【振り返り】9月7日のカープ戦について
こんにちは。福谷です。
昨日、マツダスタジアムでのカープ戦に先発しました。
5回2失点の負け投手、その前のジャイアンツ戦でも2失点でしたが、同じ2失点でも勝ち負けが変わる、これこそ野球だなって感じがしてます。
試合トータルで何失点、シーズン通して防御率いくつ、みたいな話は僕らにとって言うまでもなく大切です。ですが一方、それぞれの1点の重みみたいなものはその都度ちがうと思います。
これはセイバーメトリクス(統計学的な話)ともちょっとちがうかな、と。
あの1球がすべて
そういう意味で、昨日の4回、ツーアウトランナー無しで坂倉くんに打たれたホームラン、あの1球をコーチやメディアの方からは指摘されました。
むしろそれ以外の話はほとんど出ないくらいです。
まさに「あの1球がすべて」といった感じでしょう。
たしかに悔しい結果となりました。
ただしかし、あのホームランの直後、すぐに気持ちを切り替えることができました。
これまでたくさんのホームランを打たれてきましたが、過去一で早かったんじゃないかと思っています。
打球も追わずに入ることは確信しましたが、一度下を向いて「ま、しゃーない」とすぐに上を向くことができました。
「反省は後で」と思ってマウンドに上がっているから、切り替えられたんだろうなと思います。
ま、今朝スポーツニュースを見たとき、昨日の試合についての記事の中で、僕が下を向いてる写真が使われていて「一瞬を切り取っても何を考えてるかなんて読めないものだなぁ」と思いながら、このnoteの意味を改めて考えさせられる瞬間となりました。
書ける範囲でこれからも書かせてもらえればと思ってます。
僕が気を付けたいのは、引きずらないことです。
反省することと引きずることは結構似てますからね。
原爆ドームを訪れて
木曜日の夕方、原爆ドームを訪れました。
原爆ドームはここ数年、毎年1回以上は訪れていますが、来るたびに感じることが少しずつ変わっていて、それに気付くことができるのが良いなと思っています。
今回最も強く感じたことは「あたりまえの日常はいつ変化してもおかしくない」ってことです。
前回のnoteでも、「これが最後かも」と意識することは「野球ができることはあたりまえと思ってない」って自覚していることだと書きました。
戦争だけでなく、自然災害や感染症、事故や事件など、あらゆることがこの世界では起こり続けていますが、いつ自分や自分のまわりでそういうことが起こるかはわかりません。
子どもの頃、家のまわりの下り坂を自転車で猛スピードで駆け降りていましたが、その何百回のうち1回でも車が飛び出してきていたらと思うと、いま生きていられるのは運が良いからだとしか言えません。
決して大きなものではないかもしれませんが、小さな小さなミラクルを繰り返して、現在の自分がいて、恵まれた環境で野球をしながら家族と暮らしているんだと改めて思うことができました。
本当にありがたいです。
朝散歩で秋の風を感じる
原爆ドームまわりを歩いて、心が洗われた感じがしたので、金曜の朝や今朝もホテルのまわりを歩いてみました。
外の球場での登板を控えていたので外に慣れておきたいというのもありましたが、30分から1時間の散歩はとても心地よかったです。
まだ気温は高いですが、9月に入って少しずつ秋の風も吹き始めていますよね。
秋の風が吹くのは過ごしやすいという意味では好きですが、プロ野球選手としては1番嫌な時期です。
そして、いま自分もその渦中にいるということはわかっているので、なんとも言えない感情になっています。
まだ投げたいな、と思っているのが素直な気持ちですけどね。
「まだやれる、まだ伸びる」と思って毎日過ごしてますから。
今回もありがとうございました🙇♂️