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金子勇とWinnyの夢を見た 第5話 金子勇の経歴 その5

※この記事は、Advent Calendar 2023 『金子勇とWinnyの夢を見た』の六日目の記事です。

逮捕

 逮捕は、現行犯逮捕の場合を除き裁判官が発行する令状に基づいて行われます。

 逮捕されると警察の留置場に連れていかれ身体拘束されます。他の事例を参考にすると、検察官に「逮捕します」と告げられ、留置場に連れていかれる間、十分な説明はないそうです。留置場に入る前に、パンツ一枚にさせられ、身体検査を受けます。その際、刺青の有無やペニスに玉が入っていないかまで調べられます。衣類も、首つりに使えそうなネクタイやベルト、ひも状のものは禁止され、サンダルに履き替えます。以後、サンダルに書かれた番号で呼ばれることになります。(※1)

 警察官から取り調べを受け、供述書が作成されます。そして、逮捕後48時間以内に検察に送致されます。本来なら警察の留置場から検察の拘置所へ移送されるのが正しいやり方なのですが、ほとんどの場合は移送されずに留置場にとどまることになります。

検察

 検察では24時間以内に起訴・不起訴の判断をすることになっていますが、通常は10日間勾留し、更に10日間延長して取り調べが行われます。実際には、10日で終わることは稀で、うわべだけの取り調べであっても20日間きっちり勾留するのが普通です。逮捕から最大23日間、取り調べが続くことになります。取り調べといっても、弁護士の立会ができず、検察側に有利な内容しか記録されません。ほぼ警察の捜査内容を追認することになってしまいます。

 2004年5月10日に逮捕された金子さんは、京都市五条警察署の留置場で身体拘束され、12日に裁判所で勾留質問を受けます。勾留請求は、検察の請求だけでなく、被疑者の言い分も聞くために勾留質問が行われるのです。その中で、金子さんは著作権侵害を蔓延させる目的でWinnyを作ったことを否定しました。

 「自白による逮捕」という筋書きだった検察官は、勾留質問が終わると慌てて五条警察署で、「裁判所での発言は嘘です。弁護士に入れ知恵されたのでそう言ったのです」という調書に署名させます。

 近年は警察の不祥事や冤罪のニュースを耳にすることが多いのですが、一昔前には警察のすることは全て正しいと信じている日本人は今より多かったと思います。普段は警察を信用していなくても、実際に警察で取り調べを受けると、言われたとおりにするのが正しいのだと思うようになったりします。金子さんも、調書に署名する際に「後で訂正できますよ」と言われたのを信じてしまいました。実際、取り調べで署名した調書は証拠となり、簡単に訂正することはできません。これは、明らかに詐欺師の手口です。

 翌日、それを知った壇俊光弁護士は、印刷した支援者からのメールを手に警察署に駆け付け、なんとか5分だけの接見の許可を得ます。そして、金子さんに間違った内容の調書には一切署名しないことを誓わせました。なにしろ、前日の12日に金子さんと接見し、「自分の納得いかない調書に署名しないように」と約束させたばかりでした。支援者からのメールの印刷を見た金子さんは、支援者やほかの技術者のために戦うことを誓います。

 5月12日から20日間勾留されるので、勾留満期は5月31日になります。検察の動きから起訴されるのは確実と見られたので、勾留期間が終わる6月1日の保釈に向けて、壇先生の準備は大変でした。

 取り調べの中では、被疑者が驚くような情報突きつけ、動揺させ、追い詰めるのが常套手段です。しかしながら、いくら検察がまくしたてようとも、邪念のない金子さんは動揺することなく、それ以降は自分の判断で黙秘を通しました。(※4)

過去の冤罪事件を踏まえると、取調べで何か供述することで、かえって真実が歪められてしまうおそれがあります。そこで、「黙秘は真実を守る」という見地などから、弁護士が供述をすることによって利益があると判断した場合以外は原則として黙秘をするというセオリーが提唱されています。

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人質司法

 起訴前の勾留期間は、アメリカでは原則1~2日、フランスでは4日となっています。また、その間の取り調べで弁護士の立ち合いや取り調べの録音・録画が行われるのに足して、日本は23日間の取り調べに弁護士が立ち会うことはできません。また、重大犯罪以外では取り調べの録音・録画は行われません。拷問的な行為で容疑者に自白を強要する「人質司法」と言われ、問題となっています。

 警察が検察に送致せずに刑事手続きを終わらす微罪処分の場合は、前科にはなりません。また、検察が不起訴の判断をした場合も、前科にはなりません。しかし、警察のデータベースに顔写真や全指指紋が記録され、なかったことになるわけではありません。

 起訴する権限は検察だけが持っており、「起訴独占主義]と呼ばれます。2021年のデータでは、警察から検察に送致された事件のうち、約1割が通常の裁判にまわされ、約2割が罰金を払って終了する略式起訴となり、残りは不起訴と執行猶予となっています。

 ちなみに、「勾留」と「拘留」は、どちらも「こうりゅう」と読みますが、「勾留」は容疑者の逮捕後に行う身体拘束のことで、「拘留」は有罪判決を受けた後に刑務所や拘置所の施設に1日以上30日未満の間、身柄を収容することを言います。

 検察官は、警察から送致された事件を自ら被疑者や参考人の取り調べや捜査を行ったり、警察官を指揮して補充捜査させたりします。また、起訴した事件については、公判で立証し、裁判の執行を指揮監督します。

保釈

 無罪を主張している被疑者の保釈は、なかなか認められません。保釈が認められなかった場合、拘置所に入れられます。原則、起訴後は取り調べは行われません。起訴後の勾留期間は原則2か月で釈放することになっています。しかし、1か月ごとに勾留を延長でき、回数の制限はありません。1年以上、最悪、裁判が確定するまで拘置所に閉じ込められたままということもありえます。

 拘置所では、部屋の隅の丸見えの便器で用を足したり、ワンパターンで冷たい食事が繰り返されます。

 特に、医療面の問題は大きく、持病があって投薬している場合でも、自分の薬を持ち込むことはできず、適切な薬が入手できない場合があります。勾留中に病気にかかった場合、医務官がなかなか診察してくれなかったり、無視されることがあるようです。 近年は改善されているとの情報もありますが、拘置所の現場では、勾留されている被疑者のことより、自分たちの責任にならないよう振舞うことが一番という風潮があるようです。

 勾留する理由は「極悪な犯罪者」であったり、「証拠隠滅」や「逃亡の恐れがある」場合です。しかし、金子さんはどう見ても極悪要素はありませんし、海外に逃亡するような危険性も見られません。保釈に必要なお金も、2ちゃんねるの支援者や、大学関係や、様々な方面から支援金が集まり、1,600万円にもなっていました。証拠品については、使用していたPCは全て押収されていますので、これ以上隠滅するものがありません。

 金子さんが保釈されなかった場合、裁判への準備が十分できない可能性があります。また、金子さんの精神、身体への負担も大きくなります。裁判に勝つにはなんとしても保釈を認めてもらう必要がありました。

 一部では、「逮捕されるのは当然」という見方もありましたが、日経XTECHの2004年5月に行ったIT Pro読者調査では、3,076人の回答のうち69.4%が間違っていると答えています。(※2)

 2004年5月14日に、弁護団は以下のような声明文を発表しました。

 本日,金子勇に対する,著作権法違反幇助容疑による逮捕及び勾留について,弁護団は,京都府警の強引なやり方に憤りを禁じ得ないものであります。
 平成16年5月10日の金子勇に対する突然の逮捕は,Winnyというソフトがあたかも著作権違反をするための道具であり,Winnyの開発や頒布が著作権の幇助で有るという誤った理解の元に逮捕に至ったものであります。
 しかしながら,Winnyは,P2P型ファイル交換ソフトであり,特定のサーバに負担をかけることなく効率良くファイルを共有化するために開発されており,今後のネットワーク化社会にとって非常に有用なシステムであります。また,ファイル交換システムは,広く用いられており,これらのソフトが違法視されたことはありません。アメリカでは適法とされた裁判例もあります。
 金子勇は,Winnyを技術的検証として作成したにすぎず,このソフトを悪用したものを幇助したとして罪に問われることは,明らかに警察権力の不当行使であります。
 今回の逮捕・勾留がクリエーターの研究活動に与える萎縮的効果は計り知れず,今後の日本におけるソフトウェアー開発環境を揺るがせるものですらあります。われわれ弁護団は,本件の不当逮捕・勾留に対し力を尽くして弁護活動をしていく所存です。
以上

日経XTECH(※3)

 6月1日、保釈金500万円と一部の者との面談禁止を条件に保釈が認められましたが、すぐに検察官から準抗告・執行停止の申立が行われ、裁判官の判断待ちになります。夜10時になってやっと保釈が決まりました。

 保釈された金子さんは、弁護団の車でマスコミの大群を抜け、大阪へ向かいました。


※1 『角川歴比古 わが囚人生活226日』, 文藝春秋 2023年11月号

※2 『【結果発表】Winny作者逮捕,IT Pro読者はこう考えた』, 中村建助, 日経XTECH, 2004-05-31

※3 『Winny作者逮捕から日本のプログラマについて考える』, 日経XTECH, 2004-05-18

※4 『秋田真志弁護士が登場する映画『Winny』を同じ事務所の弁護士が解説してみた』, 西愛礼, しんゆう法律事務所, 2023-03-16


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