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金子勇とWinnyの夢を見た 第9話 裁判 その1 地裁

※この記事は、Advent Calendar 2023 『金子勇とWinnyの夢を見た』の十日目の記事です。

弁護団

 結成された弁護団は12名くらいだったみたいです。弁護団長は桂充弘 かつらあつひろ弁護士。弁護団事務局長は壇俊光 だんとしみつ弁護士。そして、主任弁護士には秋田真志 あきたまさし弁護士でした。いずれも大阪弁護士会所属です。

 壇俊光弁護士は、Winny裁判において中心となって活躍された方です。日本の刑事裁判では有罪率が99.9%になります。秋田真志弁護士は、弁護士活動14年で7件の無罪判決を勝ち取ってこられました。弁護団の中では年上で、お兄ちゃん的な存在だったようです。映画と違って、タバコは吸いません。

第1回公判

 2004年9月1日10時より、Winny事件の初公判が開かれました。245名の傍聴希望者が集まり、60名が抽選で選ばれました。

 検察側は、正犯である2人(愛媛県松山市の少年A・群馬県高崎市の男性B)は著作権法が定める公衆送信権(著作権法23条1項)を侵害する罪(著作権法119条1項)に当たり、被告人は著作権法違反の幇助の罪(刑法62条1項)に当たるとして、懲役1年を求刑しました。

 起訴状には金子さんがWinnyのとあるバージョンをアップロードしたということしか書かれておらず、何が幇助に該当するのか不明でした。被告人・弁護側は、何が幇助に該当するのか検察の釈明を求めましたが、「釈明の要なし」と突っぱねられてしまいます。

 争点が明確にされないまま、裁判はスタートすることになります。

木村公也警部補への証人尋問

 第1回から第9回までの公判は、捜査に関わった警察官への証人尋問が続きました。

 その中で見えてくるのは、京都府警サイバー犯罪対策課の捜査過程です。メンバーにパソコン、ネットワークに詳しい人は僅かしかいません。木村警部補が中心となって捜査を行い、捜査方法については一任されていました。

 2005年1月14日の第7回公判で、木村公也警部補の証人尋問が行われました。

 木村警部補は、2002年9月頃にWinnyに関心を寄せ、2ちゃんねるの掲示板をチェックするようになりました。悪質な著作権法違反行為を重ねていたユーザー2名を逮捕することになりますが、その日、木村警部補は正犯の逮捕現場ではなく、金子さん宅へ行っています。木村警部補のほか写真担当1名、警察庁の技官2名、警察庁近畿管区通信局京都通信部の技官1名が同行しました。証人尋問では、捜査の資料としてWinnyのプログラムソースを押収するのが目的だったと述べていますが、金子さん宅でアップロード機能の確認をしたり、参考人として取り調べを行ったりしています。つまり、金子さん宅で行われることのほうが重要性が高いと判断したのに違いありません。

 金子さんへの事情聴取の話から参考人調書について、以下のような話を始めます。

被告人のほうから、「著作権侵害を蔓延させて、現在の著作権秩序を変える」といった趣旨のことを言い出してきた。その内容からして、そのまま参考人として話を聞くべきか、被疑者に切り替えて(手続に則った)取調べとすべきかについて非常に悩んだ。現場では、そのまま参考人として扱い、参考人が言うままに調書をとった。

市民裁判員先行記第15回/Winny事件第7回公判』情トラ

 自作自演臭いっぱいの内容なのですが、これを通してしまうところが刑事裁判です。弁護団は、これで終わらせたら大変なことになると、なんとか次回に30分程度の反対尋問の時間を約束させます。

秋田弁護士の反対尋問

 2005年2月4日、第8回公判で木村警部補への反対尋問が始まります。担当は、満を持しての秋田弁護士です。

 取調調書は同行した巡査と被告人の基本的には2人で取っていた。
申述書は被告人が全て任意に書いたものではない。
「自分は普段は字を書かないので書き方が分からない、サンプルはないか」と言うので、サンプルなどはないので自分が見本を書いて見せた。

平成16年(わ)第726号の第八回公判の傍聴に行ってきました。』bg2

 警察では、「申述書」は本人が思ったことをそのまま書くものであるとしながら、取調調書の形式で、木村警部補の下書きをそのまま写させたものであることが明らかになります。

 この調子で、申述書に書かれた「著作権侵害をインターネット上に蔓えんさせる」という記載が、金子さん自身が考えた言葉かという点に焦点を絞っていきます。これは、金子さんに犯罪を犯す意図を持ってソフトを開発・公開したのかどうかが決まる、重要な部分です。申述書に書かれていた文字が「満えん」となっており、自分で書いた文章としては明らかに違和感を感じさせました。

 木村警部補は、本人がそのように表現したと主張しますが、2ちゃんねる上で金子さんが「蔓えん」を使用した記憶はなく、直近で会合があったと思われる著作権団体の調書上には「蔓延」が使用されていました。これは、明らかに京都府警が著作権団体からの申し入れを念頭に作成したものであることが想像できます。

 この尋問によって「申述書」は木村警部補の作文であり、金子さんは「著作権侵害を蔓延」という意図はなかったことが明らかになりました。

 しかし、それでもこの申述書は無効になりませんでした。

第161回国会 予算委員会 第3号

 第3回公判の後、2004年10月21日の国会予算委員会で、民主党の福山哲郎からウィニーについて質疑がありました。

 麻生太郎総務大臣(当時)は、

私どもとしては、この今でも情報通信研究所等々におきましてこのアクセスのいわゆる管理技術、そういったようなものを研究開発を行っているところなんで、このウィニーだけについて聞けと言われても、今これは係争中の話でありますし、もう既に片っ方は起訴ということになっておりますし、有罪判決も二名のうち一名は出ておりますので、その意味では、この問題についてどうかと言われると、ちょっと答弁はできません。

また、中川昭一経済産業大臣も、国会での議論を避けます。

今、総務大臣からもお話あったように、一般論として、非常に我々としてもこういう技術があるということはいいことだというふうに思いますが、このウィニーに関しては、今司法当局の手にゆだねられておりますので、このことについての評価については差し控えさせていただきたいと思います。

 福山哲郎は、以下のように問題定義し、意見を求めます。

 我々は、実は一太郎というソフトがあったのが、いつの間にかマイクロソフトに全部席巻をされました。この改良、共有ソフトは、実は日本のこの金子さんの技術は世界的にも非常に優れた評価がありました。それが逮捕をされることになりました。私は金子さんをかばうわけではありません。その違法性が本当にあれば、それは公判で争えばいい話だと思います。しかし、この時期にこういうことをしていることは、私は非常に損失だと思いますし、ましてや経済産業省が開発プロジェクトチームの一員に加えていたような人を逮捕した。
 僕は、京都府警が逮捕したことに対しても、サイバー室というところが、実は一生懸命これ、今サイバー犯罪を取り締まりたいということに対して頑張っておられることも評価します。しかし、ここは総務省も経産省も法務省もみんなばらばらの対応で、どこが内閣挙げて知財立国なんですか。総理、一言最後、御感想をください。

 最後、小泉純一郎内閣総理大臣は他人事のように締めます。

 私は、IT、これは日本のみならず、世界がいかにIT国家になろうかと今しのぎを削っている。日本としてもIT世界最先端国家になろうと努力している。同時に知的財産立国を目指している。この双方を実現する。インターネットにおける著作物をいかに保護するかと、これは極めて大事でありますので、関係省庁連携して双方が実現できるように今後適切に対応していかなきゃならないということをお話を聞いていて感じました。

続けて、麻生太郎総務大臣は、開発者側に寄り添っているように見せかけながらバランスという言葉で収めようとします。

福山先生のお話ですけれども、この金子先生の話は、有能であることはもうかなり、分かってない人は全然分かってない人になるんですけれども、分かっている方においちゃ、もうこの方もう極めて有名な人です。
 しかし、その本人が五月十日のその当日に供述しておられる内容をここに、新聞報道ですが、結果的に自分の行為が法律とぶつかるので逮捕は仕方がない、コピーが簡単にできるネット社会が放置されていることに疑問を感じる、変えるには著作権法違反状態を蔓延させるしかないと考えたと供述しておられるそうです。あくまでも法律、新聞の話ですからね。新聞に書いてある話が全部本当だったら世の中あれですけれども、ここにはそう供述したと書いてあります、この新聞によれば。
 私どもの立場としてこれどうするんだと言われるんであれば、これは、便利なものができてくるとそんな、世の中便利になる、安くなる、非常に利便に供するというのは確かですが、それと同時にそれを悪用するのが出てくることもまた確かなんで、恐らく常に世の中そういうものだと思いますんで、このバランスが、このコンテンツ、コンテンツ、その使い方の、利用する人の倫理とかいろんなものが関係してきますんで、これは常に追っ掛けっこなんだとは思いますけれども、私どもとしてはこれバランスを取ることが大事なんであって、この種の便利なもののソフトというものは、これは私ども政府としては積極的に開発を進めていく、かつそれは著作権法とうまくバランスさせていくという、そこのところ、作り方が難しいと申し上げているんであって、政府としての中、何かばらばらというわけではないという具合に御理解いただければと存じます。

 それじゃ、金子さんは、バランスを取るために逮捕されたんですか?

 そして、最後に中川昭一経済産業大臣は、IT技術と知的財産の両立について語るかと思いきや、やっぱり司法へ丸投げでした。

今総理からもお話ありましたが、まず一つは、ITで政府が一体となって世界一を目指そうとやっております。それから知財においても、若干アメリカ等に比べると後れぎみであった知的財産立国、つまり権利の保護と、権利、その法、価値の利用という両面をどうやって、その法制度も含めてやっていこうということもやっております。これはまあ一見矛盾するようですけれども、実は矛盾しないと私は思っております。知的財産がきちっと守られることによって更に技術の進歩があるというふうに私はとらえたいと思っております。
 そういう意味で、今回のこの不特定多数の間の個人間の情報のやり取りソフトと、大変すばらしいことだろうと思います。でも、それはそれとして、今、麻生大臣や竹中大臣からも御答弁ありましたように、やっぱり必ずその一つの政策を進めていくと何か弊害なり障害なり、また課題が出てまいりますから、それが知的財産の権利の問題である。
 つまり、知的財産を持っている方の、コンテンツをそもそも持っている方から見れば、どんどんどんどんそれでもって結果的に、結果的にですよ、大勢の人に、一枚幾らで買ってもらえたものを、ただでダウンロードされてどんどんどんどん配信されちゃったんじゃ、これはこれでまたコンテンツの問題としていかがなものかという問題が知的財産の側からの論理としてあるわけでありますから、その辺も御理解いただいて、後は司法判断を待ちたいというふうに思っております。

 南野知惠子法務大臣がどのような発言をしたのか興味ありますが、あまり中身のある答えが得られないと判断したのか、福山哲郎は以下のように南野大臣の発言を省略してしまいました。

実は、先ほどからのウィニーの件は南野大臣にお答えをいただきたかったんですけれども、なかなか厳しそうだったので。

カプセルマン

 2005年2月25日、JASRAC京都支店で木村警部補がWinnyの動作検証を行いました。

 検証実施手順書は事前に弁護側に開示されておらず、実施日も弁護側に箝口令かんこうれいをしくなど、何か仕込んでいそうな雰囲気を漂わせていたので、接続ノードは公開されているものを使用するように求めました。

 案の定、自動ダウンロードに「無修正」というワードを入れようとしたり、違法なファイルがダウンロードされていることを見せようとするなどしてきました。

 しかし、なぜかこの検証ではファイル名の頭に「【合法】」とついたものばかりダウンロードされてきました。木村警部補は、なんとか著作権侵害のファイルを開こうとしますが、表示されるのは【合法】な素人の漫画「カプセルマン」ばかりでした。

 金子勇著「Winnyの技術」で、Winnyの仕組みの詳細が公開されるのは2005年10月8日ですが、それ以前から2ちゃんねるではWinnyの仕組みが研究されていました。もしかしたら、2ちゃんねるのお祭りだったのかもしれません。

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