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この地域の風景を、未来に残す 地元の木材を使った箸づくり

福島県いわき市の山間部に位置する、田人地区。およそ90年前に建てられた廃校を活用し、地元の杉を使用した割り箸の生産を行っているのが、株式会社磐城高箸いわきたかはし。これまでに3度「グッドデザイン賞」を受賞するなど全国的に注目を集めているものづくり企業です。

2010年に磐城高箸を立ち上げた高橋正行さんは、持続的な林業と地元の杉を使ったものづくりを実現することで、豊かな森林に囲まれたこの地域の風景を未来に残していくことを目指しています。


創業のきっかけと割り箸の可能性

磐城高箸の高橋正行さんは、神奈川県出身。祖父がいわき市の造林会社に務めていた縁でいわき市へ移住しました。祖父が務めていた会社に入り、そこで目の当たりにしたのが林業をとりまく厳しい状況でした。安い海外産の木材に押されて国内の木材価格が低下。林業をしていても十分収入が得られていないという現状を目の当たりにしました。

「林業をしている林業家が1円でも多くお金を得られる状況を作らないと、このままでは林業をやる人がいなくなる」と林業の未来を案じた高橋さんは木材に何か付加価値を加えられないかと考えました。

そこで着目をしたのが「杉の間伐材を使用した割り箸の生産」でした。木を間引くことで出る「間伐材」は住宅用などには使えないものの、割り箸用には十分利用することができます。また、木製品ではヒノキが最高級品ですが、割り箸に関しては、最高級品として「杉」が用いられます。そしていわきにはヒノキよりも杉の方が多く生えていました。

高橋さんは割箸の形について、最も格式が高く丸みを帯びた「利久」という形を採用。おみやげ用や企業が配布する記念品、赤ちゃんの「お食い初め」など特別な時に使われる高級箸を作ることで、一般的な割り箸との「差別化」を目指すことにしました。

震災をきっかけに作られた「希望のかけ箸」

2010年8月に創業し割箸を作り始めた高橋さんですが、その半年後の2011年3月11日、東日本大震災が東北地方を襲います。いわき市では震災の本震よりも震災1か月後の余震の揺れの方がひどく、設置したばかりの大きな機械も壊れてしまいました。高橋さんは一時、会社をやめようかと思ったといいます。

そんな時、デザインを通じた復興支援を行っているボランティア団体から、「磐城高箸さんと一緒に復興につながる商品開発がしたい」というお話を受けました。そこで高橋さんが考え出したのが、福島、岩手、宮城3県の杉を使った割り箸を作ることでした。

岩手の「気仙杉」、宮城の「栗駒杉」、そして福島の「磐城杉」を使った割り箸を3本セットにして「希望のかけ箸」という名前で販売しました。パッケージには「羽ばたく」をイメージして3県の県の鳥(岩手のキジ、宮城のガン、福島のキビタキ)をデザイン。3本500円(税別)で販売し、売り上げの一部を義援金として3県の自治体に寄付される仕組みを作りました。

商品名には「この割り箸が復興の架け橋となり、自然豊かな東北の地が、再び人々の希望を実らせる場所となりますように」という復興に対する願いが込められています。「希望のかけ箸」は1度目のグッドデザイン賞を受賞し、県内外に磐城高箸の取り組みを広めるきっかけとなりました。

廃校から紡ぎ出されるストーリー

磐城高箸の工場は、100年以上の歴史を持つ、旧田人第二小学校大平分校の校舎にあります。およそ90年前に建てられた校舎からは木の温もりが感じられ、タイムスリップした気分を味わえます。

地域の子どもたちの減少により2014年に廃校となり、校舎は使われないまま残されていたのですが、高橋さんは2019年にこの場所に工場を移転しました。丸太の仕入れから板づくり、乾燥、製品の製造から検品まで一貫してこの場所で行っています。

なるべく廃棄物を出さず、環境に配慮した循環型のものづくりを心がけており、使用後の割り箸、木屑等を薪ボイラーで燃焼させ、木の乾燥に使っています。製品の製造に関しては化石燃料を使わないものづくりを行っています。

廃校となった小学校の校舎を活用して磐城高箸がものづくりをしているというストーリーから制作を始めたのが、小学生がよく使うものである鉛筆。「旧校鉛筆」と名付けた黒色の鉛筆を製作。さらに色えんぴつも製作し、「ふくしまりの色えんぴつ」は「グッドデザイン賞」の「ベスト100」を受賞しました。

旧校鉛筆
ふくしま木守りの色えんぴつ

さらに、鉛筆制作の時に出てしまう端材を活用した木製ストローをつくり、地元の日本酒とコラボして「ちゅ~ちゅ~又兵衛 瞬酔」として売り出しました。

そのほかにも福島イノベーション・コースト推進機構の依頼で作ったスマホスタンド「イノベのいろはスタンド」、製造の時に出る木のチップを活用した「眠り杉枕」、磐城高校の史学部とコラボし、製造過程で出る木の粉(おが粉)を利用した「ふんさま」、など次々と新商品を生み出し続けました。

イノベのいろはスタンド

どの商品もネーミングが特徴ですが、高橋さんは「どういう製品なのかというのを伝えながら、短くて耳に残るような言葉を心がけている」と話します。

持続可能な林業の形をつくる

高橋さんは自然豊かな田人地区の風景を、50年後、100年後に残したいと語ります。そのためには、豊かな森林を手入れしている林業家の存在は必要不可欠で、持続的な林業の形を作ることを目指しています。

また、木材の仕入れから製品の製造まで一貫しておこなうことは、林業家にとって切り出した木がどんな製品になっているかを知ることができ、仕事のやりがいにつながります。

また、磐城高箸があることで、木材輸送にかかっている林業家の負担を軽減することにもつながりました。山間部にある田人地区から切り出した木を木材市場に輸送するには燃料や時間などの輸送コストがかかっていましたが、林業家が活動している山林近くに工場を作ったことで、その負担を軽減することができました。

次の世代が、誇りを持てる場に

高橋さんは、地元の子どもたちの工場見学を積極的に受け入れて、校舎を案内しながら製造の様子を紹介しています。

校舎内にはメダカの飼育と販売を行う「いわきメダカの学校」もあります。色とりどりのメダカの展示・販売を行っており、かつて教室だった場所を悠々と泳いでいる様はどこか懐かしさを感じさせます。

高橋さんは「若い世代が県外に出た時に、いわきには磐城高箸があってね、田人にはこんな面白い割り箸やさんがあってね、と誇りを持てるような場所にしていきたい。本当に少しずつですけど、子どもたちの地元への思いが変わっていくんじゃないかなと信じています」と力を込めて話しました。

写真提供=株式会社磐城高箸


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