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金子勇とWinnyの夢を見た 第14話 ハイテク犯罪対策室
※この記事は、Advent Calendar 2023 『金子勇とWinnyの夢を見た』の十五目の記事です。
警察庁・警視庁の取り組み
警察庁、警視庁は、増加するハイテク犯罪、サイバー犯罪に対処するため、以下のように取り組んできました。
1996年:警察庁は都道府県警察の捜査を支援する「コンピュータ犯罪捜査支援プロジェクト」を設置
1997年:警察庁は「セキュリティシステム対策室」を設置。
1998年:警察庁は「ハイテク犯罪対策重点推進プログラム」を発表
このプログラムには「サイバーポリスの体制確立」「不正アクセス対策の法整備」「産業界との連携強化」「国際捜査協力のルール作成」が盛り込まれた。1999年:警察庁は情報通信局に技術対策課を設置し、その技術的中核として警察庁技術センターを開設
2000年:不正アクセス禁止法施行
2000年:警視庁はハイテク犯罪対策総合センターを設置
2003年:出会い系サイト規制法施行
2010年:ダウンロード違法化
2010年:警視庁は高度情報犯罪取締班を新設
2011年:警視庁のハイテク犯罪対策総合センターはサイバー犯罪対策課に格上げ
2011年:「不正指令電磁的記録に関する罪」(通称ウイルス罪)施行
2012年:違法ダウンロード刑事罰化
2014年:警視庁サイバー犯罪対策課は不正アクセスや新型ウイルス研究の専門班を設置
2016年:警察庁は情報技術犯罪対策課を設置し、都道府県警察及び都道府県情報通信部にサイバー犯罪対策に関する知識及び技能を有する捜査員等により構成されるサイバー犯罪対策プロジェクトを設置しました2。
2022年:警察庁は地方警察官350人を増員し、「全国協働捜査方式」を導入しました
京都府警ハイテク犯罪対策室
1998年、「ハイテク犯罪対策充填推進プログラム」に基づき、「サイバーポリス」(電脳警察)が設立され、国と都道府県を通じてハイテク犯罪やサイバーテロに対応する体制が整備されました。また、「不正アクセス対策法制分科会」が設けられ、調査研究が行われました。
1999年4月、都道府県の県警察本部は次々にサイバー犯罪対策室を設置しました。設立当初の対策室はおよそ十人から数十人の規模で、京都府警でもサイバー犯罪対策課の前身となる部署が設置され、木村公也警部補を含む3人のメンバーが任命されました。
当初、サイバー犯罪は「薬物事犯」や「風俗事犯」といったカテゴリーに該当せず、「ゲテモノ」と呼ばれることもありました。また、捜査には所轄の垣根を超える必要があり、上司から疎まれることも多く、捜査が中断されることもありました。(※1)
2001年3月9日、京都府警警察情報センターに「ハイテク犯罪対策室」が正式に発足し、メンバーは40人に増員されました。この時期、全国的にサイバー犯罪を取り締まる組織が立ち上がりましたが、サイバー犯罪は管轄内だけに限らず、全国どこの事件でも着手できることが特徴です。その特徴を生かし、京都府警は「全国初」の摘発を目指す組織へと進化していきます。
ACCSの協力
1997年にソフトウェア法的保護監視機構から独立した一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)は、当時「違法中古ゲームソフト撲滅キャンペーン」で中古ソフトの再販を違法とする活動をしていました。
1997年にソフトウェア法的保護監視機構から独立した一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)は、「違法中古ゲームソフト撲滅キャンペーン」などで活動を行っていました。また、当時広まっていたファイル交換ソフト「WinMX」でも違法ソフトがやり取りされていることが問題視されていました。
ACCSは京都府警の依頼を受け、約100人のユーザーの中から特に目立った2人をターゲットにして3週間にわたり監視を行いました。
2001年11月28日、京都府警ハイテク犯罪対策室は、ファイル共有ソフトWinMXを利用した著作権法違反(公衆送信権の侵害)で2人を逮捕しました。これがファイル共有ソフトにおける初の逮捕者となり、メディアの注目を集めました。
著作権に詳しいACCSの久保田裕専務理事は、以下のように述べています。
ファイル交換ソフトを利用した著作権侵害行為について,(日本国内では)法律的に議論する余地はない。先進国の中でもファイル交換ソフトに対応可能な著作権保護制度を実現しているのは日本とオーストラリアだけ。2ちゃんねるでは,“摘発してみろ”という挑発的な書き込みもあったが,これで本当に摘発されることが分かったはずだ。
この発言からも、今回の摘発にACCSが積極的に関与していたことが分かります。
Winny事件
WinMX利用者の逮捕後も、ファイル共有ソフトの利用者が減ることはありませんでした。11月28日の報道発表後、ISP(インターネットサービスプロバイダー)から「ファイル共有ソフトの利用者が回線を独占している」などの問い合わせがACCSに殺到しました。(※2)
ACCSは、京都府警ハイテク犯罪対策室に「Winnyの広がりにより非常に困っている」と相談します。(※4)京都府警は、この問題を解決するには更にに踏み込んだ対応が必要で、例えばWinnyの作成者を逮捕することが必要だと考えたのかもしれません。
一方、京都府警の捜査関係書類がWinny上で流出していることが発覚しました。これはWinnyで広まったウイルスに感染したことが原因とされ、2004年3月29日に発表されましたが、実際には2002年から流出していた可能性があります。この事件は金子さんの逮捕とは直接関係ないと言われていますが、逮捕に踏み切る一因にはなっているはずです。
京都府警ハイテク犯罪対策室では逮捕は無理だと諦めていました。しかし、捜査員の一人が1年近く自宅のパソコンを使ってWinnyを使用し、「不可能が可能になったと思った。事件の9割以上はできたも同然だった」として、その成果をまとめました。
2003年11月27日、京都府警ハイテク犯罪対策室は、Winnyで違法な動画をアップロードしていた男性2名を著作権法違反(公衆送信権の侵害)容疑で逮捕しました。(※6)これにより、「P2Pなら京都府警ハイテク犯罪対策室」という認識が広がりました。
サイバー犯罪対策課
2011年、「サイバー犯罪対策課」が新設され、35人体制となりました。この年には「不正指令電磁的記録に関する罪」(通称ウイルス罪)が施行され、12月20日にはWinny事件での無罪が確定しています。
また、サイバー犯罪が増加する中で、サイバー犯罪に対する取り締まりや、偽ブランド販売、ワンクリック請求などが問題となり、未成年の逮捕者も増加しています。
2022年には、私電磁的記録不正作出・同供用の疑いで5人が書類送検される事件が発生しました。また、2022年には京都サイバー犯罪対策課のイメージキャラクター「才羽京子」が発表されました。
2023年3月13日、「サイバーセンター」が発足し、「サイバー捜査課」と「サイバー企画課」から成る65人体制が整いました。京都府内では、2022年のサイバー犯罪に関する相談が5800件以上寄せられ、過去最多を記録しています。(※9)
木村イズム
Winny事件で、中心となって捜査に当たっていたのは京都府警の木村公也警部補でした。
第1期
1992年頃から裏ビデオをパソコン通信で販売する業者を摘発し、「全国で最初にサイバー犯罪捜査に乗り出した先駆者」と自称しています。(※1)
彼はサイバー犯罪の研究を独自に進め、インターネットの勉強を重ね、サイバー犯罪の捜査に取り組みました。
独自にサイバー犯罪の研究を始め、ほぼ単身で日本におけるサイバー犯罪捜査のあり方を模索してきた。
所属している部署で本来の仕事をこなしながら、空いた時間でインターネットの勉強をし、ネットサーフィンをしながらサイバー犯罪のパトロールをしていました。
1999年からハイテク犯罪捜査に加わります。
第2期
2001年からは、著作権侵害やネットの犯行予告など、サイバー犯罪に取り組みました。彼はウイルス作成者の逮捕に際し、著作権法違反や名誉毀損を適用しましたが、これには法的な問題が潜んでいました。
法制などが未整備なだけに、『あらゆる法令の駆使』が鍵になる。昨年、コンピューターウイルスの作成者を逮捕した際に適用したのは著作権法違反と名誉毀損。日本にはウイルスの作成、放出を処罰する法律がないため、感染すると画面に現れるアニメ画像と個人写真の無断使用を問う『裏技』だった。
法に定められていなくても『裏技』を使って逮捕すると公言し、それが冤罪を生む危険性への言及がされていません。Winny事件で使った裏技は、全国の警察官の前で講演が行われ、「木村イズム」を全国に広めていくことになります。
刑法には、罪刑法定主義という大原則があり、ある行為を犯罪として処罰するためには、法令によって明確に定められていなければなりません。法に定められていないと知りながら逮捕・起訴するというのは大きな問題です。
日本の法整備は、他の先進国に比べ遅れが際立っています。その間、警察は不透明な運用を強いられてしまいます。急増する犯罪を眼の前にして、決して諦めない努力の結果として生まれたアイデアだったのでしょう。しかし、今回に於いては警察による不当な裁きとなってしまいました。
木村氏の語る以下の根性論が、Winny事件の骨格を語っていると思います。
摘発できるわけがない、というのは先入観。やれると思えば、やれる。
成果が得られるかどうかは、いかに最後までやり抜くかにかかっている。
似たようなことわざで、エイブラハム・リンカーンの「Determine that the thing can and shall be done, and then we shall find the way.」というのがあります。「できる!そしてやる!と決意するんだ。やり方はその後だ。」という強い決意で行動を起こすことを勧める言葉です。
警察や検察は法を重んじ、法を唯一の武器としなければなりません。そこに限界があるのであれば、問題の解決を視野を広げて探さなければなりません。今回は著作権法にも関係する事件であるのに、著作権に関する知識を十分持たず、まるで強盗犯のような扱いで逮捕してしまったのです。問題の本質を誤ると、どんな名言も非道になってしまいます。
第3期
2011年に「サイバー犯罪対策課」が新設され、オンライン銀行への不正アクセスやウイルスの拡散、出会い系詐欺の犯罪の捜査に移行していきます。容疑者の年齢層も、上限が30代に上昇する一方、下限は10代前半にまで低下していきます。
木村氏は、サイバー犯罪捜査を指導する全国2人目の広域技能指導官に指定されます。
そして、定年までサイバー犯罪対策課の課長を務め、在職中には多数の警察庁長官賞を受けました。
第4期
2017年に退官し、現在はNECでサイバーセキュリティ戦略本部 エグゼクティブディレクターとして、サイバーセキュリティに関する企画や講演を行っています。また、一般財団法人日本サイバー犯罪対策センタ(JC3)では、人材育成も担当しています。
近年では以下のように語り、木村イズムは健在なようです。
ネット詐欺を主導するのは詐欺グループではなく、実はネット詐欺に使用するシステムの開発や販売を手掛ける会社であるケースが少なくなかった。
システム開発・販売会社は詐欺の共犯とは言えないまでも、少なくとも幇助(ほうじょ)はしている。現役の捜査官たちは背後責任を厳しく追及してほしい。
警察の法解釈
警視庁および都道府県警は、法令に基づいて取り締まりを行っています。一番我々に身近なもので言えば、交通違反の取り締まりです。
その取り締まり基準が異なって運用されているという例が弁護士藤吉修崇さんのYoutube動画で取り上げられています。「実態を踏まえた取締り」という名目で「条文の読み方を工夫した」運用が行われている事例です。
法律が制定されたとき、その起草者は何を考えていたのか、オリジナルな意味は何だったかを重視して理解しようとする姿勢を失うことは、司法を運用する組織としては非常に危険なことです。
※1 『30年前の警察では、サイバー犯罪捜査はゲテモノ扱いだった』, 木村公也, 日経ビジネス, 2023-02-17,
※2 『なぜ,“2人”のWinMXユーザーが逮捕されたのか?』, 中村琢磨, ITmedia, 2001-12-05,
※3 『「WinMX」にメス──ファイル交換ソフトで逮捕者』, 中村琢磨, ITmedia, 2001-11-28,
※4 『Winny裁判、京都府警のベテラン刑事が捜査の詳細を証言』,ASAHIパソコン2005年3月1日号News&Views, 2005-02-17
※5 『京都府警の捜査書類、ネット上に流出 Winny経由か』, asahi.com, 2004-03-29
※6 『民間企業に転じた敏腕サイバー捜査官 木村公也氏』, 坂口祐一, 日本経済新聞, 2017-04-01
※7 『今、ふたたび! サイバー犯罪との闘いに挑む!──元サイバー犯罪捜査官・木村公也が語るサイバーセキュリティの神髄』, wisdom, 2017-09-05,
※8 『京都の「サイバー警察」活躍ー先を読み、捜査はリアルに、法未整備、「裏技」を駆使』, 日経新聞大阪地方経済版, 2009-11-18
※9 『京都府警 サイバー犯罪に対応する専門組織を発足』, NHK, 2023-03-13
※10 『スペシャルリポート 日本の闇~振り込め詐欺のエコシステム 16歳が老人を食い物に 金むしる組織の全貌』, 日経ビジネス 第2003号 p54~58, 2019-08-12