循環型社会を目指し 食に関する研究を社会に生かす
福島大学農学群食農学類4年の佐々木康生さんは、福島県と福島イノベーション・コースト構想推進機構が企画したビジネスアイデアコンテスト「イノベのたまご2024」で研究室の独自技術を活用し、食品廃棄を減らしながら農業と食産業の分野で循環型社会を作るというアイデアを発表し、最優秀賞を受賞しました。2019年に新しくできた福島大学の食農学類で4年間どのように学び今回のプランを発表したのか、お話を聞きました。
食品廃棄物からオリゴ糖を分離・精製する技術
みなさんの身近には、「大豆」由来のタンパク質からできた食品がたくさんあります。豆腐や湯葉、大豆ミート、運動部の方が飲む「プロテイン」の原料にも使われています。
大豆からタンパク質を製造する工程では、「大豆ホエイ」という液体が残渣(ざんさ)として産出されます。これはヨーグルトの上澄み(乳清)にも似た液体で、実は食品廃棄物として捨てられてしまいます。年間廃棄量は国内で数百万トンと言われています。廃棄するためにはコストもかかり、エネルギー・環境問題も懸念されています。
佐々木さんが所属する研究室では、この捨てられてしまう「大豆ホエイ」から、オリゴ糖の一種である「マンニノトリオース」を分離・精製する技術を新たに開発し、特許を出願しています。マンニノトリオースはお腹の調子を整える効果があることが報告されており、食品・医薬品への活用が期待されています。
技術をもとに循環型のビジネスアイデアを発表
佐々木さんはこの技術を元にしたアイデアを「イノベのたまご2024」で発表しました。佐々木さんは岩手県の沿岸部・大船渡市出身で小学生の頃に東日本大震災を経験しました。「いつか復興事業に携わりたい」という想いを抱いていた佐々木さんは、「イノベのたまご2024」で福島県浜通り地域の復興に関するアイデアを提案することで、1つアクションを起こすことができました。
佐々木さんが提案したのは、福島県の浜通り地域で、大豆に関する循環型の食農産業クラスターを形成するというアイデアです。
まず、浜通りで大豆を栽培し、そこから、大豆油と大豆タンパク質を製造します。製造過程で余って捨てられてしまう大豆ホエイを利用し、機能性オリゴ糖のマンニノトリオースを分離・精製します。
佐々木さんは「マンニノトリオースの精製過程で、大豆ホエイの有機物成分を吸着した活性炭が産出するのですが、これを土壌改良剤や肥料として活用し、さらにその畑で大豆を育てることで、農業と食産業が循環する仕組みを作ることができるのではないか」と話します。
大豆は今注目を集めているタンパク質を多く含む食品の1つです。大豆は環境に優しく、食肉に代わる食品としても注目を集めています。また、消費者の健康志向が高まる中、「植物性タンパク質」へのニーズも増えています。
さらに農業・食産業が循環する仕組みを作ることができれば、浜通りに食品を作る工場を誘致することもでき、浜通り地域のさらなる活性化も期待されます。循環型社会を作りながら、産業の活性化を目指していく仕組みについては審査員からも多くの評価を集め、最優秀賞&海外派遣賞をダブル受賞しました。
食農学類で学んだ商品開発
佐々木さんは食農学類の学びを通じ、福島県内のフィールドワークや様々なプロジェクトにもかかわってきました。そのプロジェクトの1つが、県南の西郷村で育てられている大豆を用いたスイーツの商品開発です。「イノベのたまご」で提案したアイデアも「大豆」でしたがテーマが重なったのは「偶然だった」そうです。
西郷村では、長年、地域の在来品種である「西郷在来」という大豆が栽培されてきました。西郷村で古くから育てられてきたこの在来品種は、粒が大きいことが特徴で、タンパク質やミネラルを豊富に含んでいます。
福島大学食農学類では、「冬の時期の西郷村の特産品が少ない」、「村の知名度不足」という課題を解決するために、先輩たちが「実践演習」という授業の中で代々この大豆を使った商品開発を進め、佐々木さんたちは3期生としてこのプロジェクトに関わりました。
先輩たちは、まず、大豆を使った加工品の試作を行いました。豆乳であれば、加熱しすぎると大豆の風味がなくなってしまうので、試作を繰り返して大豆の風味を残せるような豆乳を作りました。佐々木さんたちはさらに地元の企業や和菓子店「白河菓匠大黒屋」と一緒に商品開発を進めて、「豆乳プリン」や「豆乳ドーナツ」などを商品化し、地元の農産物直売所「まるごと西郷館」と「白河菓匠大黒屋」にて販売を開始しました。
佐々木さんたちが開発に携わったスイーツは、豆乳を使用したチーズケーキ。このスイーツは、3期生のオリジナル商品であり、タルト部分には、豆腐製造の残渣である「おから」が使用されています。大豆の風味をしっかりと残した味わい深いスイーツを作りました。
佐々木さんたちは商品開発をするだけではなく、商品のブランディングや販売、PRするところまで行いました。地元のIT企業「StarsTech」と協力し、西郷村のいいものを表す「NeeeMO」というブランド名を作り、パッケージには「西郷」を入れて村をPRしました。商品は村にある農産物直売所などで販売し、PR動画の作成も行いました。
佐々木さんは、商品開発から販売・PRまで行うという貴重な体験を通し、「ただ美味しいものをつくるだけではだめだ」と気づいたといいます。商品が売れるためには、賞味期限や保存方法など、流通や販売の現実的な問題をしっかり考え、消費者にとっての利便性や魅力をいかに伝えるかが重要だということを実感し、味や品質だけでなく、実際に商品が使われる場面を意識して作ることが大切だと学んだそうです。
佐々木さんが学んだ食農学類は福島大学の中でも新しい学類で、佐々木さんは学類の3期生として過ごしました。新しい学類で学んだ日々を振り返り、「地域の課題を解決するような社会の課題に触れるという経験ができた。全国の農学系の大学の中でもなかなかできないことができたと思います」と話します。
今後は大学院への進学を目指す佐々木さんは、「まず、これまでに開発したオリゴ糖の精製という技術を使って、医薬品や食品などに利用できる新しい素材につなげていきたいと思います。大学の研究を起点としたビジネスアイデアを考えて事業化し、福島に貢献していきたい」と話しました。