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ひとの絆が生み出す価値 地方で働くからこそできること
福島県いわき市では、高校生や大学生などを対象に、地元で暮らし、働くことを学ぶ体験プログラム「いわきアカデミア」が行われています。2024年度の「大学生地域実践ゼミ」の講師を務めたのが株式会社福島インフォメーションリサーチ&マネジメントの橘あすかさんです。
橘さんは2007年、26歳の時に自分の会社を起業し、地域に密着した「社会調査」やデザイン制作のほか、地域資源を活用した商品開発や体験プログラム、各種イベント等の企画立案から運営まで広く携わり、地域の新しい魅力づくりを行っています。橘さんにいわき市で行ってきたこと、地方で働く魅力について伺いました。
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自分が本当にやりたいことで起業する
橘さんはいわき市出身。福島高専を経て建設コンサルタント会社に就職後、2007年に現在の会社を創業し、アンケートなどの調査・リサーチ事業をはじめました。
もともと都市計画に強い関心を抱いていた橘さんは福島高専を卒業後、公共建設工事を行うコンサルタントとして勤務。都市計画などまちづくりに関わる仕事にやりがいを感じる中、25歳の時に「社長にならないか」という知り合いの誘いを受け、他業種の社長へ就任します。しかし、「自分の本当にやりたいこととは違う」と痛感しました。
その後、自分自身を見つめ直して自分が本当にやりたいことを考え、建設コンサルタント時代に行った都市計画やまちづくりの分野で、もっと地域の方々に寄り添った仕事をしたいと考えました。その想いを胸に2007年に起業しました。
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橘さんはまず「社会調査」に関する仕事をはじめました。社会調査とは、まちづくりや地域の活性化を目的に、自治体や企業などの依頼を受けて、あるテーマについての調査を行う仕事のことです。
また、より専門的な知識を得るために、福島大学の修士課程に入学し、仕事をしながら大学院で学ぶという生活を2年間過ごしました。
子育てに関することや商店街の活性化、消費者の意識調査など幅広い分野で調査を行い、グループインタビューや対人型ヒアリング調査、街角アンケート、インターネットアンケートなど多様な方法で住民の声を集めました。東日本大震災後には被災者への意識調査なども行いました。
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社会調査から事業を広げる
当初は調査した結果を報告書にまとめて報告をしていたのですが、橘さんは仕事を進める中で、「調査で分かったことやデータをまとめるだけではなく、そこから何か地域に新しい価値を生み出すことができないか」と考えていました。そこで事業を商品開発やイベント企画にも広げていきました。
例えば、いわき市においては、心疾患や脳血管疾患などによる死亡数が全国平均と比べて高く、その原因の1つといわれている食塩摂取量も国の平均値よりも高くなっています。
いわき市でも「いわきひとしお」という形で減塩食を普及するプロジェクトを進めていました。橘さんは、このプロジェクトとコラボする形で、いわき市のスーパーと協力し、減塩弁当の開発をサポートしました。
プロジェクトにはいわき市やスーパーに加えて、生産者さんや食品加工会社、さらには医師会、栄養士など多様な専門家が協力しました。減塩食には「薄味」という印象がありますが、見た目には薄味に思えない、おいしそうなお弁当を作り、「知らないうちに減塩食を食べている」ことを目指しました。
このプロジェクトは、2023年に行われた厚生労働省の「健康寿命を伸ばそう!アワード」で企業部門の1位にあたる優秀賞を受賞するなど、全国的に注目を集めました。
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ひとの絆から生み出される価値
減塩食プロジェクトの事例からもわかるように、橘さんは新しい取り組みを企画する段階から入り込み、色々な方を巻き込みながら事業を推進しています。
橘さんは「地方都市の強みは、多様な業種が密接に連携していること。そして福島の魅力はなんといっても人の豊かさ。色々な業種の方々が色々な地域で活躍して、その方々がつながることで連携型の事業が実現できる」と話します。
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例えば農林水産業の分野でも、漁師さんや農家さんなど多様な方々と連携した体験型ツアーをはじめ様々な企画運営を手掛けています。例えば、いわきの船釣りや野菜収穫が体験できる親子体験ツアーでは、まず、漁師の方からお話を伺い、海釣りを体験します。その後移動して、地元の農家を訪れ、農家の方の案内で収穫体験を行います。
そして、釣った魚と収穫した野菜をレストランに持参し、最後は漁師や農家、シェフの方々から地域の食材やその調理方法について学びます。地元の漁師や農家、そして料理人の方々と一緒に収穫、調理をすることで、食に込められた思いにふれ、この食体験がやがて心の豊かさに繋がることを願っています。
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また、普段からの人のつながりは、いざという時にも役立ちます。いわき市では東日本大震災や大規模な水害などの被害を受けましたが、「日々の仕事を通して強い絆を築いているからこそ、いざという時に互いに支え合うことができる」と橘さんは語ります。
高校時代から地域とつながる価値
橘さんは「地方だからこそ、人と人とのつながりの中で、地域に新しい価値を生み出す仕事ができる」と考えています。高校生にとっても今住んでいる地域で、地域の人たちとの絆を築いていくことが将来の自分に役立つとすすめます。「高校生には、とにかくいろんなことにチャレンジして地域の方々とのつながりを作ってもらいたいです」と話しました。
また、自分の進路を考えるに当たって大切なのは、まず、自分の性格を知り、自己分析をしていくことだと考えています。自分自身が何をしたいか悩んでいる高校生については、性格診断、適性診断など客観的な指標を活用することをおすすめしています。「自分の強み弱みを知り、自分の適性に合った仕事を考えて、1歩ずつ小さな努力を積み重ねていくことが大切です」とエールを送りました。
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探究活動へのアドバイス(調査・研究の方法)
橘さんが手がけてきた「社会調査」は探究活動とも関連します。高校生が「調査・研究」を行う上でのアドバイスを橘さんに伺いました。
まず、高校生が調査をする際のポイントとして、調査をする前に仮説を立てることが大切だと語っています。まず仮説を立てた上で、どういう人たちに答えてほしいかという対象者を決め、どの手法が適しているかを組み立てて、調査をしていくということが大事になると話していました。
また、仮説を立てた上で、どういう人たちにどんな調査を行うかを事前に考えることが大切ということです。アンケートやインターネット調査、個人インタビュー、グループインタビューなど多様な方法から調査の方法を選択することをすすめていました。
橘さんは「仮説を立て、最終的に結果をどう活用するかをイメージできるかが大事です」と話していました。
写真提供=株式会社福島インフォメーションリサーチ&マネジメント