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金子勇とWinnyの夢を見た 第22話 経歴 その6
※この記事は、Advent Calendar 2023 『金子勇とWinnyの夢を見た』の二十三日目の記事です。
保釈後
金子さんは、2004年6月1日に保釈になり、またプログラミングができる環境になりました。
しかし、作成したプログラムは壇弁護士のチェックが必要というルールが作られ、創作意欲はめっきり萎えてしまったようです。何と言っても金子さんは、思いついたらすぐに作ってみるというプログラミングスタイルでしたし、Winnyの時は多くの人が参加して作り上げた経験もあり、決められた手順を踏むのはいやだったのでしょう。
その代わりに熱中したのはカメラでした。電車で出かけて、電動アシスト自転車に乗り換えて、お気に入りの河原で撮影をしていました。帰りは現地に自転車を置いて、バッテリーだけ持ち帰って自宅で充電していたとのことです¹。
金子さん、自分のことを「飽きっぽいから」と良く言っていました。確かに興味の幅はすごく広かった。でも、飽きっぽいと言う割には、深堀りなんです。趣味で夕焼けの撮影を始めたんですが、しばらくすると、気象学っていえばいいのかな? ハンパなく詳しくなっている。雲がどうなるか予測して、夕焼けがきれいになりそうなスポットを推定して、そこに行って日が沈むのを待つわけです。あれには驚いた……。
興味が湧いたらとことんまでやる。それが飽きっぽいという表現になるのかわかりませんが、気象学だって大規模なシミュレーションですから、根っこはしっかり繋がっています。また、ニューラルネットに興味を持ったときも、最先端を飛び越えて新理論を作ってしまったのです。
古今の新発見は、このように既存の考えを飛び越えていける人が行ってきたのです。
ドリームボート設立
2005年4月26日に、かねてより壇弁護士と計画を練っていた「株式会社ドリームボート」を設立し、技術顧問に就任します。
2005年10月1日には、『Winnyの技術』をアスキーから出版します。東京大学の平木教授を始め、多くの人に協力してもらいました。ただ、肝心の壇弁護士には事前に知らされていなかったようで、当初は3月3日とされていた出版日を、10月3日の被告人質問に合わせるようにと調整されました。
2005年10月3日の第16回公判で行われた被告人質問では、技術立証で「Winnyの技術」を活用しました。検察側からはこの本に関しての主張はありません。恐らく、出版から短期間だったので技術に詳しい人からの意見を聞くことができず、自分たちだけでは理解できなかったようです。
2006年3月11日にNPO法人ソフトウェア技術者連盟(LSE)大阪セミナーで「実践プログラミング講座 〜Winnyの技術とその到達点」の講演を行います。壇弁護士も登壇し「Winnyは優れたソフトウェア。最近、Winnyそのものがウイルスであるかのように報じられているが、Winnyの機能を理解した上で報道してほしい」と訴えました。
2006年3月20日と5月1日の反対質問を終えると、金子さんの裁判での役割は一段落といったところですが、その直後、5月2日にはアスキー主催の「情報漏えい対策セミナー」で講演を行っています。世の中は、暴露系ウイルス「山田オルタナティブ」が広まり、3月15日には安倍晋三内閣官房長官がWinnyを使わないよう呼びかけを行っています。2年間も放置されたままのWinny2をすぐにも改修したいという思いがありました、それができない悔しさを訴えました。
SkeedCast発売
2006年8月に、Winnyの技術を使ったP2P型コンテンツ配信「SkeedCast」が発表されます³。京都府警にパソコン等が押収されましたが、バックアップとして保存されていたソースコードが押収されずに残っていました。「Borland C++ Builder」で開発されたWinny2より、「Visual C++」で開発されたWinny1の方が転送効率が良かったので、そちらがベースになっています。
2006年12月13日に、京都地方裁判所で有罪判決が出ますが、2007年4月にインターネットイニシアティブ(IIJ)は、SpeedCastにインフラを提供し、5月に試験運用に入ります。
2008年9月5日、ITpro Challenge!が開かれ、金子さんは「シミュレーション的発想によるプログラミング」と題して講演を行いました。その中で、自分の仕事は裁判に勝って「プログラムするだけで逮捕」という状況をなくしたいと語りました。また、プログラミングについては、「思いついたら公開すべき」と延べ、自分が自由に公開できないことを残念がっていました。
この講演では、これまでほとんど語られなかった、金子さんのプログラミングに対する考え方を知ることができます。
「ほんの少しずつでも先に進むことが,自分のプログラミング手法においては重要。そのためには,手抜きが欠かせない。まずは,必要最低限のものを作る。そしてとことん脱線する。ただ,自分がやりたいと思うことのポイントとなる部分だけは手を抜かない」
2009年2月27日には、「第1回ライブドアテクニカルセミナー」のゲスト講演で「配信の技術と法的問題」と題して講演を行いました。この中で、SkeedCastの技術について説明を行っています。
そして、2009年8月29~30日は、「第参回天下一カウボーイ大会」に参加し、独自のニューラルネット理論「ED法(誤差拡散法)」を披露しました。
2009年10月8日、高裁で無罪判決が出され、12月8日には「SkeedCast2」が発表されました。
SkeedCastがWinny1のコードを転用して作られたため、金子さん以外がコードのメンテナンスをしにくいという状態でした。そこで、ほとんどのコードを書き直して作られたのがSkeedCast2です。
2011年4月に、社名を「Skeed」に変更し、本社を京都京都市から東京都目黒区に移転しまし、Skeed社の社外取締役に就任します。
2011年12月20日、最高裁が検察側の上告を棄却し、無罪が確定しました。
東京大学特任講師に就任
2012年5月20日、東京大学工学部2号館で行われたEEIC五月祭で「Winnyに学ぶP2P」の講演を行いました。
2012年9月11日~9月28日に開かれたITmedia Virtual Expoでは、「Winny開発者の金子勇氏に聞く Skeedが解決するクラウド時代の隠れた課題」と題する講演を配信しました。
2012年10月1日付で取締役兼ファウンダー兼CINOに就任しますが20012年11月30日付けで退任し、東京大学の平木敬教授の尽力により、2012年12月1日付で東京大学情報基盤センタースーパーコンピューティング研究部門の特任講師に就任することになります⁵。
スーパーコンピューティング研究部門は、最先端のコンピューターでマルチコアの並列処理をブンブン動かすことができる場所なので、金子さんの今後がとても期待されましたが、2013年7月6日18時55分、急性心筋こうそくのためお亡くなりになりました。43歳でした。
金子さんのプログラミング哲学
金子さんは、思いついたらすぐに作って、そして使った人からすぐにフィードバックが帰ってくるのがとても嬉しくて、2ちゃんねらーにとても感謝していました。その結果、Winnyは非常に優れたソフトになったのです。結果、途中で開発を断念せざるを得なかったのは、とても残念だったと思います。
金子さんのプログラミングで重要なことは、
モデルはシンプルなほどいい。シンプルなモデルだけど、組み合わせると複雑な系ができる。シンプルなモデルだけど実際に動かすと現実世界がシミュレートできちゃう。そういうのが理想
(略)
その上で手抜きがとても重要だと(笑) 。面白いでしょう? いかに手抜きができるかが大事
という考え方だったと、東京大学・稲葉准教授は語ります。
また、最後に取り組んでいたニューラルネットワークについては、
金子さんは、自分にとってプログラミングとは検証法だとも言ってました。
(略)
そうです。たとえば、ニューラルネットワークについては、頭の中には彼が考えるシンプルなニューロンのモデルがあった。で、それをプログラムでちゃんとシミュレーションして実験によって性能が良いことを示せたら、脳科学者と自分が考えたモデルについて話がしたいと言ってました。「僕は、人間の脳はきっとこうなっていると思うから」と。
と語っています。「動くかどうかわからないものをプログラミングするのが好き」と仰っていましたが、金子さんの頭の中では常に、宇宙や生命のシミュレーションが動いていたのではないかと思います。
¹『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』, 壇俊光, インプレス NextPublishing, 2020-04-24
²『”Winnyは金子さんの本流じゃなかった”——東大 平木教授、稲葉准教授インタビュー』, イトー, 週刊アスキー, 2013-07-22
³『Winnyの金子氏も開発に参画したコンテンツ配信システム「SkeedCast」』, 鷹木創, INTERNET Watch, 2006-04-18
⁴『ITpro Challenge! 2008本番です!--速報レポート&リンク集』, ITpro 島田昇, 日経XTECH
⁵『金子勇氏の取締役退任、東京大学特任講師就任に関するお知らせ』, 株式会社Skeed, https://skeed.jp/wp-content/uploads/press_20130131.pdf