「神心統一法」の趣旨(その4)
地下鉄サリン事件の除染作戦を指揮しての感懐――宗教・信仰心の復興が急務
私は、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地にあった第32普通科連隊長時代(1993年7月から95年6月)、1995年3月20日に発生した「地下鉄サリン事件」に際し、地下鉄構内に散布された猛毒サリンの除染作戦の指揮を命じられた。この事件は、世界初の化学兵器による無差別テロだった。前例のない事態に戸惑いながらも、隊員達の決死の努力で、汚染された地下鉄構内と車両を除染することができた。この顛末については、『「地下鉄サリン事件」自衛隊戦記』という本(光人社NF文庫)に記録を留めた。
「寝耳に水」の喩のような状態で、地下鉄構内に散布されたサリンの除染作戦の指揮を執った私は、任務終了後、その教訓などについて考えてみた。私は、この事件は、日本人の「心」が荒廃し「砂漠化」していることに警鐘を鳴らすものではないかと考えた。東大や早慶などの出身の高学歴の優秀な学生達が、満たされない“心の乾き”を強く覚えたからこそ、麻原彰晃のカルト教にのめりこんだのではないだろうか。そして、結果として、カルト宗教の教祖である麻原の忠実な弟子になり、命ぜられるままに前代未聞のサリンによる無差別テロに狂奔したのではないのか。
なぜ日本人の「心」が荒廃し砂漠化しているのだろうか。その理由は、こうだと思う。現代社会は、経済的に豊かになり、科学技術も高度に発達し、より便利で快適な生活が実現しているが、「ストレス社会」ともいわれている。ますます激しくなる競争社会、管理社会、高齢社会化による孤独などのなかで、現代人は多くのストレスを抱えており、それが原因で「心の病」にかかる人が増えている。ちなみに、最近の自殺者数は2003年の3万4427人をピークに減少傾向にあるものの、依然2万人を超えている。
日本人の「心の荒廃・砂漠化」を改善する方策は様々あろうが、中でも宗教は大きな助けとなるだろう。欧米などのキリスト教、イスラエルのユダヤ教、中東アフリカなどのイスラム教が人々に及ぼす大きな影響に比べ、日本の宗教――主として仏教――は日本人の心を潤すには程遠いというのが現状ではないだろうか。
日本では、なぜ宗教が不活発・低調なのだろうか。第一の理由は、ソ連など左翼勢力の影響で、「宗教はアヘン」と見る共産主義思想の唯物史観に汚染されたからだろう。
二つ目の理由は、戦後の経済発展とそれに伴う社会福祉などの充実により、日本人の貧困状態が改善され、「生・老・病・死」の四苦が相当に緩和されたからだと思う。
三つ目の理由は、人々が「人の死」と向き合う場面が減ったからだと思う。戦前は、自宅で死ぬ人の割合は約9割で、医療機関(病院)で死ぬ人の割合は1割程度だった。それが、今日では逆転し、自宅で死ぬ人の割合は1割で、医療機関(病院)で死ぬ人の割合は9割になった。
昔は、お爺さんやお婆さんが死んでいく様子を、家族――子や孫達――が看取ったものだ。つまり日本の大部分の人々が、肉親が死ぬ様を目の当たりにしていたわけだ。身近な人の死と向かい合い、それに続く葬儀に参列することは、宗教を意識・理解する良い機会になる。それゆえ、今日、身近な人の死の看取る機会が激減したことが、宗教の衰退につながるのではないだろうか。
地下鉄サリン事件の教訓は様々あると思うが、事件に直接かかわった私としては、「日本国民はオウム事件を契機に、真剣に宗教と向き合うこと、すなわち宗教・信仰心の復興が急務である」と考えるに至った。だが、残念ながらその教訓は生かされていない。
日本人の「心」の「砂漠化」を改善することに関しては、日本宗教界の責任は重い。宗教界は日本人の「心」の救済に立ち上がるべきだろう。この問題は、宗教界だけの責任ではなく、国民的な課題でもある。
私を含む大勢の団塊の世代の高齢化が進み、“あの世に旅立つ時”が近付いている今日、その“処方箋”として、国民も政府も「福祉予算の配分」に論議が集中している。「人はパンのみにて生きる者にあらず」(マタイによる福音書 4. 4. 1)という訓えを忘れているようだ。人間にとって、生きることと死ぬことに関して、心の支えになるのは究極的には宗教ではないかと私は思う。今日の日本では、死の恐怖や悲しみを癒してくれる宗教についての国民的な関心が殆どないのは残念なことだ。
日本とは反対に、世界では宗教がクローアップされつつある。冷戦構造が崩壊し「宗教はアヘン」と見る共産主義が衰退した今日では、キリスト教(カトリック、プロテスタント、正教など各派)、イスラム教(シーア派やスンニ派など)、ユダヤ教などがクローズアップされ、宗教間の軋轢が強まりつつある。この様を見るにつけ、私は「21世紀は宗教の世紀」ではないかと考えている。私達日本人も、真剣に宗教と向き合う時期を迎えているものと確信する。
そのような観点から、私のような凡愚の老人がカトリックと中村天風師の教え「心身統一法」を支えとするまでの「心の軌跡」を書くことは、意義あることではないかと考えるに至った。本書が、生きることに悩み迷われている方々に、いささかでも参考になれればと願うばかりである。
「心身統一法」の要点
冒頭に、天風が確立した「心身統一法」の要点について説明したい。天風財団オフィシャルサイトでは「『心身統一法』=天風メソッド」について次のように説明している。
〈心と体を積極化することで人間が本来持っている「潜在勢力」を引き出し、幸福で充実した人生を作り上げることができるものです。100年以上にわたり、多くの方に実践され続けてきたメソッドです〉
第1図「天風の訓えの宇宙霊(神仏に相当)と人間の関り」に示すように、天風は一切の万物を創るエネルギーの本源である宇宙霊(神仏に相当)と人間のかかわりを次のように説明している。
宇宙霊と人間は「心」で繋がっている。ただ、そのためには「人間の心が絶対に積極的な状態でなければならない」という条件が付いている。人間の心の持ち方、思考の在り方を積極的・プラスに保てば宇宙エネルギー(宇宙霊)と人間の心は相互に関係・リンクし一体化し、人間に宇宙エネルギーが作用する。
このことをもっと簡単にいえば、「人生は心一つの置きどころ」ということだ。つまり人生は心の持ちようがすべてを決める――ということだ。〉
しからば、どうやって自分の心を積極的に保つかと言えば、第2図がそれを説明している。それは、潜在意識を積極化することに尽きる。人間の意識は実在意識と潜在意識があるが、潜在意識の方が支配的である。
朝起きてから寝るまで、決してネガティブな言葉を使わず、考えもポジティブであることが絶対条件だ。さらには後で述べるような様々な手法で自己暗示を繰り返し、潜在意識を積極化する努力が必要だ。これを実践すれは、幸福で充実した人生を作り上げることができる。
「心身統一法」の効能(有効性)は実証済みだ。「心身統一法」で人生を切り開いた人たちの中には、東郷平八郎、原敬、北村西望、双葉山、松下幸之助、広岡達朗、稲盛和夫、松岡修造ら各界の著名人も多い。最近の人物では、メジャーリーグのエンゼルスで「46本塁打・100打点・26盗塁」と大活躍をしている大谷翔平がいる。
拙著『中村天風と神心統一法』の主題――「神心統一法」による「生命の力」の強化を
本書は、皆様それぞれが信仰する宗教と天風師の「心身統一法」を融合することにより――筆者はこれを「神心統一法」と呼ぶ――「生命の力」を強化することを目指すことを提唱するものである。
天風師は「生命の力」について次のように述べている。
〈「心身統一法」という一つのドクトリン(教義)は、健康と運命とを完全にする生命要素というものをつくることをそのプリンシプル(根幹)にしているのであります。生命要素とは何かというと、平ったい言葉で申し上げると健康や運命を両立的に完成するのに必要な「生命の力」であります。私はこの力をあなた方のご理解の便宜上、六種類に分けて何時も説明しています。〉(中村天風術『成功の実現』日本経済合理化協会)
六種類の「生命の力」について松本幸夫氏は『中村天風伝』(総合法令)の中で次のように述べている。
〈六つの力とは、一、体力 二、胆力(泰然自若の力強さ) 三、判断力 四、断行力(実行力)五、精力 六、能力(生命力のある人というのは自分の能力を発揮できる人のこと)である。
天風は、自らがその哲学の実践者として「生命力」を十分に発揮して生きていた。だからこそ弟子の前でも力強く断言できたしその言葉には説得力があった。〉
戦後の日本では宗教が低迷し信仰心が衰退しつつある現状において、「それぞれ個人の宗教と「心身統一法」を融合させることにより、宗教・信仰心を復興させると同時に人々の「生命の力」を強化すること」は混迷を深める日本にとって極めて重要なことだと信じている。「神心統一法」の普及により、宗教・信仰心が復興されると同時に天風師の「心身統一法」にも新たな展望が開けてくるのではないかと思う。
松本幸夫氏は『中村天風伝』(総合法令)の中で「天風哲学は、常に進化・向上していく教えである」と述べている。「心身統一法」を、新たな視点から創意工夫して継承発展させることは、天風師の遺志に沿うものである信ずる。
以下、中村天風師の敬称を省略し、天風とすることをお許しいただきたい。
「神心統一法」の時代的な意義――生き残りの関頭に立つ日本は、今こそ「神心統一法」で国民の「生命の力」を倍増すべきだ
日本を取り巻く情勢は悪化・緊迫化の一途を辿っているように見える。その第一の原因は世界的なパンデミック・コロナ流行の長期化だ。○○の時点で、感染者数は▽▽人、死者は××人にも及ぶ。コロナの社会、経済に及ぼす影響は甚大である。コロナの名前の通り、世界は「心」も「経済」も「社会」もみな皆既日食に見舞われたように暗く沈んでいる。
日本においても、コロナの被害は深刻で、○○の時点で、感染者数は▽▽人、死者は××人にも及んでいる。コロナのダメージは戦争が長期化した様相に似ていて、社会・経済などはもとより人々の心をも蝕み限界に達しつつあるようだ。その影響とみられる悪質な放火・殺人事件などが増加している。
二つ目の原因は米中覇権争いである。軍事力において台頭著しい中国・習近平は米国への挑戦を敢行している。中国は台湾への侵攻をも公言しており、その場合は日本も戦闘に巻き込まれるのは必定だろう。核兵器を手にした北朝鮮も矢継ぎ早にミサイル実験を繰り返しており、我が国に対する脅威は刻一刻と高まりつつあり、このままでは「日本が沈没しかねない」恐れがある。
三つめはウクライナ戦争だ。最悪の場合は第三次世界大戦にエスカレートする恐れがある。また、欧州の戦火がアジアに飛び火し、中国の台湾・尖閣侵攻があるかも知れない。
このような最悪の環境下で、私は、生き残りの関頭に立つ日本の起死回生の“妙手”として国民が「神心統一法」を実践することを期待したい。
このような中、日本では少子高齢化が加速し、社会・経済が沈滞化しつつある。日本は「起死回生」の政策を考えなければ将来を拓くことはできないだろう。
私は、生き残りの関頭に立つ日本の起死回生の“妙手”として国民が「神心統一法」を実践することを期待したい。
表題を、「天風に学ぶによる人間力倍増を!」とした私の意図はこうだ。私が本書を通じて訴えたいことは、「神心統一法」――あなたの宗教と天風の「心身統一法」の融合――の普及により天風の言う「生命の力(人間力)」を強化することである。打ち沈んだ一人一人の人間の心を活性化できれば、「個人の幸福をかなえる」と同時に「1億個民の『生命の力(人間力)』力を倍増(=2億人力)」することができる。「神心統一法」により日本人の「生命の力(人間力)」を倍増することこそが、経済の停滞も、安全保障の強化も図ることができるのではないだろうか。
天風の教えが、戦後の復興に寄与したように、日本の閉塞状況を打開するためには日本人の「心」を変革する必要がある。私はその手法として、各個人の「神(仏)」と天風の「心身統一法」を融合することを提案・普及したい。
「神心統一法」は私の新しい造語である。天風は人の「心」と「体=身」を統一することを目指したが、私はそれをさらに「神(仏)」(天風の「宇宙霊」ではなく皆様の「具体的な神(仏)」)と「人の心」を統一することを目指したい。
日本人の打ち沈んだ「心」を活性化するために「神心統一法」を活用すれば、財政投資は1円も必要なく、日本を抜本的に強化できると思う。
大げさかもしれないが、「神心統一法」の普及は、神が私に命じた使命なのではないかと思う次第である。微力だが、「神心統一法」を普及させて、多くの悩める方々を勇気づけ、その人生を強く幸せにすることを終生の目標にしたい。
「神心統一法」は未だ完成の途上にある。私自身を実験台として倦まず弛まず改良・工夫を重ねた参りたい。