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読書めも『マネジメントは嫌いですけど』関家 正弘


本書は、技術者出身の著者が「マネジメント」をどのように捉え、どのように実践してきたかが書かれています。多くの技術者がマネジメント職を嫌う傾向がありますが、マネジメントを「技術」として捉えることでマネージャーとして活躍できる道を探ります。

社内である程度の年数を務めていると、役職がなくとも次第とマネジメントを任されることが増えてきます。

しかし、誰でもマネジメントが重要であることを認識していながら、実践的なマネジメントのトレーニングが行われているでしょうか。ジョブ型だとか専門性だとかお題目を唱えていても、マネジメントについて深く考えず、全てお任せ状態で放置されていませんか。そして、よくわからないまま、なんとなくマネージメントっぽいことを行っていないでしょうか。

その結果、職場が段々と消極的になり、解決しやすい小さな問題を、やりなれた方法で処理するばかりで、本来の問題を「自分が解決できる問題」にすり替えられてしまいます。著者は、これを「解決病」と呼んでいます。

「マネジメントは『交渉力』によって『人を動かし』、『予算を獲得』して問題を解決するもの」という考え方が、「解決病」にかかってしまう原因です。

未来から逆算して考える

「解決病」を発症させないためには、未来から現在を見るような感覚で問題の解決策を考えるのです。「問題が根本的になくなった世界」あるいは「問題が問題とならなくなった世界」を想像してください。技術者が研究論文を書く際の発想と同じで、「今できること」ではなく「未来に必要なこと」から考えようにしましょう。

マネジメントは、「現在の延長線上に未来を作る」のではなく、「未来を起点に現在を変える」ことが本質です。そのためには、過去の成功体験に囚われず、変化し続けることが求められるのです。

理想を描いて余裕をつくる

組織の持続的な成長のためには、短期的な成果だけでなく、長期的な目標を設定することが重要です。

まず、組織を作るときには、きちんと現実を受け入れる心の持ち方が大切になります。「こうであったらいい、こうであってほしい」という理想の状態がスタート地点だと思い込んでしまうと、非常に危険です。

  • 仕事は頼んだ方にも責任がある

  • 誰かがやらないといけないから任命されたのであって、実績があるから任されたのではない

  • 結局、後から振り返れば、「できることはできてる」し、「できないことはできていない」

組織のメンバーに能力に差がある場合、能力の高い人がフル回転で働いて早く結果を出すほうが、生産性が高く、効率のいい「正しいやり方」のように見え、外部から評価を得ることができます。そして、簡単な問い合わせは能力の低いものに振り分けることになります。

この方法では、スキルが技術者個人の中で閉じてしまい、結果として属人化してしまいます。できる人には「俺がやればうまく速くできる」という優越感が生まれ、部員間に非協力的な関係が生じやすくなります。

技術系の職場のマネジメントは、自分自身の力を発揮することが一番なのではなく、組織の平均のレベルを上げることが大切だと理解できるかどうかが鍵となります。

組織が持続的に機能するためには、全力を出し続けるのではなく、「60%の力でアウトプットする」ことを基本とします。これにより、学習や成長のための時間を確保できるようになります。そして、アウトプットは個々の力で測るのではなく、全体の力の総和の割合で考えるようにします。

自分たちの財産となるナレッジをまとめ上げる時間を確保することにも、大きな意味があります。初歩的な問題であれば、共同で解決することができるようになり、対応の質も上がっていきます。1つ1つのケースにこだわるよりも、組織の仕事として安定して対応できるほうが、結果としてたくさんの要求に応えることができると実感できるようになってきます。

そして、Googleの「20%ルール」に着想を得て、「20%を学習やスキルアップのため」に使います。これにより、個人の能力の絶対値を上げ、サービスのアウトプットの絶対値が上がるという循環を意識してもらいます。

「学習のための20%」を目標として明確に定めることは、組織として現状の力が低いことを認め、そこから成長することが仕事であると位置づけることになります。技術研修へ行く時間も、この「20%」を使い、研修の成果が職場で発揮されることが期待され、メンバー相互の意識を高めます。

そして、残りの「20%」の使い方は

平常時:チーム内の知識共有やプロセス改善に充てる
緊急時:突発的な問題への対応に備える

緊急時の難しい問題に対応させる担当を「現時点で最も能力の高い技術者にはしない」ことに努力しました。能力の高い技術者に任せてしまえば、管理者としては楽ですが、その人の解決した問題は常にその人しか解決できない状況が生まれてしまいます。将来のことを考えれば、対応に時間がかかるメンバーにこそ経験してもらい、組織としての総合力を上げることが重要です。

しかし、「20%」では足りず、全ての力を注がなくてはならないときもあります。管理者としては、全力投球はある意味快感を伴います。「全員で夜も寝ないで解決にあたっています」という姿勢は、それだけで周囲の信頼を得ることができてしまいます。しかし、それは継続性のない、「今しか考えていないマネジメント」なのです。

時間というのは、絶対的な有限の資源です。人というのも、絶対的に有限の存在です。リソースはすぐには増やすことはできず、割り当てることしかできないということをいつでも肝に銘じて、安易に資源を浪費しないのが最も大切です。そのためには、「余裕」をどれだけ作った状態でいられるかが鍵となります。

また、マネージャーになったからといって、技術に関心を持つことをやめるべきではありません。新しい技術を実際に試して動かしている姿を周りに見せることも重要です。

技術者をマネジメントするうえで難しいことの1つは、彼らに対して「マネージャーは技術をわかろうとしている」という安心感を与えることです。マネジメントをする人間が学ぶことを楽しみ、社外に対しても技術者としての交流をオープンにおこなっているという姿を見せられることは、技術者に心理的な安心感を少しでも与えられたのではないかと振り返っています。

部下は思いどおりに動いてくれない

マネジメントには絶対的な正解はなく、試行錯誤を重ねながら最適な方法を見つける必要があります。

恐らくどのような組織でも、上司がどれだけ知識を持っているか、どれだけ信頼できるか、部下による「意地悪なテスト」が行われます。これに対しては、透明性を持って対応することが重要です。

  • 自分の知らないことを聞いたときに、細部まで丁寧には教えてもらえない

  • 何かを依頼したときに、「前任者の言っていたことと違います」と言われる

  • 変化しようとすると、基本的に拒絶される

  • 探るような目で見られる

  • 自分のまだ知らないことを聞いてくる

マネージャーは完璧である必要はなく、自分の弱点を素直に認め、チームの力を借りることが有効になります。自分の考えを伝え、わからないことはわからないと言い、間違っていたら謝り、批判されたときは納得すれば同意し、納得できなければ反論する。

人はそれぞれ得手不得手という多様性を持っています。結局のところ、自分自身を理解してもらうことでしか、マネージャーとしての正当性を顕すことはできませんでした。特に技術系の集団の場合は、弱みをオープンにしないことで起きる負の効果が顕著です。

学べる仕組みを実装する

教育は一方的な教え込みではなく、部下同士で教え合う仕組みを作ることが最も効果的です。教師から教わり、教師から許可を得たメンバーは、教える側へ回るようにしてもらいました。

また、社外に向けた勉強会という形で、広く一般の技術者に講習を受けてもらう試みを行いました。教わってばかりだと、「教わって当然」という甘えが抜けません。

そして、最終的に「科学的な考え」を身につけてくれるように願っていました。大切なのはどうやって立ち向かって結論へと進むかであり、正解を確認することではないのです。

現状を正しく認識する意見に耳を貸さなくなる精神状態に陥るのはめずらしくありません。そうしてその場しのぎな「判断」の結果、悲劇的なことや喜劇的なことを繰り返してしまうのも人間です。

思った通りにいかないときは、思いつきで判断するのではなく、数値やデータに基づいて意思決定を行うようにします。「推測するな、計測しろ」です。

キャリアパスから組織を考える

技術職の成果は目に見えにくいため、適切に評価される仕組みを作る必要があります。「何も問題が起きない」状態を維持するために、どれだけ彼らが貢献しているか、評価する術を持たないのは問題です。

技術者が会社で起きているいわゆる「事故」と呼ばれている問題を解決する姿を役員レベルにまで見せていく努力を行いました。偉い人が技術者たちの邪魔をするのを妨害しつつ、何やら難しい問題を解決してる姿を見せることに努め、社員の技術者が社外の協力会社と同等に技術力があることを理解してもらい、彼ら個人個人を覚えてもらうことを意識的におこないました。

しかし、成果に見合った金銭的な報酬を出すことは、恐らく難しいでしょう。代わりに、スキルの向上や成長を報酬と考える文化が重要です。

ある程度の力を身につけた者には、次々に新しい技術的な課題や興味のある分野の仕事を見つけてきて与え続けらられれば、それが彼らのモチベーションとなります。

ただし、なんでも好きなことをやらせるというわけではなく、これから必要となるだろう新しい技術に感度を持ち、事業とかけ離れない範囲で予想し続けることがマネジメントとなります。結果として、自分自身の成長も促されることになりました。

近年、新卒の初任給が引き上げられる傾向がありますが、反面ミドルクラス以上の給与が犠牲になっています。優秀な人材となれば、報酬の高いトップクラスの企業へ移ってしまうことは止められません。人材流出を止めるには、賃金か職場の魅力を上げるしかありません。「せっかく育てたのに出て行かれると企業としての損失」だと、教育をおろそかにするのは本末転倒です。

職場全体としてのスキルアップを続けていくことができれば、残された人や技術の資産にも十分価値があるはずです。「トップクラスの企業へ転職して巣立っていけるくらいの技術者を育てることができる」職場を誇るべきです。

組織の中のお金の理屈

プロジェクトの予算が適切かどうかを疑い、無駄なコストを省く姿勢が重要です。

まず、予算の仕組みを知っておくことが大切です。技術者は、何事も理解しようとして根掘り葉掘り探る性質があります。しかし、「予算」となるとどれだけの人が関心を持っているでしょうか。予算は「押し付けられる」ものだと思っていませんか。

楽をするためにお金をかけることは、マネジメントで避けるべきことです。過剰にリスクを避けるためにお金を使うことも同様です。

お金をかけることで良くなること、特に時間を短縮できることにお金をかけることは、一番いいお金の使い方の1つです。事前にお金で解決できる問題がないか調べ、準備をしておくことで、時間切れになる前に対処できるかもしれません。時間は簡単に増やすことができないのです。

完成したマネジメントなんてない

組織は常に変化し続けるものであり、「完成した」状態になることはありません。

組織が継続していくために、共通した目標を常に一番に考えること。それは決して建前だけになってしまってはいけません。言うだけだったり、思ってるだけではだめで、行っていること、その結果が評価されることを示さなければなりません。

正解のない世界でマネジメントをしていくには

世界を理解するためには、自分自身の感情が信じたいことを否定することが必要です。

人を感情で動かす理論とは離れたところで、未来を見つめて実験的な実践を繰り返す問題解決方法や論理的な思考を重んじるマネジメントが、とても大切になっていると思います。

そして、間違っていたらどうするのかを考えておきます。決断したことに対して、3つ以内の否定的な意見を持つべきです。

人との交渉に重きを置くと、個人のプライドが入り込み、以下の三大疾患が発病します。

  1. 謝ったら死ぬ病

  2. わからないと言ったら死ぬ病

  3. 自分の世界から出てこない病

分からない状態が普通であるということを認めることでしか予防できません。

また、「今までやったことがないことは、やってはいけないことである」という思い込みは、やっかいな「バリア」となります。

自分の組織のバリアを取り除くためには、自分の組織を超えた大きな組織のつながりそのものの変更が必要なことがたくさんあります。そういうことからも、会社の仕組みや財務や他業種の知識などを「技術」として学ぶことが大切になります。

マネージャーは「目的のために手段を選ばない」ことが大事です。

「このままにしておくと、こういう被害が出ます。また、違う案だとこういう被害が出ます」 というように、比較できる材料を与えることで、選べるような情報を出すことが大切です。

また、 「原因はなんだ?」と聞かれたときに、「たぶんこうですが、はっきりとはわかりません」といった言い方をするよりも、「原因はわかりません。けれど、こういう方法を取れば回避できます」というように、現実の問題を解決する方向へ向けることが重要です。

技術的な理解と信頼があれば、ときには策士になることがあってもいいでしょう。しかし、山師になってはいけないし、もし山師がいるときは“本当のような嘘”を見抜いて避けなければなりません。技術者は、その眼を持っているはずです。

「自分が正しいと思うことをおこなうのだ」という原理原則を持っていても、正しい決断が実行されるとは限りません。それでも、まちがいを犯したおかげで、次の決断が少しでも良くなればいいのです。そういう行動を続けていく間は、マネージャーになったとしても「技術者」としての成長も続いていきます。

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