金子勇とWinnyの夢を見た 第21話 清水亮と第参回天下一カウボーイ大会
※この記事は、Advent Calendar 2023 『金子勇とWinnyの夢を見た』の二十二日目の記事です。
清水亮
※以下は清水亮・後藤大喜著「プログラミングバカ一代¹」を参考にしており、引用させていただいています。
1976年、新潟県長岡市で生まれた清水亮さんは、小学校に上がるとすぐに父親が買ってきたPC-9801に夢中になります。
6歳で3D処理に興味を持ち、小学3年生になることには三角関数をマスターし、独自の3Dグラフィックスプログラムを作成します。
授業中に先生は、「2-4」はいくらになるかという質問を出します。マイナスの数値はまだ教わっていないので、答えは「ない」だと言われた時、既に三角関数までマスターしている清水氏はショックで教室を飛び出してし、以後学校の勉強を拒絶してしまいます。
数学的能力の高い子供たちは、大体似たような経験があるはずです。
ゲーム制作
Bio_100%のaltyこと森秀樹氏との重要な出会いがありました。Bio_100%主催で清水氏が幹事となって開かれた「3D野郎大会」では、金子勇氏も参加しています。たぶん1997年くらいで、金子氏もNekoFlightを公開したばかりの頃だと思います。
その後、携帯のiモード用ゲーム「釣りバカきぶん」を大ヒットさせ、ドコモ503i用のJavaで作成したMMORPG「サムライロマネスク」の制作など、これまでになかった技術の開発と新しいゲームジャンルを切り開いてきます。
未踏
新たに会社を始めた清水氏は、布留川氏と携帯用のフルブラウザ「サイトスニーカー」を作成します。他もフルブラウザの製品はありましたが有料でした。清水氏は「ブラウザでエンドユーザーからお金を取らない」という信念を貫きます。
「お金がなければ、未踏をやればいいじゃない」と鈴木健氏に言われ、2004年2期の未踏本体で、「ワークフロー指向の次世代文章アプリケーションプラットフォーム」というテーマで採択されます。次世代OSを創りたいという思いが込められていました。そして、その成果によってスーパークリエイターに認定されます。
天下一カウボーイ大会
清水氏は「天下一カウボーイ大会」と銘打ち、第壱回の2007年~第肆回2013年の間に秋葉原で4回行われました。第参回には、樋口真嗣監督の基調講演や、古川享氏、清水亮氏、遠藤諭氏による座談会、金子勇氏の発表などがありました。
人類補完計画
清水氏の「人類補完計画」は、「人類全てをプログラマーにする」という目的がありました。「プログラミングこそが自らの理性と正面から向き合う唯一の訓練法である」と。
そこで、「enchantMOON」を制作します。enachantMOONはハイパーテキストコンテンツを作成できるデバイスです。樋口真嗣監督がプロモーションビデオを制作しています。
アラン・ケイのメタファーをビル・アトキンソンが1987年にMacintosh上で形にしたHyper Cardですが、Appleはそこにビジネス価値を見出せず、2000年に開発チームは解体してしまいました。enchantMOONは、そのリベンジだったと言えます。
2013年1月8日からラスベガスで開かれたInternational CESに、enchantMOON試作機が展示され、興味を示したアラン・ケイと合う機会を得ます。ケイは、
と言います。
未踏IT人材育成事業のアドバイザーとして参加し、中学生に「ぼくたち思春期の少年少女にとっては、ゲーム開発などというテーマは、はっきり言ってダサいのです!!」と言われ、人生の半分をゲーム開発に注ぎ込んできた清水氏はショックを受けます。
彼らは、純粋にプログラミングが好きでプログラミングしている。そして、自分たちでプログラミングするためのプログラミング環境と開発環境を創り出していたのです。
清水は負けたと思ったそうです。常に最先端を切り開いてきた清水ですが、いつの間にか大切なものを見失っていたことに気がつきました。そして、ウーバーイーツの配達員をしながら、新たなステージを目指しています。
最近は、AIの研究に戻り、著書も出されています。
「第参回天下一カウボーイ大会」開催記念座談会
ウイリアム・ギブスン著「ニューロマンサー」は、日本の千葉から始まります。そして、主人公ケイスは「サイバースペース・カウボーイ」と呼ばれました。それにちなんで、日本のコンピュータ・カウボーイが一堂に会して自分の技を披露するというのが「天下一カウボーイ大会」の趣旨です。
第壱回は2007年12月26日、第弐回は2008年8月24日、そして第参回は2009年8月29日~30日の2日間開催され、その4年後に第肆回が2013年2月2日弐開催されました。
その中でも、古川享(慶應義塾大学教授)、清水亮(ユビキタスエンターテインメント代表取締役兼CEO)、遠藤諭(アスキー総合研究所所長)による特別座談会の内容は、ASCII.jpで紹介されており²、大変興味深い内容です。
その中でいくつか紹介すると、古川氏が昔のASCIIがトキワ荘として重要な役割を持っていたという話をされています。
また、日本のエンジニアは、トップになると、もっと良いものを世に出すということよりも、お金に興味が移ってしまう。また、将来ブレイクする可能性のある技術を持っていても、目先にビジネスモデルがないと潰される。と話されています。
これは、参加されていた金子さんに向けて、這い上がってきてほしいというメッセージだったのかもしれません。
実際の神経系からヒントを得た新型人工知能モデル
「第参回天下一カウボーイ大会」で金子氏が行った発表のタイトルです。
当時、東大・平木敬教授も、「ニューラルネットワークを“自分理論”で構築したプログラムを発表されてまして、動画でも公開されてますが、これが私なんかでは聞いていても全く解らないんですよ。」と言われています。
ニューラルネットの理論は、1943年に発表されましたが、全く相手にされず、「単なる机上の空論」という扱いを受けていました。1986年に3層バックポロパゲーション(誤差逆伝播法)が再発見され、注目されますが、1990年代後半には沈静化してしまいました。
しかし、2012年、コンピューターによる物体認識の精度を競う国際コンテスト(ILSVRC)で、トロント大学のSuperVisionチームが人工知能をディープラーニングで構成し、他のチームがエラー率26%前後のところ、エラー率17%弱とダントツの認識率をマークしたことで世界的に注目されました。
現在のディープラーニングは、バックプロパゲーションで実現されており、ディープラーニングの中核技術となっています。
そんな訳で、金子さんの発表があった2009年にニューラルネットを研究している人は、世界的にもまだ少ない時代だったのです。それなのに、バックプロパゲーションに代わる新しい技術「ED法(誤差拡散法)」を考えだしたというのですから、既にニューラルネットに関する知識を持っていた清水氏も、役に立たないと言われている「強化学習」と「ニューラルネット」の理論をほじくり返して独自理論を作る金子さんを「この人、裁判で頭がおかしくなったのか?³」と思ったほどの内容でした。
会場では、訳の分からなさにザワザワしていたようですが、今振り返ってみると、「なぜかうまくいく」という所がとても魅力的で、清水氏も、金子さんは神の領域で生物をデザインしようとしているのではないかと言っています。そして、この考え方は合理性があり、
金子さんが本気でフルスイングした姿を見ることができます。
清水氏は、金子勇のことを「10年に1人ではなく、不世出の天才だ³」と言います。
¹『プログラミングバカ一代〈就職しないで生きるには21〉』, 清水亮・後藤大喜, 晶文社, 2015-07-25
²『「第参回天下一カウボーイ大会」開催記念座談会』, 天下一カウボーイ大会実行委員会, ASCII.jp
³『壇俊光×清水亮×桂大介(+東浩紀)「Winnyと金子勇が見た未来──『天才』が生きにくい国を変えるために」(2023/4/12収録)ダイジェスト』, ゲンロン YouTube Official, 2023-04-18