【振り返り】9月21日のヤクルト戦について
みなさん、こんにちは。
今更ながらUNIQLOで買った感動パンツに感動している、福谷です。
昨日、神宮球場で行われたヤクルト戦に先発しました。
結果的に3勝目を頂きましたが、あれだけ点を取られておいておこがましいなという気持ちが強いですね。
昨日僕が勝ちに貢献できたことはバントを決めたくらいで、あとは野手やリリーフのみんながカバーしてくれた結果です。
ただ、神宮での試合は昨日が今シーズン最後ということは知っていたので、とにかくチームが勝てたらいいなと思っでプレーしてましたし、最終的に勝ててレフトスタンドのファンの皆さんに挨拶できたことを本当に嬉しく思います。
雨が降ったりで蒸し暑いなか、最後までご声援いただきありがとうございました🙇♂️
「どうせ終わるならやってきたことを…」
初回から投げていて感じたのが「スピード感ありすぎかな」ってことでした。
力の伝達として悪い感覚ではありませんでしたが、常に力勝負をしているような感じでしたね。
そうしたい、そうしようと思ってしていたわけではなく、環境や結果に対して自分が気づかないレベルで反応していたんだと思います。
2回、4点も取られてしまいましたが、その力勝負ではなかなか止められないということを改めて痛感しました。
長岡くんや西川くんに打たれたのはそういうボールでしたからね。
そしてサンタナ選手、村上くんにフォアボールを与えたとき「しっかりコーナーに投げないと打たれる」という気持ちが頭のなかに浮かんでいました。
そして満塁になって迎えたオスナ選手に1ボール与えたところで、セルフトークしました。
「ここでホームランを打たれたらたぶん終わりだ。どうせ終わるならここまでやってきたことをやって心中しよう」
そして投げたのは真ん中付近のストレート、力勝負ではなく力を抜いてどこでリリースをしてるのかわからないようなボール。
捉えられた感じがありましたが結果的にセンターフライでした。
1イニングに4点も取られ、追加点も与えたピッチャーが言うことではないかもしれませんが、あの1球がなかったらもっと酷いことになってたなと思います。ゲームを完全に壊していたかもしてません。
結局のところ最後はメンタルだと思いますし、そのトレーニングが僕にはまだまだ必要だと思います。
この壁を越えられれば無失点の試合をもっとつくれるような気がするからです。
自然体
最近、「自然体」という言葉を使う機会が多いです。
7月にファームで打ち込まれ、すごく落ち込んで無気力な状態になったときのことですが、なぜか肩の荷がおりる感覚をもちました。
それまでかなり気張ってる状態だったのでしょう、力を抜くと持ってるものの重みを感じられるように「心のなかで、こんなにも重いものを背負っていたのか」と気付くことができました。
立場やキャラ、まわりからの期待などに反応したりそれを超えようとするとき、気持ち的にすごい負担を感じることが皆さんもあると思います。
気付かぬ間に、無意識のうちに負担を(しかも勝手に)背負っていた自分が恐ろしくなり、自然体でいることを意識しようと思ったんです。
自然体でいるために僕がしてるアクションはこんな感じです。
食べたいものを食べる
寝たいときに寝る
数字を追いかけない
SNSの情報をスワイプやスライドで探さない
パッと出てきたのがこれらですが、探せばもっとあるかなと。
大切なのは「自分がどう感じるか」を優先にしてみるってことですね。
人がやってるから、今までやってきたから、やったほうが将来につながりそうだから、ということから距離をとってるイメージです。
ただ、さっきオスナ選手に投げたときに「どうせ終わるならこれまでやってきたことをやろう」みたいなことを考えたと書きました。
このあたりが矛盾するようで、ほどよい距離感のような…まだわかっていません。
やり方自体にこだわってるわけではなく、「このやり方ならうまくいきそうな気がする」みたいな自分の感覚に従っているからいいのかな…
まだまだわからないことだらけですね。
だから面白いんですけど。
ただ少なくともわかっているのは、「勝ちたい、打ちたい、抑えたい」と「勝たなきゃ、打たなきゃ、抑えなきゃ」はまったく違うということです。
そのメンタルコントロールはおそらくすべてのアスリートに必要なすぎるだろうと思いますし、僕も引き続き精進します。
人生は修行、まだまだこれから。
ありがとうございました🙇♂️