【エッセイ】 「びっくりしたぁ」 〜家庭内カルチャーショック〜
日本では驚いた時、皆が皆、
「びっくりしたぁ〜」
と、一様に言う。
「きゃあ〜」だの、「うおぉ〜」だのと奇声を発した後に、まるでパッケージセットになっているかのように、必ず「びっくりしたぁ〜」がついて来る。嬉しいびっくりだろうが、怖いびっくりだろうが、不意をつかれた時でも、何かや誰かに偶然出会った時でも、どんな状況下でも皆が口を揃えて「びっくりしたぁ〜」と言う。
家の中で私を驚かせることが大好きな夫は、勝手にひとりかくれんぼを始めて、私をおどかすことがある。その度に大声を上げ、「びっくりしたぁ〜」と言う私に、夫はある日、「びっくりしたぁ〜」とはどういう意味だと質問をしてきた。
ちょうど、日本のテレビ番組で、有名人たちがどっきりを仕掛けられるお笑いショーを見た後だった。
有名人の男性も女性も、驚かされたそれぞれが、頓狂な奇声とリアクションの後に、申し合わせたように「びっくりしたぁ〜」と言っているのが、不思議で仕方がなかったようだった。
そう言えば、妻も驚かせる度にそう言っている。「一体、どういう意味なのだろうか」
「『驚いたぁ〜』と言っているのよ」
直訳して答える。
文字通り、驚いた自分の状態を表現する擬態語だが、夫は
「驚いた時に、『驚いた』と言っていたのか?」と、不思議そうな顔をする。
全くその通りだ。だが、日本人は皆、そうやって驚いて来た。
私は、夫の腑に落ちない理由が理解できずにいた。
夫もしつこい。
「日本人は驚いた時に、わざわざ『驚いた』と言うのか?」
驚いた時に、驚いた自分を自ら「驚いた」と説明することが、どうしても不自然に感じられて仕方がなかったようだった。
「じゃあ、驚いた時は何て言うの?」
代わりに私が尋ねる。
「だから、Wow(ゥワオ)とか、Oops(ウップス)とか、Oh, Noooo(オー、ノー)とか、そういった感嘆詞が出て来るのが自然じゃないのか」
もちろん、日本人だって、「きゃあ〜」だの、「わぁ〜」だの、まずは感嘆詞を叫ぶ。しかし、叫んだ後はおおよそ「びっくりしたぁ〜」が付随する。
改めて考えてみると、驚いたとっさの時、母国語が英語の人たちは
「Wow」(ゥワオ)だとか、「Woah」(ゥオ〜)だとか、「Whaaaaaat」(ゥワ〜ッツ)だとかの感嘆詞を叫ぶ。
感嘆詞には実にさまざまな種類があり、驚きの種類によっても驚かされた理由によっても使い分けなくてはならない。ポジティブなびっくり用のいろいろに、ネガティブなびっくり用のいろいろ、その中間的なものもいろいろあれば、汚い言葉もたくさんある。とっさの叫びなのに、いろいろあり過ぎる。更に、感嘆詞を叫んだ後は、
「You scared me」(驚かされたわ)だとか、
「That was close」(危なかったわ)だとか、いちいち驚いた理由を説明しなくてはならない。
そう思うと、英語で驚くのは非常に面倒くさい。言葉を選ばなくてはならないなんて、驚いている暇がないではないか。驚く時は決まって突然なのに、とっさのひと言、決まった文句がないなんて、不便極まりない。
合点のいかない夫のお陰で大発見をすることになった。
日本語なら「あぁ、びっくりした」で、驚いた状況と驚いた気持ちがいとも簡単に表せる。しかも、状況を選ばずにさっと使える。どんなびっくりにも対応だなんて、なんて便利な言葉なのだろうか。
「オノマトペ」という非常に表現力に富んだ擬音語、擬態語が日本語には豊富にある。
「びっくり」も突然で意外な出来事に驚き慌てる様子を表しているのだそうだが、誰が考えたのか、非常に上手いことを言ったものだ。「座布団10枚持って行け!」だ。
私の口からは、今でも驚いた時は、どう驚いた場合であっても、「びっくりしたぁ〜」が真っ先に飛び出て来る。驚いた時は誰しも皆、「びっくりする」ものだ。だから、「びっくりしたぁ〜」がどんな言葉よりも一番しっくりくるのだ。
気づけば、夫も驚いた時に、
「びっくりしたぁ〜」
と言うようになっている。
一度憶えてしまえば、どんなびっくりにも対応でき、重宝で使い勝手がいい。いちいち驚いた状況を説明する必要もない。こんな気の利いた表現は他の言語には見当たらないことだろう。国際的にみても、驚いた時は「びっくりした」に限るのだ。
音の響きは不思議な力を持つ。何の説明も要らない。目を閉じ、音を聞き、想像さえすれば、体の中に染み渡る。
夫も次第に、驚いた自分の状態と「びっくりした」が、しっくりくるようになったのかもしれない。