな粘り強さが、作品の端々からにじみ出ており、それが見る者にたしかに伝わってくるからだ。それは版画というメディアに由来する制作技法上の持久力ばかりではない。風間は作品を制作する前に徹底したリサーチを繰り返しており、歴史の知られざる事実を掘り起こすことで、それらを作品のなかに巧みに取り込んでいる。原発事故を起こした福島第一原発が建つ土地には、かつて陸軍磐城飛行場があり、多くの若者たちが特攻隊員として戦場に飛び立っていた。しかも長崎に原爆が落とされた1945年8月9日、米軍による空爆によってこの基地は壊滅したのである。
風間サチコの版画作品には、こうした歴史的事実と時事的な出来事が造形面でみごとに融合しているが、その根底には言いようのない怒りが満ち溢れている。それは、原爆を日本人の頭上に落としたばかりか、それと同じ原子力の平和利用を嘯きながら原発を日本に売りつけた米国への怒りであり、それを積極的に受容して、原発事故以後も強引に再稼働を推し進めようとする財界人への怒りであり、こうした事態をみすみす甘受してしまっている私たち自身への怒りでもある。
《噫!怒涛の閉塞艦》は、風間の粘り強い怒りがみごとに昇華した傑作である。横幅4メートルを超える大作で、荒波のなかを突き進む戦艦を描いているが、その艦上には水素爆発した福島第一原発と東京電力の本店が見えている。後景には広島と長崎の原爆によるキノコ雲と、1954年にアメリカの水爆実験によって被曝した第五福竜丸、そして日本初の原子力船である「むつ」の亡霊。それらを飲み込むほど迫力のある荒々しい海波は、戦時中の軍艦を勇ましく描いた絵はがきから引用されたという。つまり、戦争に突き進む高揚感と破滅を重ねあわせながら原子力をめぐるクロニクルを描き出したのである。
この戦艦が向かう先は目に見えている。これを止めるには、わたしたちは「怒りの持久力」をもっと学ばなければならない。
初出:「artscape」2013年02月01日号
風間サチコ展「没落 THIRD FIRE」
会期:2012年12月8日~2013年1月19日
会場:無人島プロダクション/SNAC