ふつうでいる
今年で36歳になるうつ病でフリーターのおじさんには、通常社会で「ふつう」に見られることはとても難しい。おまけに私はバイセクシュアルだ。ふつう度でいえばマイナス20度くらいだろう。バナナで釘が打てる。防寒着を着ずに外にいれば死に直結する温度だ。
顔はだらしなく老け込み、挙動は怪しくなり、人と話をすれば口にしなくてもいいことを口にし集団の和を乱す。場合によっては致命的なまでに。
私は順調に異常独身中年男性への道を歩んでいるようだ。
ただ、昔のことを省みて、はたして病前は「違った」のか?と言われると、そうでもないような気もする。
20代前半から中ごろまで所属していた飲食店で店長のような仕事していたとき、アルバイトの女性スタッフが私の苦情を社長に直訴したことがあった。その際に社長から私への注意として伝えられたのが、以下のような内容だ。
「仕事についてはおおむね問題はない。ただ、そこに彼(私)がいるだけで『こらえがたいほどの異物感』が感じられ、みんな彼とシフトに入ると疲れきってしまう」
当時の職場の社長は、なにを考えていたのかわからないが、アルバイトスタッフさんから渡された私に対する直訴状を、私の前でそのまま読み上げてしまった。きっとそれが正しいおこないだと思ったのだろう。
「こらえがたいほどの異物感」
私は繰り返した。
「そう書いてある」
社長は言った。それでおしまいだった。
その直訴状を書いたスタッフと、その人と仲の良かったスタッフ1人の、合計2人のアルバイトさんが離職した。小さな職場だったから、2人の離職でも大きな損失だった。私は年に2回のボーナスが1回分カットされ、ずいぶん不便な生活を強いられることになった。
そのことは少なからず私にショックを与えた。当然だろう。社長に直訴状を書いて職場を辞めるほどの「こらえがたいほどの異物感」を同僚に与え続けていたのだと思うと、なんともやるせない気持ちになった。
私をさらに落ち込ませたのが、その辞めたアルバイトさん2人とは、良好とまではいかなくとも、業務上問題がない程度の関係を築けていると思っていたからだ。表だって愚痴を言われたり、喧嘩のようなことをしたことはない。私が指示を出し、スタッフさんはその指示で動いたり、逆に業務改善に関する提案をもらうこともあった。
多少の些細な業務でのトラブル(それはどこにいってもあることだろう)を除けば、おおむね問題ない関係だったと思っていた、が、向こうはそうは思っていなかった、それが悲しかった。
私はそのとき関係のあったリツカという青年にそのことを話すと「気づいてなかったの!?」と驚かれ、さらに落ち込むことになった。なぐさめてほしかったのだ。
リツカにどこがどうおかしいのかと聞くと「言語化しにくい部分。『こらえがたい異物感』って、とてもいいことばだね」とはぐらかされてしまった。
同じようなことを他の人や友人に聞いても、なんだかわからないが似たような答えだった。
Tはあきれたようにこう言った。
「たしかにお前にはちょっと人をいらつかせるような異物感があるよ。お前、気づいてなかったのかよ」
リザはこう言った。(そう、このときはまだリサが生きていた)
「そんなことでいちいち落ち込むのキモいから本当にやめて。そういう卑屈っぽいところが異物感っていうんじゃないの?」
叔母はこう言った。
「あなたの生まれもった業は誰にも変えることができない。あなたが腹を決めて、抱えて生きていくしかないのよ。覚悟を決めなさいよ」
私は今も自分の中にあるであろう「こらえがたいほどの異物感」について考える。それはまだ私の中に確実にある。
しかし、うつ病となりパーソナリティが機能しなくなってしまった私には、もうその異物感と病気の症状との区別がつかなくなってしまった。
さらにそこに加齢による衰えも加わってくると、私の心身は大家族の家の冷蔵庫のように、どれがどれだかしっちゃかめっちゃかなのである。
その上、私の過去について知っている多くの人間がこの世を去ってしまった。あるいは行方不明になったり、連絡がつかなくなってしまった。
疲れてくると、誰か、誰かに、自分を規定してほしいと思う。「お前はこうだ」と。私は異物なのか、ふつうなのか、悪なのか善なのか、生きたほうがいいのか、死んだほうがいいのか。