棺桶に、缶コーヒーは入れられません。
息をしていない父が寝ている。
どこか会えないところへ旅する準備もすんで、棺桶の蓋をもうしめますよというときなのに、兄が戻ってこない。
休憩時間は過ぎたというのに、戻ってこない。
心配した叔母が「お兄ちゃん、どこ行ったのかな?」と私に聞いてくる。
仲が悪い兄の行動なんか、私が知るわけがないのに。
私はイライラしながら、仲が良い弟へ「あー、もう、なにしてんだか」とぼやく。
7月24日。父が死んだ。
私は大学一年生で、英語の試験日だった。
病気の進行をみて「そろそろ」だからと、時間をつくっては静岡の病室へ通っていたが、その日は叔母たちに「試験は大事だから、行っておいで」と言われ、新幹線で東京へ向かった。
父の死を知ったのは、英語の試験が終わり、携帯の電源を入れた時だった。
私が新幹線に乗っている時に、父は死んだ。
でも、試験前に動揺させないようにと知らせるのを遅らせてくれたらしい。
聞いた瞬間、悲しむよりも「そうか」と受け入れた。
隣に座っていた友人に「お父さん、死んじゃったって」と伝えたら、驚かれた。
気丈にふるまったが無理はかんたんに見抜かれる。
「泣きなよ」と言われて、それから、ワーワーと泣いた。
泣いたというか、泣かせてもらった。
忘れもしない、5号館一階の大教室。
外では蝉が鳴いていた。
父と母は、亡くなる6年前に離婚していたから、葬儀は父の姉である叔母が取り仕切ってくれた。
身内しかいないごくごく少人数での、簡素な式だった。
火葬場へ行く時間も迫ってきているというのに・・・まだか。
兄が、走って会場に戻ってきた。
スゴイ汗。
こんなときにいったい何してたんだよ。
こんな暑いのに、外へ行ってたのかよ。
兄は「これも棺桶に入れていいですか」といって、コンビニの袋を係の人に差し出した。
その中には、ダイドーの甘い缶コーヒー、明治のアーモンドチョコレート、セブンスターのタバコが入っていた。
どれもお父さんが好きなものだった。
そして父は、アーモンドチョコレートとセブンスターと一緒に焼かれた。南無阿弥陀仏。
「棺桶に入れられないんです」と返された甘い缶コーヒー。
きっと兄が父を想いながら飲んだのだろう。
父の死から17年。
弟とは今でも「あの時のお兄ちゃんは、かっこよかったよねー!」と盛り上がる。
中学一年生だった弟はずいぶんと大人になり、いまは電子タバコなんぞを吸っちゃってる。
墓参りに行くときには、わざわざ紙タイプのタバコを買い、墓前で吸うようになった。
父にも吸わせてあげているそうだ。
弟なりのかっこつけ方かな。