![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/157312603/rectangle_large_type_2_fb42e4194901efc14b338e15ab216bdf.png?width=1200)
読書めも『YOUR COMPUTER IS FIRE』~アラビア語タイプライターについて~
※個人的な読書めもです。実際に書かれている内容とは異なる、勝手に追加した内容も含まれています。本に何が書かれているかを知るためには、やっぱり、自分でちゃんと読むことをお勧めします。
テクノロジーはしばしば「中立的」または「解決策」として描かれますが、実際には既存の権力構造や不平等を反映し、さらに強化することが多い。したがって、技術を批判的に分析し、その社会的・政治的影響を考慮することが不可欠である。
この本の中で、アラビア語タイプライターについて書かれた章を掘り下げてみた。内容は独自に作成したため、決して書籍の概要を意味するものではない。
第10章 Broken Is Word
Andrea Stanton
アラビア文字の歴史
アラビア文字はアラビア語だけでなく、中東、北アフリカ、南アジア、そして中央アジアを含む広範な地域のさまざまな言語で使用されている。
紀元前6世紀頃にアラビア文字の基礎となる表記体系が確立され、4~6世紀頃に現在のアラビア文字が完成した。7世紀にイスラム教が成立し、アラビア語で書かれたコーランが広まったことで、アラビア文字の使用が急速に拡大した。
9~13世紀になると、イスラム世界ではアラビア文字が学問、詩、文学、行政文書に広く使用されるようになり、多様な書体が発展した。そして13世紀以降、オスマン帝国の支配下でアラビア文字が公用語として使用され、オスマン語(トルコ語)やペルシャ語の表記にも使われるようになった。また、ムガル帝国ではアラビア文字がウルドゥー語や現地の言語の表記に使用され、インド亜大陸全体において文化的、宗教的な影響力を強化した。
しかし、1928年にトルコではアラビア文字からラテン文字への切り替えが行われた。一方で、イラン、アフガニスタン、パキスタン、中央アジア諸国ではアラビア文字が維持され、地域独自の書体や表記法が採用されている。
現在、アラビア語はサウジアラビア、エジプト、シリア、イラク、アラブ首長国連邦(UAE)、モロッコ、アルジェリアなど22か国以上の公式言語であり、ペルシャ語、ウルドゥー語、パシュトゥー語、シンド語、クルド語、カシミール語、ウイグル語、バローチ語、マレー語、ハウサ語、ソマリ語など、多くの言語でアラビア文字が使用されている。
アラビア語タイプライター
アラビア語のタイプライターの歴史は、アラビア文字の複雑な構造と右から左に書く特性に対応するための技術的な挑戦の歴史であった。19世紀末から20世紀を通じて進化し、アラビア文字を効率的に機械で打てるようにするための試行錯誤が続けられた。
初期の試み(19世紀後半〜20世紀初頭)
アラビア語タイプライターの開発は、19世紀末に始まった。標準的なタイプライターはローマ字用に設計されていたため、アラビア語の複雑な書字体系を取り込むことは困難だった。アラビア文字の連結形式を正しく再現することが難しく、初期の印刷物では接続が不正確で読みにくいレイアウトも多く見られた。
印刷の分野では、ヨーロッパの印刷工房で、アラビア語を含む東方言語の活字印刷が試みられた。しかし、アラビア文字の連結形式を正しく再現するのが難しく、初期の印刷物ではしばしば接続が不正確なものや、読みにくいレイアウトが見られた。
中東や北アフリカの出版業者たちは、独自のフォントや書体を開発し、文字の統一性や美観が向上し、標準化されたアラビア語の活字が登場するようになった。特に、オスマン帝国時代の「ナスフ(Naskh)」書体の普及が活字の標準化に貢献した。ナスフは、明確で読みやすいデザインを持ち、文字が連結する際の均整美と安定性が高いため、現在でも多くのアラビア語印刷物やフォントに採用されている。
1899年、セリム・ハッダッド(Selim Haddad)というオスマン帝国出身の発明家がアメリカで初のアラビア語対応タイプライターを特許登録した。このデザインは、アラビア文字のそれぞれの形(単独形、語頭形、語中形、語尾形)を考慮しており、ラテン文字の標準タイプライターとは異なる設計を持っていた。ハッダッドは、文字の一貫性と整合性を維持するために、アラビア語特有の接続形式を考慮した設計を試みたが、商業的には成功しなかった。
20世紀初頭には、いくつかのアラビア語タイプライターがアメリカやヨーロッパのメーカーによって試作された。しかし、アラビア語の特殊な書記法が、当時のタイプライター技術では非常に扱いにくかったため、一般に普及することはほとんどなかった。
中期の発展(1920年代〜1950年代)
アラビア語タイプライターが本格的に開発されたのは、1920年代以降である。この時期に、アメリカやヨーロッパのタイプライターメーカーが、アラビア語を扱う市場への進出を試みた。
1920年代後半から1930年代にかけて、アメリカの「リメイントン(Remington)」や「アンダーウッド(Underwood)」などのメーカーが、アラビア語タイプライターを改良したモデルを発売した。これらのタイプライターは、アラビア語の各文字の接続形態を考慮し、文字間のスペースを調整できるように設計されていた。また、右から左への文字入力を可能にするために、キャリッジリターンの方向を逆転させた特別な機構が組み込まれた。
しかし、これらのタイプライターは依然として限られた機能しか持たず、速度や使いやすさにおいて大きな課題が残っていた。特に、アラビア語の複数の文字形(単独形、連結形、語末形など)に対応するために、多くのキーを必要とする設計が必要であり、標準的なQWERTYキーボードと比べて扱いにくかった。
技術の革新と普及(1950年代〜1970年代)
1950年代になると、アラビア語タイプライターの設計が大幅に改良された。タイプライターの機構を電子制御に移行する試みが行われ、より高度なフォント処理が可能になった。
1957年、モハメッド・ラクダール(Mohammed Lakhdar)というモロッコの発明家が、アラビア語用のタイプライターシステムを開発した。このシステムでは、長母音と短母音を区別する機能を備えており、文字の書体を正確に表示できるようになっていた。彼の設計は、標準的なタイプライターを改良することなくアラビア語の発音を表現できる点で画期的であった。
1970年代には、初期の電子タイプライターが導入され、アラビア語対応の電子タイプライターもいくつか開発された。この時期の機械では、文字の自動連結や右から左へのテキスト入力を支援する機能が加えられ、アラビア語を効率的に入力できるようになった。
アラビア語の活字印刷を発展させるために、個々の文字を異なる形態(語頭形、語中形、語尾形、単独形)として分割し、それらを再構成するための特別な印刷技術が開発された。
コンピュータとワードプロセッサの時代(1980年代以降)
1980年代以降、パーソナルコンピュータとワードプロセッサの普及により、アラビア語タイプライターの需要は減少した。しかし、アラビア語の文字形態に対応することは、初期のワードプロセッサにとって大きな課題であった。
コンピュータ処理の課題
現代では、アラビア文字は多くのデジタルプラットフォームで使用されているが、いくつかの課題も残っている。特に、双方向のテキスト処理、文字の連結、文字化け、標準フォントの不足などが問題となっている。また、多言語対応が必要な地域(中東や北アフリカ、南アジア)では、アラビア文字とラテン文字、または他の系統の文字を同時に使用する際に、複雑なテキスト処理が求められる。アラビア語は、文字の形が単語内での位置によって変化する「連結文字体系」を持っている。文字同士がつながるため、語頭形、語中形、語尾形に変化し、前後に文字がないときには独立形になる。
文字の連結
アラビア語は、文字の形が単語内での位置によって変化する「連結文字体系」を持っている。左右の文字とつなげるため、語頭形、語中形、語尾形という形に変化し、前後に文字がないときには独立形という形になる。右から左への文字の流れ
アラビア語は右から左に流れるが、数字や英字は左から右に流れるため、双方向性がある。ダイアクリティカルマーク(タシュキール)と点(ドット)
アラビア語の多くの文字には点やダイアクリティカルマークが含まれ、これらは文字を区別する重要な役割を果たす。しかし、OCRやフォントレンダリングの際に、点やマークを正確に認識することは難しく、特に手書き文字やスキャンした文書のデジタル化の場合に問題が生じる。
アラビア語で使われるダイアクリティカルマークには、ファトハ(小さな斜めの線(ʾ)を文字の上に書く)やダンマ(小さな「و」形の記号を文字の上に書く)、カスラ(小さな斜めの線(_)を文字の下に書く)、スークーン(小さな「°」形の記号を文字の上に書く)、シャッダ(小さな「ـّ」形の記号を文字の上に書く)、タンウィーン(単独のファトハ、ダンマ、カスラに似ているが、各記号を2つ重ねた形で使用される(「ـً」、「ـٌ」、「ـٍ」)などがある。
日常の書物や新聞などでは省略されることが多いが、アラビア語の初心者には発音や文法が混乱し、誤解を生じやすい。更に、検索時にダイアクリティカルマークの有無で正しい検索が行えない場合がある。
1980年代後半から1990年代にかけて、アラビア語対応のワードプロセッサが導入されたものの、まだ機能面で不完全な点が多かった。例えば、アラビア語の母音記号や特殊記号(タシュキール)を正しく表示するのが困難であり、文字間の配置も不安定であった。
アラビア語を含む多言語の電子処理において最大の転機となったのが、1991年に導入された「Unicode」規格である。Unicodeは、各文字の異なる形態(初中終形など)を一つの符号体系の中で一元的に管理し、文字の自動連結や組版をサポートできるようにした。
2000年代に入り、MicrosoftやAdobeなどが開発した「OpenType」フォント形式は、アラビア語を含む多言語処理をサポートする機能を持っていた。アラビア語専用フォント(「Traditional Arabic」や「Amiri」など)が開発され、MicrosoftやAppleなどの主要なプラットフォームでも、アラビア語の入力と表示が標準機能としてサポートされるようになった。OpenTypeフォントでは、アラビア文字の異なる形態(初中終形、母音記号の位置など)を自動的に調整できる「リガチャ(文字の連結)」機能や、文字の変形処理を行うことができた。
現在の状況と展望
2017年にドバイ政府が開発した「ドバイ・フォント」は、アラビア語とラテン文字の双方に対応するフォントデザインとなっており、視覚的にバランスが取れている。WindowsやMac向けのMicrosoft Office 365に含まれる。
WindowsとMacのMicrosoft Wordでは、アラビア語のサポートが提供されていますが、それぞれに特有の課題が存在する。
Windows環境では、アラビア語の右から左への書字方向(RTL)を含む多くの機能が標準でサポートされており、ほとんどの編集作業を問題なく行える。ただし、インターフェースや設定が英語のままであると、メニューのレイアウトやテキストの配置が完全に反映されないことがある。そのため、アラビア語を頻繁に使用する場合は、Office全体の表示言語をアラビア語に変更しなくてはいけない。
一方、Mac版のWordでは、アラビア語のサポートにいくつかの制限がある。以前は、文字の接続や右から左への書字方向が完全にはサポートされておらず、文書内のアラビア語の表示や編集で多くの問題が発生していた。例えば、アラビア語文字が連結されず、個々の文字が独立して表示されることや、入力順序の問題などがあった。
2016年以降のバージョンでようやくアラビア語文字の接続や、右から左への書字方向が改善され、ユーザーは標準的なアラビア語入力が可能になったものの、依然としてWindows版ほど安定していないケースが多い。特に、文章中で英語やその他の左から右に書かれる言語を混在させた際、文章の向きが崩れたり、フォントの調整が不安定になることがある。
WindowsMac問わず、アラビア語を含む複数の言語を使用する際、特に「文書の一部がアラビア語で、一部が英語」という形式では、行や段落の方向、文字の接続、カーソルの移動方向などに不具合が生じやすい。また、特定のフォントを使用すると、アラビア語と他言語の間でのフォントの統一性が失われることがあるため、見た目が整わないといった問題も発生する。
日本語タイプライターと同様に、アラビア語タイプライターは、今日では歴史的な工芸品としての価値を持つだけだ。一方、実用的な場面ではコンピュータやスマートフォンなどに置き換えられている。しかし、アラビア語を効率よく入力するための技術的な改善は現在でも進行中である。特に、アラビア語の正確な表示、発音記号(タシュキール)の取り扱い、そして複数言語の同時使用のための技術的支援は、今後も改良が続けられると考えられている。
これらの発展は、アラビア語の特有の書記体系に対応するために、デジタル技術の進展と共に進化してきた長い歴史を反映している。アラビア語の形態素解析や文法解析は、特に単語の接続形態が多岐にわたるため、他の言語に比べて自然言語処理が難しいとされている。今後もアラビア文字を用いる多言語のユーザーにとって、より使いやすく精度の高い技術が登場することが期待されている。