【番外編】「台湾・金門島視察記」後編

ー「台湾有事についての論考」ー

○ 台湾情勢についてディベート

3月22日、夜の会食後、台湾情勢についてディベートが行われ、以下のような意見が述べられた。

このメモは筆者が聞いたことのみならず若干の補足を加えている。

A氏(ジャーナリスト):「外省人」による台湾軍部の支配

台湾軍の上層部は、蒋介石・国民党軍と共に中国大陸各地から台湾に移り、
台湾人として定住している「外省人」が支配しています。

従って、台湾軍部は中国と繋がっているのは当然です。

2024年1月に予定される総統選挙は台湾内政のみならず東アジアにおける
米中の覇権争いに決定的な影響を与える可能性が高いと思います。

もしも、台湾独立派の与党民進党{頼清徳(らい せいとく)氏などの出馬が
予想される}が親中派の中国国民党{趙少康(ちょう しょうこう)氏などの出馬が予想される}に敗れることになれば、中国と気脈を通じた軍部とともに、一挙に一種の無血クーデターにより、台湾は中国の陣営に取り込まれる
可能性があると思います。

B氏(欧米系ジャーナリスト、米共和党支持者と見られる):米中の水面下での握手

バイデン政権は台湾に肩入れしているように装っているが、実は水面下では中国とは緊密な関係を維持しています。

また、現在の米軍の戦力では中国と戦争をしても勝てる保証はありません。

中国は、アジアから米軍を追い出すことを執拗に追及しています。

中国はそれに加えて、日本に手痛い打撃を加えることを基本戦略としています。

(筆者注:太字の部分は、中国が日本を力により屈服させ、意のままに支配する目的で「手痛い打撃を加える」のだと理解した)

C氏(ジャーナリスト):大陸派(中共シンパ)台湾人の存在

台湾人は強かというか何というか、アメリカと中共を天秤にかけています。

一部は、いや半分くらいは、中共と通じています。

中国と台湾とは、情報も含めていろいろ裏でつながる部分もありますので、
我々の目からは見えない部分も多いと思います。

往時は李登輝と江沢民の間にパイプがあったと聞いています。

来たる台湾有事では、勃発後程なくして、台湾軍の一部が内応して台北の一部を占拠し「新政権」を名乗り、中共がいち早くこれを「台湾省」として
承認するシナリオも考えられます。

ロシア等の親中国国家群がこれを承認し既成事実化を図るものとみられます。これは、2014年のロシアによるクリミアの併合に似ています。

無論、日米欧はこれを認めないのは当然ですが、台湾政府(選挙による正統政権ではない)を支援して軍事介入する可能性は低いのではないでしょうか。

それは、香港の中国化の経緯を見れば明らかです。

○ 台湾の今後についての三つのシナリオ

台湾の今後のシナリオは次のようなものが考えられる。

いずれにせよ、中国の台湾に対する政治・軍事の両面にわたる政策・戦略
――習近平の判断――は、煎じ詰めれば、結果として、現在進行中のロシアによるウクライナ侵攻の成否が大きく作用するものと思われる。


シナリオ1:現状のまま推移

これまで、おおむね三半世紀の間、緊張が高まったこともあったが現状
(事実上の台湾独立)のまま推移してきた。

昨今、台湾有事が喧伝されるのは、

  1. 中国の経済・軍事面での台頭で、米中のパワー・バランスが接近し、米中の覇権争いで中国が従来よりも有利になりつつあること

  2. 習近平という冒険主義的な元首の誕生

  3. ロシアによるウクライナ侵攻で、力による現状変更が試行されていること

などがその背景にあるからではないか。

中国が台湾に軍事侵攻すれば、ウクライナ戦争とは異なり、
米中の間にはNATOのような軍事同盟である、一種の緩衝材は存在せず、
米中の直接武力対決にエスカレートする可能性が高い。

そのことは、逆に見れば、中国は米国との直接対決することを恐れ、
台湾侵攻には慎重にならざるを得まい。

米国を中心に日米同盟、クアッド(自由や民主主義、法の支配といった
価値観を共有する日米豪印4ヶ国による安全保障や経済を協議する枠組み)及びAUKUS{オーストラリア・イギリス・アメリカ(アングロサクソン)の三国間の軍事同盟}などにより中国の挑発・冒険を抑止することに成功すれば、シナリオ1の可能性は十分にある。

言うまでもないが、関係国の悲劇・損失を回避するためには、最良のシナリオである。

シナリオ2:戦争なしに、選挙などで中国が台湾併合(香港の成功例)

中国は平時から台湾に対して限界・制限を超えた超限戦{あらゆる制約や境界(作戦空間、軍事と非軍事、正規と非正規、国際法、倫理など}を超越し、
あらゆる手段を駆使する「制約のない戦争(Unrestricted Warfare)」を仕掛けている。

中国は、当然、2024年1月に予定される総統選挙で、中国の意に沿う中国国民党が台湾独立派の与党民進党に大勝するよう陰に陽に工作するのは明白だろう。

とはいえ、台湾国民は、外省系であっても、公言はしていないものの、
大陸への好嫌様々で、中国国民党がやすやすと民進党に勝てる保証はない。

民進党の台湾は、したたかに現状(平和)を維持しつつも、50年後か100年後の長期戦略では、共産主義国家の中国が自壊し、大陸全土を台湾化――小が大を呑む、事実上の台湾による中国併合――するシナリオを描いているのは確かだろう。


シナリオ3:台湾軍部のクーデター・内応を利用した台湾併合

中国の超限戦の矛先は総統選挙だけにはとどまらない。

ジャーナリストのA氏が指摘したように、台湾軍は「外省人(大陸派)」により支配されていることを考えれば、皮肉なことに、中国が台湾を併合する
「スーパー戦略」は、本来、台湾を防衛するはずの台湾軍を中国の味方につけ、台湾を併合するやり方があるのではないか。

その方法としては、台湾軍によるクーデター成功で、台湾が事実上中国に併合させるシナリオもあるが、それよりも、中国に内応する台湾軍部の一部によるクーデターをトリガー(呼び水)として、中国が台湾に侵攻するシナリオの公算は相当大きいと思われる。

そのようなシナリオは次項のシナリオ4に該当する。

いずれにしても、中国は、併合の最終的な仕上げには、台湾国粋派の軍人グループの壊滅や、米国シンパの政治家・経済人などを排除するためには、
中国軍を台湾に侵攻させることになろう。その場合、台湾軍の一部・全部との武力戦になる可能性がある。このパターンは、英国軍が撤退した香港とは異なるパターンである。

英軍が撤退した香港では、香港独自の軍隊は存在せず、香港の学生を中心としたデモ隊は中国人民武装警察部隊により"赤子の手をひねるように"
容易に鎮圧された。

このように中国は、台湾併合のためには、大陸派の台湾軍部のみならず経済界の人士(利益を追求する大陸派の経済人士は、中国経済の大きさから、多数存在していると見られる)を最大限に活用すること間違いなかろう。

勿論、これらの人士・グループは、中国が台湾工作を行い、スパイ活動をする温床でもある。

その台湾は、内政上の配慮や日台関係を維持・増進保するためなのか、中国派(シンパ)の軍上層部や市民勢力の存在については沈黙している。

中国による台湾軍への浸透(将校の獲得・利用)については、メディアなどでは余り取り上げられてはいないが、注目を要するところである。

ちなみに、3月7日付の日経新聞では、朝刊で「台湾軍幹部OBの9割は中国に軍事情報提供」というショッキングな報道があった。

中国が台湾を併合する「スーパー戦略」に似たオペレーションはロシアとウクライナで確認されている。

2004年のロシア・プーチンによるクリミア併合や今回(2022年2月24日以降)のウクライナ北部・東部侵攻において、ロシア派のウクライナ人グループを
最大限に利用した。

シナリオ4:中国軍の台湾侵攻

中国軍の台湾侵攻のシナリオについては以下の二つのパターンが考えられる。

シナリオ4-1:
米国が参戦、米中戦争勃発、第三次世界大戦にエスカレートする可能性


米国などによる中国に対する抑止が失敗し、中国が台湾に侵攻するシナリオである。

習近平は中国が台湾に侵攻すれば、米中戦争にエスカレートする可能性があり、その場合、中国自身も甚大な被害を被ることは百も承知だろう。

しかし、習近平は敢えて台湾侵攻を断行する可能性も排除はできない。

習近平の心の裡はどうなのだろうか。

そのことに関して天安門事件の最中に中国に留学した経験のある
石橋孝三氏{(株)光タクシー社長}は次のように述べている。

情勢予測の中心には国家体制の違いを据えるべきだと思います。

全体主義国は中枢への権力闘争→把握した権力(独裁)維持→国益の順になります。

自由主義国家では国益(主に民意)が第一優先になります。

戦前の日本では「国民の犠牲」よりも「国体の護持」が優先されましたが、
習近平も「習近平体制の維持」が最大の目的だと思います。

習近平が最も忌避すべきシナリオは、台湾に対する軍事侵攻が長期化し、
泥沼化することです。

現在プーチンがウクライナ戦争で短期決戦に失敗して泥沼化しているのと
同じ状況になることです。

そうなれば、「習近平体制の維持」が困難になるのは明らかです。

現状の中共軍には短期間に台湾全土を渡洋制圧する力量はありません。

習近平は台湾独立宣言を阻止するために、恫喝はしますが、台湾への軍事侵攻に踏み切る可能性は低いと思います。

石橋氏も指摘するように、「シナリオ4-1」が起こる公算は低いと考えられる。


シナリオ4-2:
ウクライナ戦争と同様に日本・台湾が中国と代理・限定戦争を実施

この場合、米国は対中戦争(世界規模の核戦争にエスカレートする可能性)を回避し、米中戦争にエスカレートしない範囲で代理戦争を行う日本・台湾を
間接的に支援する。

戦場は日本・台湾のみに限定し、日本・台湾による中国本土への攻撃は、ウクライナの場合と同様に抑制される。

勿論、核を使用の限定も米中暗黙の合意だ。

日・台両国ではウクライナと同様に、多くの犠牲者が生じ、国土は焦土と化す。

ここで注意すべきは、ウクライナの場合は、大陸で国土も広く、その西には陸続きの同じスラブ国が存在する。縦深(奥行き)が深いが、日本と台湾は共に島国で縦深(奥行き)に乏しく、人口も経済インフラも周密なので、そのダメージは深刻になることを銘記すべきだ。

また、戦争がウクライナ戦の様に長期化した場合、台湾は、海外からの兵站補給が困難なうえ、台湾東部(太平洋側)の山地には防衛陣地が十分でないことを考えれば(中国は太平洋側に回り込んで東方から台湾を攻撃できる)、台湾の防衛は至難と思われる。

台湾の軍事戦略のポイントは緒戦で中国軍に深刻なダメージを与え、
長期戦を回避することであろう。

○ 台湾有事に日本人が台湾に肩入れしようと思う背景

第一は、台湾が中国の支配下に陥れば、石油の輸入コストが高騰し、わが国の経済が壊滅的な打撃を被るという理由だ。

このことについて、ある友人からのメールを紹介する。

ご既承の様に我が邦は、殆どの資源を海外に依存しております。

船主協会作成資料によれば、原油の90%強がペルシャ湾からの輸入です。

中国による台湾侵攻の際、中国の制空権が比国東岸まで及ぶと日本の民間商船は第二列島線の外側(日本・グアム・サイパン・メルボルン・パプアニューギニア)を通らざるを得なくなると思います。

現在の南シナ海ルートの2倍の航海日数が必要となります。
年間6航海ほど出来ていたのが3航海程度となるでしょう。

船腹量も足りなくなりますし、中国人船員は危なくて雇用出来ないと考えますので船員不足に拍車が掛かります。

火力発電に多く依存している我が邦は電力不足に陥ります。

これでは我が邦の経済は壊滅的な打撃を被るものと考えます

第二は、李登輝総統と金美鈴氏を代表とする対日工作であろう。

このことを"工作"と位置付けるのは両氏に申し訳ない気がするが、結果として二人の活動は"工作"に値する成果を上げている。

二人の対日活動は「下心」など微塵もなく、赤誠の為せるところで、自然で、見事であり、結果として、日本人を台湾シンパにするうえで大きな成果を上げている。

もう一人偉大な「愛日家」を紹介しよう。

それは、司馬遼太郎氏がこの上なく敬愛した蔡焜燦(さいこんさん)氏である。

週刊朝日連載の司馬さんの人気シリーズ「街道を行く」で台湾が取り上げられたのが1994年である。

その内容は後に「街道を行く 台湾紀行』(朝日文庫)」で一冊の本にまとめられている。

『台湾紀行』と対を成すのが、蔡焜燦氏の『台湾人と日本精神』(小学館)である。

日本で14版を重ねるロングセラーとなっているこの本は、『台湾紀行』と
表裏一体の役割を担っている。

多くの日本人読者が『台湾人と日本精神』に大きな感銘を受けたのは確かなようだ。

この本の中で、蔡氏は「台湾に残っている『日本精神』」をマッカーサーの洗脳で「日本精神」を喪失した日本人に向けて語りかけた。

蔡氏は、日本精神に基づく日本の統治が台湾社会の発展にどれほどのプラスの面を与えたかを力説し、「日本人よ、胸を張りなさい」という例の名文句で日本人を励ました。 

戦後の自虐史観――植民地統治=悪という単一的な歴史観――に慣れきった多くの日本人には、蔡氏からこのような話を聞くことは予期もせぬ衝撃的なことであり、敗戦のトラウマで打ちひしがれていた心に一条の光明を与えてくれた。

李登輝総統、金美鈴氏、蔡焜燦氏の共通点は、戦後の自虐史観の中で悩み苦しむ日本人に、その良き精神文化=日本精神(リップンチェンシン)の価値を
再評価してくれたことだ。

これは"工作"と呼ぶのははなはだ失礼なことである。

だが、これほど見事に日本人を台湾シンパにした成果は、今日の「台湾有事」の時代に見れば、最高の"工作"に見えてしまうのは、筆者の「諜報を生業とした性」のせいだと自省する次第である。

二国間関係は、このように個人的な力が思わぬ成果・威力を生み出すものだ。

外務省の「役人」がやる外交とは別次元の、個人的な信念に基づく長期にわたるひたむきな努力が必要な分野であろう。



○ 台湾有事に対する日本の対処

上述のように、日本(勿論台湾も)にとってベストシナリオとワーストシナリオは明らかだ。

シナリオ1、次いでシナリオ2、シナリオ3、シナリオ4の順であるのは
論を待たない。

日本・台湾にとって戦争を回避することが最も重要である。

さもなければ、米中の覇権争いの道具・犠牲にされるだけだ。

上記シナリオの選択肢の比較要素では、「自由民主主義」よりも、「国民の生命・財産の保全」が優先されるべきだ。

アメリカに煽られて台湾防衛にのめり込むのは馬鹿げた話だと筆者は思う。

中国が台湾を併合する事態になれば、もはやパクスアメリカーナの時代から、パクスシニカの時代に変わっていることを肝に銘じなければならないだろう。

日本はパクスがアメカーナからシニカにチェンジの際、生贄にならないように立ち回ることが肝要だ。

大東亜戦争の敗戦で、日本は事実上アメリカの支配体制下になり、経済発展を遂げ、平和を享受してきた。

パクスシニカの時代になればどうなるだろうか。

日本は、アメリカと死闘の末、原爆を二発も受けて敗戦し、マッカーサー進駐の下で完璧なレジームチェンジの憂き目にあい、今日に至っている。

パクスシニカで、中国の影響が強まることは避けられないが、戦争を回避できれば、マッカーサーの統治よりは、ましなものにできるかもしれない。

幸いなことに、日本は新疆ウイグル自治区とは違い、中国とは海を隔てている。

日本は、国境を隣接していながらも、中国からの一定の独立を果たしている
北朝鮮の対中政策を参考になろう。

ただ、中国の将来にも暗雲が立ち込め始めた。

米国主導の対中国経済戦争と人口オーナスなどにより、中国は鄧小平の改革改造以来続いてきた「右肩上がり」の経済発展から「右肩下がり」に転じ始めている。

これにより、財政の軍事投資もスローダウンせざるを得ないが、習近平が軍拡を継続するならば、中国はソ連崩壊の轍を踏むことになろう。

このように、思考すれば、筆者は、台湾問題は現状維持で推移する
シナリオ1の公算大であると思料する。

一方、わが国の岸田政権の中国・台湾対応を見れば、前途多難の感がある。

岸田首相の先般のウクライナ訪問時の"勝利祈願しゃもじ"贈呈とその報道・PRのやり方や、2月末に帰国した中国の孔鉉佑前駐日大使からの岸田文雄首相への離任あいさつを断ったことを見れば、日本政府の外交音痴、情報・知識不足、内閣府機構の瑕疵、外務省人事の誤りなど大きな問題を抱えていることが伺われる。

日本の地政学を勘案すれば、「しなやかで、したたかな二枚腰の外交」が必要ではないだろうか。

このような脆弱な外交能力では、台湾有事がなくても日本丸は沈没しかねない。

(完)


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