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アートを介して社会課題に一石投じてみた話

そういえば皆さん、エスカレーター、使ってますか?私は小学生の頃からエスカレーターのヘビーユーザーでして。早朝の閑散とした地下鉄駅へ通っては、地上階から改札階へと下るエスカレーターを下から逆走する「無限坂路トレーニング」を日課にしていたほどエスカレーターを重用していたのですが、今は大人になってエスカレーターの利用自体をすっかり控えるようになってしまいました。

というのもエスカレーターって普通に利用するとかなりのんびり昇降するので、私のようなせっかち人間は隣の階段を一段とばしで駆け上ったり駆け下りたりしちゃいがちなんですよね。そんな私がエスカレーターをゆっくりと利用したくなるようなアート作品の制作を手がけた話をしようというのが今回の主題であります。

街を舞台にした作品「エスカレーターミュージアム」

で、そのアート作品というのがこちら。六本木アートナイト2019におけるプロジェクトの一環として制作した「エスカレーターミュージアム」というインスタレーション作品です。エスカレーター脇の空きスペースにこれでもかとリンゴ(の食品サンプル)を敷き詰めています。

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これの何が面白いの?とか思いますかね?
私もこの写真だけだと「リンゴがいっぱいだ〜」以外の感情は湧きません。ですが実はこの作品、ただ大量のリンゴを敷き詰めただけではなく幾重にも意図と仕掛けを忍ばせた実験的な試みを兼ねたりしていて、ここではそれを紹介させていただきたいわけです。

コンセプト(表):街の動力を活かした新しい様式の美術館

本作の概要を一言でまとめると「街なかにある既存の動力(=エスカレーター)を活用し、美術鑑賞の新しい様式を生み出す作品」となります。⋯⋯⋯すみません、ちょっと小難しいことを言いました。
もう少し噛み砕くとですね、エスカレーター脇の空きスペースを美術館(又は額縁)に見立てて、エスカレーター利用者が自動で移動しながら流れるように展示物を鑑賞できる作品ということです。

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つまり展示するコンテンツ云々(=今回は大量のリンゴ)ありきではなく、エスカレター脇を利用して自動鑑賞できるような展示形態・プラットフォームそのものをエスカレーターミュージアムという作品として位置づけています。

ポイント:「自動鑑賞」により美術館の滞留問題を解消

これはもう私のような展覧会最終日ギリギリ滑り込み人間にとっては宿命なんですが、話題の展覧会になるほど&会期終盤になるほど会場が混雑してお目当ての作品はほとんど拝めない問題がありますね。私は学生の頃にゴッホ展を見に行ったときにこの問題に直面しまして、長蛇の列に並び有名な目玉作品を人だかり越しに遠巻きから眺めてみたものの、結局よく見えなかったのでカタログだけ買ってさっさと帰ることになりました。以後、人だかりの後頭部ばかりを鑑賞して帰る羽目になる度にどうしたものかという思いを頭の片隅に抱き続けてきたわけです。
有名な展覧会は見ておきたい、目玉作品はじっくり見たいと思うのは当然ですし、会期終盤の混雑や目玉作品周辺の滞留は仕方のないことです。混雑時はなるべく短時間の鑑賞で次に譲るのはマナーかとも思いますが、「短時間」の感覚もマナーの解釈も人それぞれですから、足場が勝手に動きでもしない限り鑑賞者全員が一律で流れるように鑑賞することは不可能に近いと思うわけです。
美術館の足場を「動く歩道」のように改修することは非現実的ですが、もともと動く足場であるエスカレーターの周辺を美術館のような鑑賞スペースにすることはそう難しいことでもなさそうだと気づいたわけです。エスカレーターという既存の動力を活かせば、常に作品の前を鑑賞者が一定速度で自動的に流れていくため、美術館特有の滞留問題を解決できるのではと思い至り本作の企画に辿り着きました。

ここで、オフィシャルに紹介している作品概要文を引用すると以下のようになります。

話題の展覧会や人気作品の鑑賞に滞留はつきもので、皆が平等にゆっくりと楽しむことは難しい現状にあります。エスカレーターミュージアムは鑑賞者が展示空間を公平に巡回することを目的とした新しい様式の美術館です。街なかにある自動移動装置であるエスカレーターと、その脇の空きスペースに着目し、既存の動力を利用して自動鑑賞できる新たな美術館をオープンします。初展示となる今回は坂道という環境を活かし、重力と戯れるリンゴの様々な姿を描きます。ご鑑賞の際は人混みにわずらわされることなく、ゆっくりとお楽しみください。

企画の経緯を振り返る

ここからさらに核心へと迫っていきます。なぜこのような作品、エスカレーターを使って展示物を自動鑑賞できるような作品を作ろうとしたか。

そもそものきっかけは六本木アートナイトのオープンコールプロジェクトで企画を公募していたことに遡ります。Art Hack Dayに参加していた縁で諸星油井の両名からお声がかかり、三人のチームとして公募にエントリーしようと企画を練るところから始まりました。

「東京の街とアートのコンビネーション」が選考のポイントということで、東京らしさや都市性を活かしたアート表現を模索。初期の企画案では「人が集まる場所性を活かす表現」や「都市の生命感の表現」などのアイディアが出ていました。例えば先述の「美術館の滞留」を意識した「アートナイトの展示作品を鑑賞する人々」を鑑賞対象としてフレーム越しに見る案などがありました。

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検討の過程で油井から街の動力(自動ドアやエレベーター、エスカレーター、地下鉄など)と絡めてはどうかと提案があり、以後はその方向で作品案を検討していました。その中でも特にエスカレーターは片側空け問題が度々話題になっていたことを個人的にずっと気にかけていたため、こういった問題と絡めた企画であれば作品背景を補強しやすいのではという意図がありエスカレーターに絞ってアイディアを捻りました。

コンセプト(裏):エスカレーターの片側空け問題への挑戦

この問題について改めて調べてみると、様々なエスカレーター関連の事業者が数年前から定期的に歩行禁止を呼びかけるキャンペーンを展開していたようですが、なかなか成果は上がっていないようでした。
片側空け(片側歩行)については問題点も色々とある一方で、
・先を急ぎたい場面では一定のメリットがある
・歩行は危険と言われてもそれを実感する機会が少ない
・禁止呼びかけは場所、時期とも散発的で足並みを揃えにくい
すでに習慣化していてメリットもある行為を「やめましょう」といわれても全員が一律に足並みを揃えるのは容易ではないでしょう。
また人の心理としてこれまで良しとされてきたことをやろうとして、急に「歩かないのがマナー」「危ないからダメ」「歩行は禁止」と自身の行為を否定されたり注意されたりしても、素直に聞き入れられなかったりする側面もあると思います。
そもそも片側空けの習慣は1960~70年頃に海外事例を参考として鉄道事業者等が呼びかけたことなどを機に普及した経緯があるそうです。その後、エスカレーターが歩行を前提に設計されていないことや、歩行者との接触による転倒事故、身体的理由で左右どちらかの手すりにしか掴まれない人が安全に利用できないなど、様々な問題が顕在化し、かつて自分たちが推進したものを今は逆にやめるよう呼びかけているという矛盾がなんとも皮肉で非常に興味深いなと思いました。

参考1:エスカレーター#片側空け―Wikipedia
日本でも、かつては鉄道駅などで急ぐ人のために片側を空けることがマナーとなっていた[57]。関西では阪急電鉄が1967年に左側空けの呼び掛けを始め、大阪万博(1970年)でも同様な措置がとられたことから、左側空けが定着した。
参考2:エスカレーター片側空け、どうして?―NIKKEI STYLE
「1967年の大阪が最初ですね」。阪急梅田駅(大阪市)の1階と3階を結ぶエスカレーターができ、阪急電鉄が「左側をお空けください」と放送を始めた。70年の大阪万博でもエスカレーターの左側空けを来場客に呼びかけ、定着した。そう呼びかけた理由には「ロンドンの地下鉄にならった」との説があるが、真相は確認できない。

そんな事情も踏まえて、歩行者の歩行行為を否定して制止を強要する「ネガティブな手法」ではなく、歩行者自身が主体的についつい立ち止まりたくなってしまうような「ポジティブな手法」を仕掛けることができれば、問題解決の糸口になりえるのではないかと考えました。発想の転換というやつです。

そこからは、どのような仕掛けを施せばエスカレーターでの歩行者が自発的に立ち止まりたくなるかを中心に、ステップや手すり、壁面などの周辺環境に施せそうな仕掛け案を様々に検証しました。

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ポイント:自発的に立ち止まりたくなる仕掛けを施す

そこで思い出したのが先述の美術館の滞留問題です。美術館では人気作品の前に人だかりができる。作品の前で立ち止まり、長居したくなる。美術館での鑑賞ではそれが滞留の問題にもつながりますが、これをエスカレーターの片側歩行問題と組み合わせるとどうでしょう。作品鑑賞の視点では鑑賞者がエスカレーターに乗って一定速度で移動することで滞留が生じにくく、エスカレーター利用の視点では利用者が展示物を見ようと自発的に足を止めることで自然と片側空けが解消されます。また元々両側を空けずに立ち止まりたいと思っていたけど周囲に合わせて片側を空けていた人に対して鑑賞のためという理由を設けることで、周囲も立ち止まることを許せる環境を生み出し、気兼ねなく好きな側で立ち止まりやすい状況を作ることができます。
美術館の滞留とエスカレーターの片側空け、この2つの問題を組み合わせることで両方の問題がまとめて解消し得る、これをブレイクスルーというのではないでしょうか。

そんなこんなでエスカレーター脇についつい立ち止まりたくなってしまうような美術作品等の展示物を設置することで片側歩行問題をポジティブに解決するきっかけになればということで企画の骨子が固まりました。

その後は、人目を引いてつい立ち止まりたくなるコンテンツとは何かについての検討を重ね、技術面や安全面や納期面など様々な付帯条件も含めて紆余曲折を経た結果、物量で人目を引く方針へ至り、エスカレーター=坂道という環境との親和性から重力と関連深いリンゴをモチーフとして設定することになりました。

その紆余曲折の過程をかいつまんで紹介すると、エスカレーター脇を活用しようとした最初期の福澤案では史実にある「エスカレーターガール」をモチーフにしたインパクトのあるビジュアルで人目を引こうと考えたものの、他メンバーや審査員の皆様方からも流石にコレはキモすぎると大変不評で没になったり⋯

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マネキンヘッドの代わりに展示台を置いたりミニチュアフィギュアを置いたりするプランを考えたり

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かわいいマネキンならエスカレーターガールもワンチャンあるんじゃないかと思ってイラストを描き直してみたけどやっぱり最初のコラ画像のインパクトが強くて全然共感を得られなかったり

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人目を引くには何かしら動いていた方が良い!という発想でオブジェクトや映像で動きを表現したアイディアを出したり

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外部電源が引けない&会期中はエスカレーターを止められないため40時間近くメンテができないとのことで電源を使用するプランを諦め、物量作戦に切り替えて「現金を大量に敷き詰めれば人目を引くこと間違いなし」と提案してみたり

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現金案は審査員受けも良かったものの小銭が隙間に挟まったりして機械故障に繋がりかねないなどのリスクが指摘され、最終的には坂道=重力の連想からリンゴを敷き詰めるプランに落ち着きました。

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3Dシミュレーションで転がるリンゴの軌跡を検証したり

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ところどころに散りばめる小ネタを検討したり

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自宅に原寸のスロープを自作してシミュレーションしたり

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2,000個近いリンゴが届き部屋が侵食されたり

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開梱だけでも膨大な時間を要することに気づき急遽友人に助っ人を頼んだり

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設営効率を上げるためにリンゴを結合体にしたり

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電車で設営に向かう道中で展示する前なのに道行く人々の注目を集めたり絡まれたり

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夜通し設営したりして足掛け半年間のプロジェクトがどうにか完成しました。

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ちなみにこの記事にある企画〜制作の過程は福澤の記録を中心に記載していますが、常にメンバー3名によりディスカッションを重ねてきたので、ここに書いてある事柄でも他2名は別の見方や意見があったり、また各々の途中案もここには載せていないものが膨大にあったりするので、ここでの記述内容はあくまで福澤の主観を中心にした経過の記録として捉えて下さい。他2名が本件についてまとめた記事を別途書いたりしたらここにリンクを追記することにします。

効果検証〜利用者の行動に変化をもたらせたか〜

実際に作品を展示してみると、リンゴの目立つ赤色と物量作戦とそもそもの高立地が奏功して、往来する人々から大変な注目を集めることになりました。そして全員ではないにしろ一定数のエスカレーター利用者が作品を鑑賞するために普段は空けている側で立ち止まったり、その鑑賞者に堰き止められる格好で後ろから歩いて来た人も立ち止まることになったりと、エスカレーターミュージアムによって人々の行動に変化が生じている様子を確認できました。今回の展示で万人の習慣を変えることはもちろんできませんが、本作の設置が人々の行動に変化を生み出す1つのきっかけには成り得ることを実感する結果となりました。
※. 実際にエスカレーター利用者の内どれくらいの割合で立ち止まる人がいたかなどのデータは集計中ですので準備できましたら追記いたします。

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今後の展望〜プラットフォームとしての展開〜

今回の展示で得たノウハウを元に、エスカレーターミュージアムを美術館やアートギャラリーに続く新しい作品展示のプラットフォームとしてフォーマット化し、全国のエスカレーター脇で展開していくことを目指しています。より多くの場所で恒常的に実施することで、これまでは習慣で空けていた側に自然と立ち止まる機会を増やしていき、両側立ちの光景少しでも多く創出することが、両側立ちの習慣化に向けた一助となるのではと考え、活動を継続していければと思います。

まとめ

・エスカレーターの片側空け問題をポジティブに解決するための方策として企画
・アートの力でエスカレーター利用者が自発的に立ち止まりたくなる仕掛けを施す
・エスカレーター脇空間を活用した展示形態を新たなプラットフォームとして展開したい

最後に(当記事の内容が二分でわかるダイジェスト動画)

六本木アートナイトでの本作の取り組みを日テレNEWS24で取り上げていただきあました。この記事でつらつらと6000字近くも書いた内容がギュッと要約されたニュース動画ですので時短を優先されたい方は記事本文はすっ飛ばしてこちらだけご覧いただくのが最善かと思います!

以上、アートを介して社会課題に一石投じてみた話でした。


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